第8章 モンゴは友達を作らない。
ふと、校門の方をよく見ると、モモ姉とチューコが手を振っていた。あれ、モモ姉来ていたのかよ。いつもと同じバーテンダーみたいなファッションだ。
おそらく、喫茶店の仕事の合間に来たのであろう。他の保護者が着飾っているので違和感が凄い。俺は2人の元まで移動した。
すると、モモ姉が声を掛けてきた。
「よっ、モンゴ、優しい、優しい、優しい師匠が来てやったぞ」
何回、優しいっていうねん。まったく、モモ姉のギャグはつまらない。
俺はぶっきらぼうに答えた。
「別に来なくもいいよ。俺は大丈夫だしさ」
「おいおい、勘違いするなよ、チューコの為に来たんだよ。入学式に3人で写真撮りたいってさ。チューコってば可愛い事言うよな」
「へいへい。分かった、分かったよ」
女って写真好きだよな。俺には理解できない行動原理だ。
そして、3人で記念写真を撮った。すると、モモ姉は帰ろうとした。
「じゃあ、私も帰るわ。2人ともクラスメイトと飯でも食べに行くんだろ?
へへっ、友達を沢山作れよ。学校行くのが楽しくなるぞ」
チューコは返事を照れながら返す。
「えへへ、女子のグループに誘われちゃいましたよ。友達を一杯作るのが楽しみです。1年A組でファミレスを貸し切りにするみたいです。わくわく」
うげー、想像しただけで、胃に穴が開きそうだぜ。行っても気を使われるし、行かないと噂されるだろう。
だって、自己紹介を失敗したダブりだもん、そんな事を知らないモモ姉はニコニコしながら、財布から1万円札を出してチューコに渡す。
「ほーら、小遣いだよ。友達と楽しんできな」
「わーい。モモ姉さん、ありがとう」
それから、俺にも1万円を渡して来た。だが、俺は受け取らない。
モモ姉は首をかしげる。
「どうした? モンゴも友達を作りに行くんだろ?」
「いや、俺は誘われてないぜ。そもそも、友達なんかいらねーし」
これは本音だ。昔死んだ友人の事を思いだしたからだ。
しかし、モモ姉が頭を抱えて説教を始める。
「おいおい、誘われてなくても、自分から行くものなんだよ」
俺は参加する気分ではない。モモ姉はさっきの教室の雰囲気を知らないから言えるのだ。あの死にたくなるような恥ずかしさを経験して、クラスメイトと仲良くなれる気がしない(笑)。
これはふざけた理由だが、本当は友達というキーワードがトラウマを蘇らせていたのである。
俺は声を少し荒げる。
「明日から仲良くするよ、それでいいだろ、今日は色々あったんだよ」
「いや、今日行けよ。明日だと入りづらいだろ。手遅れになるぞ」
「別にいいだろ。俺の勝手だろ。それに部活で用があるんだよ。じゃあな」
「何だよ、その態度はさぁ……」
険悪な空気がその場を支配して、チューコも悲しそう顔でオロオロと困惑している。俺は2人を無視して、再び校舎の方へ歩きはじめた。新聞部のルリに会いに行って、ギゾクーズの調査内容の確認するためだ。
新入生の挨拶で、ギゾクーズを調査していると言っていた。成績優秀な新聞部のエースのルリだ。油断はできないぜ。そうだ、ルリがギゾクーズの正体に気づいた可能性だってあるのだ。でも、それは嘘であった。本音は人を関わるのが怖いのだ。
去年の夏、俺はギゾクーズとして、ブラック企業の悪人を潰した。しかし、その悪人はクラスメイトの友達の父親だったのである。父親は悪人ではあったが、友達は父親の悪事は知らなかったのである。
そして、父親は逮捕されて一家は離散してしまった。クラスメイトは犯罪者の息子の彼を冷たく扱うようになった。いわゆるイジメである。物を隠されたり、ネットに悪口を書き込んだりと陰湿だった。
それでも、俺は明るく声をかけていたが、彼は学校を休む回数が増えていったのである。それはそうだ、クラスに仲間が一人しかいないのは辛すぎる。人間は見下され続けると、心が壊れていくものだ。俺もモモ姉と会うまではそうだった。
そして、居場所がなくなった友達は暴走族に入り、毎日のようにバイクで走り回っていた。ある日、バイクでカーブを曲がり切れずに事故死してしまう。俺がブラック企業を潰さなければ友達も死ななかった。何が義賊だ……クソッ。そう、俺が友達を殺した。
モモ姉が、俺の手首を握って止めようとする。普段の澄ました顔でなく、真剣な眼差しで喋る。
「待て、待てって、モンゴ。いじわるで言っている訳じゃないよ。私には学校生活がなかった。ずっと暗殺任務の毎日だったし、友達なんていなかったよ。だから、2人には学校生活で思い出を作って楽しんでもらいたいだけだ」
これはモモ姉の本音だろう、たしか、以前は政府の暗殺組織にいたらしい。今はギゾクーズだけど、それでも任務には絶対服従するタイプだ。
だから、俺は聞く。
「それは任務命令か、それとも師匠としての命令か?」
「違うよ、ギゾクーズも師匠も関係ない。お前らの家族として言っているのさ。2人には学生生活を楽しんでほしいよ。だから、姉として心配しているのさ」
「楽しむ? 俺が人殺しでもか? もう、あんな思いしたくねえしな……」
モモ姉はハッとした顔つきになる。
「おい、バイク事故の友達の件を引きずっているのか? お前は何も悪くないだろ?」
悪くないだって? まったく、モモ姉もいい加減だぜ。
俺は怒り声を出して反論した。
「けどさ、死んだ友達に罪はなかったよ。父親は悪人でもさ……。そもそも、あいつと友達じゃなければ気にもしなかったよ……。今回のクラスメイトにそういう奴がいたらどうするよ? 迷う心が出たら、任務に支障が出るだろ。だったら、最初から仲良くならないほうがいいだろ? それにさ、ギゾクーズの行動って、本当に人の命を助けているのかよ。罪もなくて、関係ない奴が死んでいるんだぜ」
モモ姉は俺の腕から、手を放して悲しそうに呟く。
「モンゴ……ごめん」
「もういいだろ、ちょっと部室に顔を出して帰るよ。明日からうまくやるよ、じゃあな。チューコは楽しんでこいよ」
モモ姉もそれ以上は何も言わなかった。俺は正直に悩んでいたのである。ブラック企業で生計を立てている家族だっているのが現実だ。そのブラック企業を潰す事により、家族がバラバラになる人間だっているのだ。
世の中の何が正義なのか、誰が味方なのか敵なのかよく分からない。だが、生きている人間は自分が正義だと思って生きているのだろう。だから、戦争が絶えない世界なのだ。
俺は校舎に向かってゆっくり歩く、入口に入る前に振り返り2人を見た。チューコは泣いているように見えて、それをモモ姉が慰めているようだった。俺はバカな男だ。そして、自分が嫌いだ。




