第16章 ルリの目的(それぞれの正義 その3)
その頃、俺はルリと部室で議論を続けていた。すると、ルリが資料のノートを見せながら話す。
「お父さんの部屋から見つけたのよ。この居酒屋の違法残業の調査資料よ」
俺はノートのページを何枚か捲って内容を確認する。
ー居酒屋ブラック。都内に10店舗出店している居酒屋チェーンである。株式会社ブラックカンパニーのグループ会社の1つである。社長の名前は六木種馬30歳。元プロボクサーであり、キャバクラ経営の後に居酒屋事業に手を出して成功した。
日本チャンピオンと期待されていたが、ボクサーを辞めた理由は傷害事件で引退したからである。また、ヤクザとの関係を匂わせる噂もある。馬のようなパワーから、プロ時代はロッキー種馬と呼ばれていたー
うわっ、やっぱ経営者もクズっぽし、典型的な半グレだな。
俺は次のページを捲った。
ー居酒屋ブラックの労働環境の評判は良くない。閉店準備の残業代が、支払われていない事が元授業員より証言されている。他にも、女性従業員のセクハラやバイトへのパワハラ行為も目撃されている。さらに、1年前には23歳の青年が過労死しているー
おいおい、典型的なブラック企業だな。ルリの親父は新聞社なので、情報内容は本物のはずだ。だが、確実な違法の証拠は載っていない。元従業員の証言や目撃のみでは意味がないであろう。
しかし、こんな資料を持ち出してルリは何をするつもりなのだろう?
俺はルリに聞いた。
「まあ、新聞社の親父の資料なら本物じゃないの?」
「ええ、本物よ。でも、世間には公表されてないわ」
「いずれ、親父さんが記事にするんじゃないのかな?」
「もう、1年前の出来事よ。情報の速さが大切な新聞業界で、公表しない理由は一つしかないわ。ブラックカンパニーに圧力を掛けられたって事でしょ?」
まあ、よくある話だ。マスコミはスポンサーには逆らえないのだ。それはさすがに、今どきの高校生でも知っているだろう。ネット世代なのだから……。
俺は部室から新聞を見つける。そして、ブラックカンパニーの広告が載っているページを見せた。
「大手スポンサーの悪口を新聞社が書けるハズがないからな」
「そうね、お父さんは真実を曲げたって事よ。私はお父さんとは違うわ。私は世間に真実を全て公表するつもりよ」
「この資料だけじゃ、世間が動くのは難しいぞ。確実な証拠がない。仮にネットに流しても、すぐに風化しちまうぜ」
「ええ、分かっているわ。だから、私も店舗で働いていた従業員の取材をしたの。その人に話をしたら、閉店準備の残業代が払われていない事が分かったわ。そして、その証拠もあるわ」
すげーな、高校生とは思えない行動力だな。ルリが取材した報告書を見せる。
すると、ルリが寂しそうな目をした。
「その取材した人は婚約者がいたの。同じ店舗で働いていたみたいね。でも、過労死で亡くなってしまったの。それと、過労死した青年は日記を残していたみたい。それが証拠ってわけよ」
俺は報告書を眺める。
ー取材した人の名前は英戸リアン。
写真を見ると、銀ぶち眼鏡のフレームを掛けて、ゆるふわ系の髪型をした女性だ。24歳の女性で、現在は鬱病で失業中である。
居酒屋ブラックで社員として2年程働く。そこの男性社員と恋に落ちるが、その彼は過労死で亡くなってしまう。彼の名前は杉森信盛。享年23歳。過労によるくも膜下出血が原因で死亡。
そのショックから、英戸リアンは精神病院に通院をしている。時々、病院で刃物を持って暴れる事もあるそうだ。しかし、後日の遺品整理で杉森がつけていた日記を発見したそうだ。リアンはそれ使って裁判で仇を討とうとしたらしい。だが、リアンの親は娘の病気を治すのを優先させており、裁判で戦わせる気はないそうだー
まあ、裁判で勝つのは金の時間もかかる。親だったら、娘の健康を第一に考えるのが一番だ。この判断は間違ってはないと思う。もう、杉森は生き返らないのだから……。
俺は椅子に寄りかかりながらルリに目的を聞く。
「それで、どうするつもりなんだ?」
「今度、居酒屋ブラックに突撃取材をしようと思っているの」
いやいや、女子高校生がそんな危ない所に行くのはマズイだろ。
俺はルリを止めようと説得した。
「この資料を見ただろ。社長も危険な奴っぽいし止めておけよ。それに真実を世間に打ち明けてもみ消されるだけだぞ」
「ふふん、バカにしないでね。テレビや新聞には期待してないわ。そこで、証拠の日記をSNSやネットで、情報を流せばなんとかなると思うわ。だから、モンゴ君も協力してよ」
確かに、日記は過労死の証拠としては十分すぎる証拠だ。しかし、ルリの行動力は異常である。所詮は他人の事であり、首を突っ込むにはリスクが多すぎるだろ。
俺はルリに理由を問う。
「なんで、こんな危険な事に首を突っ込む必要があるんだよ?」
「私は悪い奴が、なんも罪に問われない社会はおかしいと思う。だから、ジャーナリストとして真実を伝えたいの。弱い人が損する日本を変えたいのよ」
しかし、俺は疑問に思った。居酒屋の悪事を暴いたからって、日本を変えられるとは思えない。そんな居酒屋は全国に山ほどあるし、世間の人間は知っているが見て見ぬふりだ。
だから、俺はルリを否定する。
「いや、この居酒屋の悪事をネットで発表しても、日本が変わる確率は低いと思うよ。夕方のニュースで少しやって、1週間もすれば風化して誰も覚えていないよ、人殺しの事件だってそうなんだからさ」
ルリは両手を頬に当てて、ニッコリした笑顔を作る。
「バカね。そんな事分かっているわ。私の本当の狙いはギゾクーズの正体よ」
「なんで、そこでギゾクーズが出てくるんだ?」
「今までのギゾクーズの襲撃した組織を考えると、この居酒屋もターゲットに入っているはずよ。1か月位の張り込みをすれば、ギゾクーズを目撃できると思うの。だって、世間のみんなは彼らの顔をみたいはずよ」
俺は焦って大声を出す。
「おい、ギゾクーズの正体を暴くつもりか?」
ルリは笑顔で笑いながら頷く。
「ええ、その通りよ。私はギゾクーズの正体を暴いて、有名ジャーナリストと売り込むつもりなの。世間を騒がしてるギゾクーズなら、日本国民も関心が高いでしょ? まずは注目を集めなくちゃね」
ルリの奴、恐ろしい事を考えやがる。ギゾクーズの正体を暴いて、ジャーナリストとして自分の顔を広めるつもりだな。そして、有名になった後に、過労死の話題をSNSとかで関心をもってもらう気だな。そしたら、美少女だし、若い奴らの関心は高まる。
だが、俺は何とか止めようと説得する。
「ルリは有名になるのは嫌がっていただろ? 張り込み取材がしにくいってさ……。目立つと、今後の取材の支障になるよ」
「そうね……。でも、考え方が変わったわ。真実を沢山の人々に知ってもらわないと意味がないわ。芸能人のSNSとか、どうでもいい情報でも拡散されると影響が凄いじゃない。ギゾクーズの正体を掴んだ女子高校生なら、沢山の人々は耳を傾けるわ。だから、変わりたいの」
ルリはルリで真剣に考えているみたいだな。
だが、俺はギゾクーズを肯定する意見を伝えた。
「でもさ、ギゾクーズは正義の味方だよ。捕まったら、世間は悲しむだろ」
「正義の味方? 正義の味方なら法律に触れる事をしていいと思っているの? 結局は泥棒じゃないの? 悪人の証拠を持っているなら、警察に渡すのが真の正義と思わない?」
まあ、確かに一理ある。でも警察が証拠を握りつぶす事も多い。おそらく、ルリはその事を分かっていない。
俺はそのことを伝える。
「でも、警察とブラックカンパニーが裏で繋がっている場合もあるだろ?
そういう場合はどうするんだよ?」
「ええ、分かっているわ。だから、警察を当てにしてないわ。その代わり、真実をネットやSNSで拡散させるのよ。ネットなら治外法権だもの。結局は真実っていうのは多数決って事だわ。世間の人々が真実だと思えば、それが真実よ」
「まあ、そうだけどさ……」
確かに正論過ぎて、グウの音も出ない。ルリは真剣な顔つきだ。
「それに、本当の真実を知らない事は日本人にとって良くないと思うの」
ルリは椅子から立ち上がり、眉毛を釣り上げて大きな声を出す。
「真実を隠して、隠蔽や改竄を散々してきた日本がどうなったと思う?
高齢化社会、少子化、不景気、過労死、イジメ、警察や政治家の不祥事ばっかりじゃない。その結果、私達の世代が問題を背負う状態になったのよ」
「でも、それは仕方ないだろう」
「いや、仕方なくないわ。だったら、私達の世代で解決すればいいじゃない。次の世代は苦労してもらいたくないの。だから、私は何とかしたいの……日本のために」
ルリなりに、日本の事を考えているのだろうと思った。俺とは考え方は違うのだが、これも正義のひとつなのだろう。ルリは俺の目を見る。
そして、パッチリとした瞳が問いかける。
「だから、モンゴ君も居酒屋ブラックの張り込みを協力してくれない?」
「それで、いつからやるんだ?」
「とりあえず、明日から一カ月は張り込むつもりよ。私とギゾクーズを一緒に捕まえようよ。ねえ、どうかな?」
俺はこれ以上、話しても無駄だと思った。ギゾクーズは俺の生き方だ。それを否定するわけにはいかない。それに、ルリのような法に触れないやり方で、ブラック企業を潰すとしたら、何十年もかかってしまうだろう。その間に過労死が増えるだけだ。
俺はやんわりと断る。
「ごめん、悪いけどさぁ、家の手伝いをしないといけないから手伝えないよ」
「そう、残念ね。でも、気が変わったら連絡してね。いつでも待っているから……」
「ああ、分かったよ。連絡するよ」
俺は鞄を持って、部室を出ようとする。ルリは最後に声を掛けて来た。
「でもね、若者に正しい真実を教えるのが私の仕事よ。私は間違っているかな?」
「いや、ルリは間違っていないよ」




