第14章 ナガト VS 菅原
仕切りに隠れていた最後の1人がナガトを襲ったのである。
ナガトは殺気を感じて、日本刀を両手で握り直して、素早く相手の刀を受け止めたのであった。刀と刀がぶつかり合う音が事務所に響く。最後の1人は元ヤクザの組長で、野球選手のような体格に黒スーツを着こなしていた。抗争の時には最前線で、敵の事務所に殴りこみにいくような男であった。
名前は菅原という名前だった。破門されたヤクザを集めて、恐喝ビジネスのシノギを考えたリーダーである。2人は互いの刀同士を押し付けあっている状態になった。菅原は両手で握りしめた日本刀を腕力で下へ押し付ける。
菅原は悪態をつく。
「てっめえ、俺の子分を殺しまくりやがってぇええー。この卑怯者がぁあー」
「ふっ、不意打ちの方が卑怯でごぜんせ」
菅原は三度笠の下の顔を見て驚愕する。
まだ、あどけさが残る少女の顔が見えたからである。
「てめえ、女かよ……。しかも、ガキじゃねえか?」
「殺し合いに老若男女もないでごさんせね。勝ったものが正義でありんす」
菅原の方が腕力では上であり、上から下へ刀をグイグイと押し付ける。ナガトが徐々に、膝を崩して下屈んでいく。
菅原は笑いながら言う。
「おい、どうした? その貧弱な腕じゃ俺の刀は受け止められないぜ」
「剣術は力だけじゃないでごぜんせ」
ナガトは菅原の刀を裁いて、素早く後ろに引いて距離を取る。
だが、菅原は攻撃をやめない。ナガトに向かって何度も切り付けようとする。上から下から、右から横に、更に下から上に切りつけようとする。しかし、ナガトはボクサー選手のように紙一重で避ける。ナガトは見えているのだ。菅原の攻撃を圧倒的な動体視力で……。
そして、そうしている内に菅原の体力は奪われていく。
「はあはあ、コノヤロー。ちょかまかと動きやがって……」
ナガトは溜息をつく。
「はあ、おぬしは大した腕ではないでありんせ。がっかりでありんす」
菅原がキレる。
「なんだと、てめぇー」
そう言うと、菅原は両腕で刀を強く握り、背中に付く位に後ろに振り上げる。ナガトを真っ二つにするつもりである。そのまま全力で床に付く勢いで刀を上から振り下す。
菅原は大声で吠えた。
「死ねやぁああー」
しかし、ナガトは野球選手がバッターボックスに入るように横向きに避ける。菅原の刀がナガトの背中のギリギリを振りぬく。その刀はナガトに掠る事もなく、床にめり込んだのであった。
ナガトはすさかず、下から床を切るように天井に目がけて刀を振った。両手で振り上げたナガトの斬撃はゴルフのスイングのようだった。刀の狙いは菅原の両手首だった。
スパンという斬撃音が響き、菅原の両手首が宙に舞い、その手首には日本刀が握られていた。そのまま、天井に日本刀が刺さる。天井の日本刀は両手首のみが握られ、手首は本来の持ち主から離れている状態であった。
菅原の本来ある両手首は、ソーセージを切ったような断面図になっていた。そして、その断面図から大量の血が噴き出た。
数々の修羅場を超えて来た菅原もパニック状態になる。
「うわぁあああああー。俺の腕がぁあー」
血を止めようと手で押さえるが、両手首がないので叫ぶ事しか出来なかった。
ナガトは菅原に声を掛ける。
「ぬしは侠客のくせに、なさけないでやんすよ」
ナガトの中で、侠客は手足を落とされても、歯だけでも食いついてくるものだと思っていた。だから、菅原に説教をしたのだ。
しかし、菅原には声は届かずに叫ぶ事しか出来ない。
「俺の腕、腕ぇええええー。早く、戻せええぇえー」
ナガトは溜息を吐く。
「はあ、楽にしてやるでしなんせ。冥土の土産に面白い技を見せてやるでありんす」
だが、パニック状態の菅原には何も聞こえない。
ナガトは刀を鞘に納めて抜刀の構えをする。
「行くでありんす。伊賀流抜刀術『派遣斬り』」
派遣斬りとは伊賀忍者に伝わる抜刀術である。精神統一により、通常の2倍のスピードで抜刀できる技である。
ナガトは風のように、菅原の横をすり抜けた。すると、菅原の首がパクリと口を開けて大量の血が飛び出す。そして、菅原は床にドスンと倒れて息を引き取った。ナガトは10人を始末するのに、10分もかからなかったのである。
これでも、半分の実力も出していなかった。ナガトは落胆しながら呟いた。
「もっと、強い奴と戦いたいでありんす」
このナガトこそが、後にモンゴ達の前に立ちふさがるのであった。




