第1章 ギゾクーズの日常
俺はベッドの上で寝ていた。誰かが呼ぶ声がする。
「兄様……兄様……」
俺の体は何者かにユサユサと揺すられる。しかし、揺らされ過ぎてベッドから転落する。そして、俺は頭を床に打ち、ゴカンという音と共に頭を押さえる。
俺は大声をあげながら目を覚ました。
「いってぇーな、クソがぁ。殺すぞ?」
「兄様、ごめんなさいです」
目を開けると、パジャマ姿のチューコが立っていた。パジャマは小判柄で悪趣味なセンスだ。ちなみに、俺もドンキーで購入した安いスウェット上下なので、人の事は言えないけどな。
とにかく、俺を起こしに来たのであろう。俺は朝に滅茶苦茶弱いから起きない事が多い。だけど、ベッドから落とすなよ。まったく仕方ない妹弟子だな。
その妹弟子は笑顔で挨拶をしてきた。
「おはようございます。兄様」
「おはよー、チューコ」
俺は6畳ほどの部屋の周りを見回す。自分の部屋にはベッドと学習机があり、本棚には漫画や雑誌で埋まっている。よくある男子高校生の部屋だ。とにかく、汚くて、モテない男子の部屋であることは間違いない。一緒に落ちたスマホの時計を見ると朝の7時半頃だった。そろそろ、朝飯だな。
俺は転落した状態でチューコに聞く。
「今日の朝飯は?」
「サンドウィッチみたいですよ」
またかよ、昨日の残り物だな。俺は愚痴を吐く。
「モモ姉、また手抜きの朝飯だな。日本食もたまには食べたいぜ」
「モモ姉さんの料理は全部美味しいですよ」
「一応は喫茶店のマスターだしな。不味かったらヤバイだろ」
「兄様、朝食を食べにリビングに行きましょうよ。早くしないと、モモ姉さんの機嫌が、また悪くなりますよ」
そう、モモ姉というのは俺達の師匠であり、保護者でもある女だ。
本名は丹波モモチ。20歳のスレンダー美人で、昼は喫茶店『モモちゃん』を経営している。その正体はギゾクーズの司令塔であり、あらゆる忍術をマスターしている。
俺達は3人一緒に住んでいる。喫茶店モモちゃんは3F建ての建物であり、東京の歌舞伎町のはずれある。昭和に作られた雑居ビルを改築したものだ。
1Fが喫茶店であり、2Fが住居、3Fはギゾクーズの司令室である。2Fは4つの部屋とトイレ1つある。まずはモモ姉の寝室、チューコの寝室、俺の寝室の6畳の部屋が3つある。あとの一部屋は14畳のリビングルームで食事をする時に使うのだ。
俺達は朝飯を目的にリビングルームまで歩いた。リビングルームに入ると、ダイニングテーブル1つあり、4脚のイスがテーブルを囲むように置いてある。近くには液晶テレビが置いてあり、その奥にはキッチンがある。
キッチンの奥からモモ姉が出て来た。
「おはよー、早く食べて学校に行きな」
そう言って、テーブルの上にサンドウィッチとコーヒーを置く。モモ姉はシャギーの入った金髪のショートのボブカットをしている。他にも切れ長の目が特徴的な美人であるが、残念な事に性格はヤンキーだ。
とても、新宿在中のオーラはなく、八王子や千葉でバイクを飛ばしてそうな感じだ。洋服はバーテンダーのように、白のワイシャツに黒い蝶ネクタイをしている。喫茶店のマスターなので、動きやすく下は黒いチノパンだ。でかい尻がエロくて、喫茶店の客には鼻を伸ばして見ている男も多い。
そんな事よりも、腹減ったので飯だ飯だ。モモ姉もチューコも椅子に座って、テーブルの上の朝飯に手を伸ばしていた。俺は椅子に座ってテレビをつける。すると、昨日のニュースが流れていた。スーツ姿の若いアナウンサーが現場の説明をしていた。
ー昨夜未明、消費者金融ブラックの社長が自宅マンションで何者かに襲われました。駆け付けた警察によると、現場は窓ガラスが割られ、外部から侵入した形跡が発見されました。現金で6000万円分の現金と顧客帳簿が盗まれたようです。
また、室内にはロープで縛られた男5人を発見したそうです。警察が証拠書類を確認したところ、出資法違反の疑いで現行犯逮捕されたのは、消費者金融ブラックの社長である馬山容疑者(30歳)ら男5人です。
個人事業主ら34人に違法金利で5000万円の違法利息を得た疑いが持たれています。馬山容疑者は闇金行為を数年前から行っており、中には自殺した個人事業主もいるようです。しかし、借りていた個人事業主ら全員の口座に、借りた金額分が戻されていた事が分かりました。
現場にはギゾクーズと刻まれた小判が落ちていました。窃盗事件の件は証言と状況から、またギゾクーズの犯行と思われます。以上現場でした。ー
モモ姉がニュースを見て文句を言う。
「おい、モンゴ。なんで、窓ガラスを割るような大事になっているんだよ?正体がバレる可能性が高くなるだろ? 私の教えを守れよ」
教えとは忍者のように素早く、目立つことなく任務を遂行することだ。俺達は派手に窓ガラスを割ったので、モモ姉は不機嫌な状態なのだろう。
それから、とんでもない事を言いやがった。
「2人とも今月の小遣いを減らすからな。覚悟しておけ」
おいおい、ふざけんなよ。このクソヤンキーはタダ働きをしろってか?
なので、俺は慌てて言い訳をする。
「ちょっと、待って待ってよ、モモ姉。あれはチューコが悪いんだよ。
小遣いはチューコだけ減らしてくれよ。俺だけは小遣いを貰う権利があるよ。俺は何ひとつ失敗してないぜ。いや、マジで……」
これは真実である。
チューコも会話に入ってくる。
「兄様、ひどい。ワザとじゃないのに……。しょぼん」
「しょぼんじゃねーよ。俺は絞殺される所だったんだぞ」
「私だって、火傷をしたのですよ。しくしく」
「いやだって、その原因の元はチューコが……」
モモ姉が頭を掻きながら大声を出す。
「あー、うるせーな。朝からピーチク、パーチクと……。まあ、いいや。2人とも連帯責任だからな。小遣いはなしという事で……」
やばい、ヒステリックな状態で自分の意見を押し付けるつもりだな。そうはさせんぞ。
俺は反論して、テーブルをパーの形で強く叩いてアピールをはじめる。ドンという音と共に、テーブルが少しガタガタと揺れる。正論には大声と音で対抗するプロバカンダの手法だ。
俺は声を荒げる。
「ふざけるなよ。2人とも小遣い減らすって事か?」
「ああ、当たり前だ。お前らパートナーなんだからな。連帯責任だろ?
それとも、文句でもあんのか? あ?」
プロバカンダの手法は撤退で、母性本能で反論しよう。
「そんな、バカな……。美人で綺麗なモモ姉さん。何とかならないかな? モモ姉ちゃん。えーん、えーん」
「ならねーな。えーん、えーんっていうのマジキモイからやめろ」
コイツ、可愛い弟に対して何って事言うんだ? クソ、どうするよ?
俺は舌打ちをしながらボソッと本音を呟く。
「チッ、死ねよブス……ケチブスが……」
すると、ヒュンと風を切る音がした。テーブルに置かれた俺の右手を見ると、指の間に手裏剣が刺さっていた。指の間に全てなので、合計4枚の手裏剣がテーブルに刺さっている状態になる。風を切る音は1回してないのに、手裏剣を4枚も投げるなんて化物だ。冷汗と手の震えが止まらないぜ。
モモ姉はガンを飛ばしながら俺に質問する。
「あ? 何か言ったか? 言いたい事あるならハッキリ言えよ。ブスって聞こえたような気がしたんだけど? おい、コラっ?」
「あの……その……」
「返答しだいじゃ、指の1本1本に手裏剣を打ち込んでやるからよ……。スゲー痛えぞ?」
うっ、こめかみが不良漫画みたいにピキピキしてやがる。正直怖い。
ここは生き延びる選択肢を選ぼう。
「いや、モモ姉さんは美人で綺麗です。いつも美味しい料理作ってくれてありがとうございます。こんな綺麗な人の弟子なんて嬉しいなあ」
そう言って、俺はみっもなく、ペコペコと頭を下げた。
モモ姉は照れた笑顔で言う。
「モンゴったら、本当の事言わないでも……ポッ」
そして、俺の背中を全力で叩く。ドンという衝撃が走った。
「ぐえっ」
俺は背中が痛くて涙が出て来たのである。何がポッだよ……恐ろしい女だな。しかし、チューコは同意する。
「そうですよ、モモ姉さんは綺麗で美人ですよぉー」
「あら、あら……。チューコはやっぱり可愛いねえ。私からプレゼントをあげよう」
そう言って、ハンガーに掛けてあるブレザーの制服を渡す。
「チューコ、今日から高校1年生だな。おめでとう」
「モモ姉さん、ありがとうございます。わあ、可愛いブレザーだぁー」
「勉強も頑張りなよ」
「はーい、着替えてきますぅー」
チューコは制服を持って、バタバタと自分の部屋の方へ消えて行った。そうか、コイツと今日から同じ学校だな。学校ではなるべく関わらない方向で行こう。面倒だからな、チューコは……。