第15章 豊臣の目的(それぞれの正義 その2)
事務所を後にしたナガトは海岸の砂浜を歩いていた。目の前には海が見えており、波の音が心地よく、夜空には満点の星が広がっていた。しばらくして、海岸にある階段を椅子代わりにして腰を下した。
そして、懐からスマホを取り出して電話を掛ける。
「会長、わっちです。ナガトでありんす」
「さすがに連絡が早いな。それで、チンピラ達はどうなった?」
「ええ、全員殺したでござんせ。議員の借用書も取り返したでありんす」
豊臣はニヤリと笑う。
「そうか、ご苦労だった。死体の始末は任せておけ。しばらくは身柄を隠せ」
「了解でありんす」
豊臣は会長室でスマホを片手にしていた。豪華なオフィスチェアに背を倒して、両足は机の上で組んでいた。そして、ナガトの仕事の早さに笑みを浮かべていた。
この件で殺人の共犯になり、議員は生涯逆らえないであろう。裏切る事があれば、殺人の共犯として人生が破滅してしまうからである。元ヤクザとはいえ、10人も殺せば死刑だ。まあ、死体が見つかったらの話である。
ナガトは腰の巾着袋から煙管を出す。器用に火を点けて一服する。
「会長、ひとつ聞いてもよいでござんせ?」
「ああ、何でも聞いてくれ」
「会長の目的はなんでありんすか?」
「まあ、そろそろ話そうと思っていた所だ。お前にも聞く権利はあるからな」
ナガトは会長の汚れ仕事を引き受けて来た。自分が勝つためには手段を選ばない事も知っていた。しかし、金も家族も権力もある豊臣秀人という男の最終目的が気になっていた。わざわざ、今回のように法律に触れてリスクを伴う必要があるのだろうかと思っていた。
豊臣はナガトに語る。
「他国から日本を守る為だ」
「どういう事でありんすか?」
「ああ、このままだと日本は確実にダメになる。俺はもう金も家族も権力も手に入れた。もう、欲しい物はない。だから、子孫の為に日本をよくするのが目的だ。まあ、他にもあるがな」
「ブラック企業を維持するのが目的でやんすか?」
豊臣も煙草に火を点けて話を続ける。
「それも一つだ。ブラック企業は政府が認めているからな。結局は汚れ仕事をする奴がいないと日本経済が周らないからだろう。日本を維持するには必要な存在だな」
「わっちのようでありんす」
「そうだ、資産家以外は手を汚さないと日本では生きていかないって事さ。ブラック企業がなくなって困るのは消費者じゃない、日本を裏で仕切っている日本政府の奴らさ。だから、ブラック企業は必要だし、これからもなくならないだろう」
「日本政府こそ悪党でありんす」
ブラック企業は日本にとっての必要悪であるのだ。豊臣はブラック企業の消滅は日本の消滅に繋がると常々に考えていた。なぜなら、能力的に国民全員がホワイト企業に入れないので、無能な人の受け皿が必要だからだ。
そうしないと、居場所がない無能な人は犯罪をして生きていくしかない。結果、日本に治安は悪化してしまうであろう。また、日本国民もブラック企業と分かって利用をしており、生活するにはなくてはならない存在である。
普段はブラック企業を潰せなんて言っているが、自分達も利用しているくせに、都合の悪い時は文句を言うのが日本国民なのである。特に小売りと飲食は低所得者には必要な存在であろう。
豊臣はネクタイを緩めながら続ける。
「ハッハハハ、悪党が栄えるのが日本という国さ。政治家、大企業、芸能人など金を持った人間が不祥事を起こすが許されるは何故か分かるか?」
「えーと、強い人間だからでありんすか?」
「その通りだ、法律に触れようが強い者だけが、生き残れるのが現代の日本という国だ。その強さとは金と権力の事だけどな。貧乏人の弱者の為に動く奴はいない。弱者は死んで風化していくだけだ」
「わっちも同じ意見やんす。それは昔から変わらず、強い者が正義でありんす」
豊臣は2本目の煙草に火をつける。そして、こう思うのだ。戦う事が出来ない若者が増えている。戦う前に負ける事を恐れているのだろう。その結果、人の足を引っ張って満足している若者が増加している。
ネットで人の不幸を見つけて、嘲笑い、蔑んで、見下す事が当たり前になっている。豊臣はゆとり教育に危機を持っていた。物事に順位をつけない。これこそが日本の癌である原因だと思ったのである。正しく、法律に触れず、人を傷つけない、欲を持たない。こんな人間が日本を守れるだろうか?
豊臣の目的は他国から日本を守る事であった。仕事で海外の組織と取引をしている内にある事に気が付いたのである。日本が他国から舐められてやりたい放題されている状態に危惧していた。移民として犯罪者を送り込まれたり、日本の技術を盗まれたりと様々だ。
将来の自分の子孫が他国に潰されるのを恐れていた。他国と戦って、生き残るためには、どんな手を使っても勝つ事が全てであった。それは豊臣自身の過去のできごとが理由だった。中卒の豊臣は誰にも相手にされなかった人間であった。
だが、真面目に商売をしてみたが、騙されて、利用されて、散々な目にあったのである。頑張る事が重要、人を信じる事が大切、欲望を持つことは恥ずかしい。こういった綺麗ごとが多いから、日本はダメになったと思ったのである。
その経験から勝たなきゃ意味がないと分かり、違法ギリギリな事をして、現在の地位まで成り上がったのである。だから、若者に現実を教えて、どんな手を使っても勝つことの必要性を教えたかった。
豊臣は溜息をつく。
「ナガト、俺の目的は若者に勝利を教える事だ。日本が戦争になったらどうなると思う? もし、他国と戦争になっても、若者はネットで悪口を書き込んでいるだけだろう」
「なるほど、それが目的とどう繋がるでやんすか?」
「若者に卑怯な手を使っても、勝つって事の重要さを教えたい。金持ちの家に生まれない限りは、卑怯な手を使わないと、現在の日本では成り上がれないだろう。俺もここまで上り詰めるには散々悪い事をしたよ」
ナガトは頷く。
「なるほどでありんす。若者は綺麗ごと多すぎるでやんす」
「ああ、日本では悪党にならない限りは金持ちにはなれない。まあ、スポーツ選手やアーティストなどは除くがな。あんなのはごく一部の天才だけだ。俺だって天才じゃない人間側だから、凡人の気持ちはよく分かるよ」
これは豊臣の本音であった。自分がただの商売人って事を認めているのだ。
だからこそ、若者に成り上がり方を教えたかった。豊臣は紫煙を吐きながら笑う。
「なら、どういう悪党になれば金持ちになれると思う? ヤクザか? 銀行強盗? シャブの密売人か? ブラック企業の経営者か?」
「わっちには全て同じに見えるでありんせ」
「いや、それは違うぜ。ブラック企業の経営者だけが逮捕されないんだ。なんもない若者が、金持ちになれるチャンスがあるのがブラック企業の経営者なんだ」
「なるほどでありんす」
「それに労働基準法を守らなくても逮捕されない。法律をおかしても、咎められない犯罪者がブラック企業の経営者なのだよ。つまり、国が認めた唯一の犯罪者だ」
豊臣は机から足を下して、椅子から腰をあげる。そして、東京を一望出来る窓の前まで移動する。そこにはビルの灯りや、沢山の車のライトがキラキラと光る光景が広がっていた。
その光景を見ながら豊人は声を荒げる。
「ナガトよ、パワハラ、セクハラ、サービス残業などのコンプライアンスの全てが守られている企業などは日本には存在しない。そんなのを全部認めていたら企業は成り立たない。だが、若者は自分が失敗や傷つくことなく、勝ち組になれると信じてやがる。俺はそれが許せないのだよ」
「確かに、最近の若人は消極的でありんすからね」
「ああ、だから現実を教えて、どんな手を使っても戦って、勝たないといけない事がある事を教えないといけないのだよ。運動会で全員ゴールみたいなバカな価値観は止めさせなければいけないのだよ。人生は勝たなければ意味がない。勝った者が正義だ」
イジメで自殺した。弱いから自殺する。
過労死で死んだ。自己管理出来ないから死ぬ。
詐欺で騙される。頭が悪いから騙される。
殺人事件にも巻き込まれる。腕力がないから抵抗出来ずに死ぬ。
強い人間は生き残り、弱い人間に死ぬだけだ。
これが人間の本能だ。豊臣の価値観の全てであった。
ナガトは夜空を見ながら煙管を吹かす。潮風が顔に当たって気分をよくさせる。そして、テレビのニュースを思い出す。
「そういえば、最近は正義の味方のギゾクーズが出て来たでありんすよ。日本を良く変えようとしている人間もいるでごぜんせ」
「ああ、あれはダメだ。俺はいずれ潰そうと思っている。若者はギゾクーズを見てストレスを解消しているだけだ。自分の手を汚さず、戦わずに悪に勝つヒーローショーを見て満足しているだけだ。現代にヒーローはいらない。若者が自分の手を汚して自分がヒーローになるべきだ」
豊臣はニヤリと笑う。
「俺のようなブラック企業の経営者にな……。だから、俺は野心ある若者には起業の手伝いをしているよ、最近は居酒屋とかな」
「なるほど、会長が若者に強くなって欲しいでありんすね?」
「ああ、他国と戦えるくらいはな。寂しいだろ、日本が衰退していくのは……。だって、美しい国だろ?」
豊臣は若者が受け身ではなく、自分達で考えて戦えるようになって欲しかった。それが出来ない限り日本に未来はないと考えていた。それに弱い奴はいつの時代も死んでいくだけだ。
どうせ、仕事じゃなくても、恋愛や友達とかの悩みでも自殺する人種なのだから。豊臣はそいつらの面倒までは見られないと思っていた。
ナガトは紫煙を吹きながら会長に問う。
「じゃあ、ギゾクーズはどうしますでありんす?」
「おそらく、今まで狙ってきたのは俺に関係のある組織や人間だ。多分、金目的ではないな。ブラック企業のパイオニアの俺を潰す事が目的だと思われるな。ふん、くだらない正義感のつもりなのだろう」
「なるほどでありんす」
「だから、次に狙いそうな所へ、いくつかの罠を仕掛けて燻りだすつもりだ。こんな連中をほっておくほど、俺はお人好しではない」
豊臣はギゾクーズの調査をしていた。調べるとブラックカンパニーを潰すのが目的だとすぐに分かったのである。なぜなら、襲われている人間は自分に関係がある者ばかりであったからである。
目的は金ではなく、豊臣秀人が世間に悪党だという事を伝えたい事も理解した。だから、見せしめの為に、周りの組織からジワジワと潰すつもりなのも分かったのである。
おそらく、次は子会社の居酒屋、アパレル会社のどちらかを狙っていると考えていた。その2社はサービス残業で成り立っている会社だからである。素人でもあきらかに違法行為が分かるからだ。
豊臣はそこの社長達にギゾクーズが来たら、罠に嵌めて捕まえるように手配していた。もし逃げられても、居場所を突き止めるように盗聴器をしかけるように指示してあったのである。だが、本音は面白そうな敵だとワクワクしていた。そう、若い頃を思い出していたのだ。
豊臣はナガトに命令する。
「ギゾクーズを潰すときは、ナガトにも動いてもらうぞ」
「ええ、了解でありんす」
「じゃあ、また連絡をする。しばらくはゆっくり休んでくれ。今回分の金は振り込んでおくよ」
「かたじけないでありんす」
ナガトも少しワクワクしていた。ギゾクーズは闇金、ヤクザ、格闘家などの悪人を倒していたのはニュースで見たので、自分が満足出来る戦闘が楽しめる可能性があると思ったのだ。
最後に豊臣はナガトに伝える。
「いいか、若者に卑怯な手を使っても、勝利する大切さを教えるのが俺の仕事だ。そして、日本を衰退させない。俺は間違っているか?」
「いいえ、豊臣会長は間違ってないでありんすよ」




