第11章 ギゾクーズの目的(それぞれの正義 その1)
その頃、モモチは電話をしようとしていた。場所は喫茶店モモちゃんの1Fである。外見はレトロなレンガ造りで、店内はカウンター席が5席、ボックス席が4つほどある。客は20人も入れば一杯になってしまう小さな店である。
特徴はマスターが若くて美人なのと、挽き立てのコーヒー目当ての客が多いのである。また、窓際のボックス席には、インベーダーゲームのテーブル筐体機が2台設置してある。これは、サラリーマンのおじさん達には大好評である。
現在は本日休業の札が、外の入口にかけられていた。つまり、店内にはモモチしかいない状態である。モモチはコーヒーを作って、カウンターへ向かった。カウンター席にある丸椅子に座りながら、ギゾクーズの頭領へ連絡をとろうとしていた。
頭領の名前は徳川家門。日本の労働環境を変えようとしている革命家である。年齢は30後半で、顎鬚に強面という外見からヤクザの印象を受ける人が多い。
身長は180センチと高く、鋼のような筋肉で覆われていてガッチリしている。常にサングラスを掛けており、その表情はモモチでも読めない。モモチはカウンターに置いてあるコーヒーに口をつける。
それから、徳川に電話をかけた。
「もしもし、私です」
「モモチか、闇金融ブラックの件はよくやってくれたな。人の弱みを利用すると天罰が下ると、世間にアピールが出来たであろうぜ。まあ、悪い事は出来ないって事だ」
「はい、ありがとうございます。あの2人がやってくれましたよ」
「ああ、モンゴとチューコだな。もう7年も経つのか……」
ギゾクーズは江戸時代に義賊が集まって出来たとされる組織である。その頃は義賊兵団と呼ばれていた。悪代官、幕府の悪人、悪大名から金を盗み、貧しい人々の金を配っていた。最盛期は100名を超える人数がいたが、ほとんどの人間が命を落としている。
現在は残っているのは20名程度である。現代の目的はブラック企業の消滅であった。徳川は若者の過労死が増えて、将来に希望のもてない日本に危惧していた。過労死は会社が責任を認めることはない。日本はバブル経済崩壊後に、『自己責任』という宗教に支配されてしまった為だ。
イジメで自殺した。イジメを受けた方にも原因がある。
過労死で死んだ。自己管理できない方にも原因がある。
詐欺で騙される。騙される方が悪い。
殺人事件にも巻き込まれる。危機管理が低い方が悪い。
そう、加害者が得をして、被害者は全部が泣き寝入りの状態である。だから、若者は頑張っても、我慢しても、誰も助けてくれない日本に絶望してしまった。そうなると、引きこもりや自殺する若者が後をたたない。
もっと酷くなると、通り魔や犯罪に手を染める事も多いのである。そうした結果、労働意欲は減少し、結婚をあきらめる若者が年々増えている状態である。いずれは、少子化になって日本は滅びてしまうだろう。徳川はブラック企業の存在を許す事が、若者の未来を潰してしまうと考えたのである。
そこで、若者に希望を持たせる分かりやすい方法を考えた。弱気を助けて、強い悪人を倒すギゾクーズと呼ばれるヒーローを作ったのである。悪人が逮捕されてネットで晒される事によって、ネットのおもちゃになるのが日本という国だ。
それを見て、悪人になろうとは思わなくなるだろう。また、法律では裁けない悪党が滅びていく有様を見るのは格別である。若者のアドレナリンが刺激されるのだ。
それにより、ギゾクーズに憧れて、悪は報われないイメージを若者に植え付ける。ブラック企業に就職する若者がいなくなれば、ブラック企業は消滅するだろう。それによって、経済大国の日本を復活させたいと徳川は思っていた。
まずは超人的な能力を持ったヒーローを作る必要があった。そこで、身寄りのない子供であったモンゴとチューコを引取ることにした。理由は義賊の血を引いており、盗みの天性の才能があったからである。
そして、何よりも両親の仇でブラック企業を憎んでいるので利用しやすかったからであった。モモチの下で7年の修行の末、2人は立派に成長したのである。
そして、1年前からギゾクーズは活動する事になる。法律で裁けない悪人を裁く姿を見た若者はすぐに注目を集めた。SNSや動画サイトでも情報が拡散された。ネットの掲示板では、ギゾクーズに影響された若者の書き込みが増えた。
ー【朗報】ギゾクーズ金庫破り。ブラック企業涙目www。
ーギゾクーズに影響されて、ブラック企業を辞める事にしました。
ーギゾクーズはカッコよすぎる。結婚したい。イケメンなのかな?
ーワイ、ギゾクーズに憧れて、労働基準法を勉強する。
また、テレビでも特集が行われて、日本国民では知らない人はいなくなっていた。芸能人やスポーツ選手とは異なるヒーローが誕生したのであった。昔で言えば、アメリカのボニーとクライドみたいなものだろう。今ではファンクラブやグッズなども出てきている状態である。
言うなれば、ギゾクーズとはブラック企業撲滅の広告搭なのである。若者はギゾクーズを支持して、次の犯行を楽しみにしていた。結果、ブラック企業と戦う若者が増えたのだ。徳川の計画通りになったのである。
モモチは会話を続ける。
「ええ、2人が修行して7年経ちましたね。あっという間でしたよ」
「モモチ、2人に人殺しはさせていないだろうな……」
「ええ、問題ないです。私も2人には人殺しにはなってほしくないですからね」
「ああ、それならいい。人を殺したらギゾクーズの意味がなくなってしまうからな。1度殺すと、癖になってしまうからな……。モモチのようにな」
モモチも分かっていたのである。自分は暗殺の才能はあるが、盗みの才能はないことを……。モモチはギゾクーズに入る前は、とある暗殺組織に所属していた。
そこでは人を殺すように訓練されたので、その癖は中々に抜けない。だから、反射的に人を殺してしまう可能性を考えて、裏方にまわる事にしたのだ。
なぜなら、人を殺したらヒーロー性は消えてしまうのである。日本は何だかんだいっても、お人好しの国民が多い国である。その反面、調子に乗っている奴が痛い目にあうのを見るのは大好きな陰湿な部分もある。
そして何よりも、人殺しに関しては非情に厳しい目で見るのだ。例えば、人殺しの家族も村八分にするのが日本人なのだ。なので、徳川は人を殺したら、ギゾクーズから人々が離れて行ってしまう事を知っていた。だから、モンゴ達に人を殺さないように徹底させた。
他にも偽物や模範犯が出ないように、ギゾクーズの犯行を証明する小判を作った。小判にはギゾクーズと特殊に刻印がされていて、複製は困難な代物として作成した。この小判を犯行後に証拠として残しておくのだ。
これにより、同一犯だと世間に分かってもらう為である。後はモンゴ達が敵わない殺し屋などが、出て来た時にはモモチが密かに葬っていた。人殺しについては徳川も殺すことを認めていた。なぜなら、裏社会の人間は警察も本気で捜査しないからである。
モモチはコーヒーを飲みながら話を続ける。
「頭領、次のターゲットは決まったのですか?」
「ああ、ブラック企業だ。いわゆる居酒屋チェーン店で過労死も出ている。名前は居酒屋ブラックだ。都内に10店舗は出店している」
「また、ブラックカンパニーの関連ですか?」
「そうだ、そこの子会社だ。1年程前に、23歳の青年が過労死している。残念ながら、青年の過労死の件はニュースでは取り上げられなかった。おそらく、豊臣秀人がマスコミに圧力をかけたのであろう」
「なるほど、それでどうするのですか?」
「法に触れているのは残業時間を改竄している点だけだ。そこで、残業時間の証拠データを盗んでほしい。他にも、貯めこんだ残業代の隠し口座もあるからそれも盗んでくれ。来月には口座を移すらしいので、今月中には任務を実行してくれ」
モモチは任務を素早く理解した。労働時間の改竄データを世間に公表して、居酒屋ブラックを潰すのが目的であると。そして、金を盗んで本来の残業代をバイトや社員の口座に振り込む。
労働環境に不満を持っている日本人は多いから、この行為はイメージアップに繋がるのだ。そうすることによって、ギゾクーズの活躍が世間に轟く。
モモチは徳川の考えを読み取って喋る。
「なるほど、社員やバイトに盗んだ残業代を返すって事ですね」
「そうだ。ニュースで特集されれば、残業代をもらえる権利があるのが、当たり前という認識なるはずだ。若者も労働基準法を学ぶきっかけにでもなるだろう。こんな会社が許されているから、日本はドンドン衰退していくんだよ」
「ええ、労働基準法を違反しても、経営者が逮捕されることはないですからね。警察が動かない事を知った上で、若者の無知な所を付け込んでいますね」
「ああ、豊臣秀人はそこに付け込んで、若者から金を搾取しているクズ野郎だ。過労死した青年には何も罪はなかった……」
モモチはギゾクーズの最終目標を理解した。
「私達はブラックカンパニーを潰すのが目的なのですよね?」
「そうだ、ブラック企業のパイオニアを潰してみろ。若者はギゾクーズを大絶賛するだろうな。それによりにより、若者の価値観も絶対に変わっていくはずだ」
豊臣秀人はネットでは若者に叩かれていた。大企業なのに、低賃金で人を使い捨てのように扱っていたからである。秀人の名前から、秀人(酷い人)という意味で有名であった。そのブラック企業のパイオニアを潰す事が出来れば、若者の価値観は変わるかもしれないのだ。
モモチも徳川の価値観に同意見だった。罪のない若者が死んでいく社会は間違っていると思っていたのである。それに日本を良くしたい気持ちは一緒だった。
だが、一番の理由は徳川に一命を救ってもらった事があるのだ。だから、命を救ってくれた徳川の下で恩を返したと思っていたのである。本音は恋心もあったのも事実である。
徳川が強めの口調で言う。
「いいか、ブラック企業を潰すのが俺の仕事だ。俺は間違っていると思うか?」
「いいえ、頭領は間違ってないです」




