プロローグ(ギゾクーズ登場)
アンタは義賊を知っているか?
日本では石川五右衛門や鼠小僧が有名である。
目的は悪人から金を奪い、弱者に金を配る奴らだ。いわゆる泥棒との違いは善人からは盗まない所だ。
現在の日本は悪人が得する時代になっていた。
例えば、ブラック企業、詐欺グループ、闇金業者、悪徳政治家などがいる。しかし、ニュースで捕まるのは、末端の利用される人間ばかりであり、真の悪人は捕まらない状況だ。
そんな現代にも、真の悪人を裁く義賊の末裔がいた。彼らは『ギゾクーズ』と呼ばれていた。
新宿の深夜2時頃。場所は高いビルが並ぶオフィス街。とある高層ビルの屋上に2人の影があった。2人は10代と思われる少年と少女だった。
少年が少女に声を掛ける
「チューコ、今日はヘマするなよ」
「兄様、あまりプレッシャーかけないでくださいよ」
「いつも、チューコがドジを踏むからだろ?」
チューコと呼ばれる少女は笑顔で少年に言った。
「今日は大丈夫ですよ。兄様」
「だと、いいんだけどな……」
兄様と呼ばれる少年の名前は石川モンゴ。彼は石川五右衛門の子孫である。石川五右衛門とは、安土桃山時代に活躍していた義賊の頭領である。
モンゴは170センチの細身であり、サルっぽい愛嬌のある顔をしていた。また、黒パーカー、黒ジーンズ、黒スニーカーで全身黒ずくめの姿だった。顔の下半分は黒いバンダナで隠している。普段は普通の高校生だが、夜は悪人から金を巻き上げる義賊であった。
チューコがモンゴに話をかける。
「兄様、その恰好怪しすぎますよ。全身黒の服って……」
「お前の恰好の方が怪しすぎるわ。っていうか、お前もほとんど黒色だろ」
少女のフルネームは小塚原チューコ。モンゴの相棒である。恰好は時代劇の忍者みたいな恰好をしていた。いわゆる、くノ一だ。顔の下半分はスカーフのようなマスクで隠れている。
可愛い童顔なので中学生位にも見える。また、艶のある黒髪のポニーテールがビル風に揺れていた。明日から、モンゴと同じ高校へ入学する女子高生である。
チューコは鼠小僧の子孫であった。鼠小僧も江戸時代に大名屋敷を荒らした義賊である。2人はギゾクーズと名乗って悪人を裁いていた。それは主にブラック企業から金を盗むことである。
チューコはぷんすかと怒りを露わにする。
「いえいえ、私は忍者姿だから黒でいいんですよ。くノ一って可愛いし」
「いやいや、日光江戸村くらいだろ。その恰好が許されるのはさ……。ハッキリ言うとダサイよ。いや、痛いな」
チューコはムカッっとして頬を膨らませる。
「いえいえ、兄様の恰好の方がダサイですよ。黒ずくめの変態さんに見えますよ」
「バカ、夜は目立たなくて実用的だろ。これが現在の忍びファッションだよ。それにモード系みたいでカッコいいだろう?」
そう言って、モンゴはチューコにデコピンを放つ。
すると、チューコは両手で額を抑えて叫ぶ。
「あいたー」
2人は本当の兄妹ではない。モモチと呼ばれる凄腕の忍者の弟子である。いわゆる、兄弟子と妹弟子の関係だ。
厳しい修行の末、モンゴとチューコは忍術を極めていた。例えばパルクールのような移動力や、暗器を使った戦闘術などである。この忍術がギゾクーズの強さの秘密なのだ。
モンゴ達は対面のビルの最上階を望遠鏡で覗いていた。その最上階には消費者金融ブラックのオーナーの部屋があった。社長の名前は馬山という強面の男であった。
消費者金融ブラックとは、表向きはサラ金なのだが、裏では非合法な金利で貸し出しをしていた。いわゆる闇金というやつである。
最上階の窓の向こう側には広いリビングがあり、柄の悪そうな男達が酒盛りしている姿が見えた。男達の人数は全部で5人。年齢は20代~30代前半位に見える。彼らは楽しそうに鍋パーディーをしていた。
部屋には大きいテーブルと高級そうなソファが置いてある。ソファで酒を飲んでいる丸眼鏡の男が馬山である。他の4人もソファ座って、テーブルの上の鍋を楽しそうにつまんでいる。
その様子を見たモンゴは相棒に伝える。
「チューコ、あれが今回のターゲットだ」
「ふむふむ、あれが闇金業者ですね」
目的は闇金の顧客データと口座である。オーナーの口座から金を盗んで、顧客である被害者の口座に金を戻すだけだ。2人はこの手の仕事を何度も成功させていた。
闇金業者のいるビルは、モンゴ達がいるビルよりも高さが低い。この地形を利用する為に、鞄に秘密道具を用意していた。モンゴは鞄からボーガンを取り出す。ボーガンの矢の羽根の部分にはロープが付いていた。
それを対面のビルの屋上に向かって、やや斜め下を狙って撃ちぬいた。矢が飛んでいき、そして屋上にある壁コンクリートを貫く。モンゴは自分がいるビルの手すりに、ロープをピーンと伸ばして縛り付ける。これで、互いのビルに1本のロープが斜めに張られた。
次に鞄から自転車のハンドルのようなモノがついた滑車2個を取り出す。滑車をロープに外れないように装着をする。角度は傾斜30度くらいで、対面ビルへ滑るには丁度いい感じであった。あとは、遊具のターザンロープのように滑るだけだ。
モンゴはチューコに話しかける。
「よし、出来たぞ。滑車で滑って向こうの屋上に渡るぞ。お前が先に行けよ」
「でも、結構な高さですよ。高所恐怖症の私にはちょっとキツイかもです。というか無理かもしれないです」
「分かった、分かったよ。なら、俺の背中におぶされよ。一緒に行くぞ」
「ええ、恥ずかしいですよ」
チューコが照れながら、モジモジしている。その姿にモンゴはイライラする。それはチューコを異性ではなく妹としてみているからだ。
だから、モンゴは睨みながら叫ぶ。
「早くしろ、時間がないぞ。またデコピンするぞ?」
「ひえっ、分かりましたよ。頑張ります……ますます……」
そう言って、チューコはモンゴの背中にくっつく。
それから、両手をモンゴの首にまわして、更に両足を腰へ巻き付ける。いわゆる、おんぶをしている状態だ。この時、モンゴとは正反対にチューコはモンゴを異性として見ていた。
だから、心臓がバクバクしていた。なので、チューコは顔を赤らめている様子だった。
だが、モンゴは全く気にすることはなかった。
「いいか、向こうに渡ったら屋上から忍び込む」
「兄様、了解です」
モンゴは下調べもキチンとしていた。闇金業者のいるビルはセキュリティが高く、屋上から忍び込むしか手段がなかった。その結果、今回は滑車を使った方法を選んだのであった。矢が刺さった壁の屋上の真下がターゲットの部屋だった。
つまり、最上階に闇金業者の5人がいるのだ。向かいのビルに着いたら、屋上から睡眠ガスを注入する。そして、眠ったスキに金庫を開けるだけだった。そう、今までもこなしてきた簡単な仕事である。しかし、人生はいつも予定通りにはいかないのだ。
モンゴはチューコに確認をする。理由はチューコがビビりでドジだからである。
モンゴはそのせいで危険な目に遭ってきたのだ。
「チューコ、ちゃんと掴まったか?」
「はい、兄様。大丈夫です」
「じゃあ、行くぜぇええー」
モンゴはチューコを背負いながら、手すりを超えてビルのギリギリの端に立つ。しっかりと、モンゴは両手で滑車のついたハンドルを握る。そして、足で手すりを蹴って、2人はビルから大ジャンプをした。
ビヨーン。滑車が下りのロープウェーのように滑りだす。2人が向かいのビルに向かってが軽やかに滑っていく。
モンゴがチューコに声をかける。
「チューコ、大丈夫か?」
「ひええええええええー。やっぱ怖いですぅー」
チューコはそう言うと、モンゴの首に全力で抱きついた。
モンゴは叫ぶ。
「あがぁああー、ちょっ、息が、首を離せ……。バカ、ごはっ……」
「怖いです。怖いですぅー」
チューコの細腕が、更にモンゴの首を絞めつける。
すると、モンゴはチアノーゼのような状態になっていく。つまり、このままだと死ぬので、チューコに注意をしようとするのだが……。
自分の声が微かにしか出せなかったのである。
「ゴホッ、ゴホッ……チュー……。手を離……死ぬって……マジで」
「兄様、何か言いましたかぁあー?」
チューコの叫び声でモンゴの声がかき消される。結果、向かいのビルの屋上に着く少し前に、モンゴはハンドルから手を放してしまう。他人から見たら、ダイナミックな飛び降り自殺しているようにしか見えないだろう。運がよく2人は地上に落下することなく、闇金業者のいる部屋の窓ガラスに突っ込む。
ガシャーン。モンゴ達は闇金業者のいる部屋の窓をぶち破った。あたりには砕けたガラスが散らばる。鍋パーディーをしていた男達はビックリしていた。予想外の事態に皆が固まっていたのだ。
闇金業者の5人は茫然として動けず、モンゴも首を絞められて気絶しかけていた。そのせいで、ゲロのようなモノを吐いているようだった。
「オエッ、ごほごほ……。クソチューコの奴……ハアハア」
しかし、逆に躍動感のある動きをしている少女がいた。それはチューコである。彼女は衝突した勢いが止まらずに、コマのように回転しながら、テーブルの上の熱々の鍋に衝突した。ゴカァーン。
鍋が空中に舞って、鍋汁が辺りに飛び散り、汁を被った闇金業者の男達が叫ぶ。
「あっちぃー」
「あっつあっつぅー熱っ」
「熱いぃー」
チューコにも汁が跳ねる。両手をブンブン回しながら、モンゴに声をかける。
「あっつ、兄様、熱いです。熱いです。鍋に殺されちゃいますぅー」
モンゴは苦しそうに首を抑えながら声を出した。
「ゴホッ、ゴホッ……。俺は……お前に絞め殺される所だったわ」
チューコは舌を出して謝る。
「ごめんなさい、恐怖で絞めちゃいました(笑)。テヘッ」
「テヘッじゃねーよ。予定が滅茶苦茶じゃねーか」
「でも、部屋に忍び込めましたし、結果オーライです。えっへん」
「忍び込んだって言わねえよ。窓ガラスに特攻しただけだ。えっへんもムカツクから止めろや」
2人はマヌケなやり取りをしていた。
それを見た闇金業者達は落ち着きを取り戻した。単なるガキの犯行だと思ったからである。そう、ふざけたカップルの泥棒が痴話喧嘩をしていると判断したのだ。社長の馬山はある程度の修羅場を潜っていたのである。だから、すぐに正しい判断を冷静に行った。
馬山は部下の一人に命令する。
「マサオ、このガキたちを捕まえろ」
「へい」
マサオを呼ばれる背の低い男がチューコに襲い掛かる。チューコがビビる。
「ひえええー、兄様、助けてぇえー」
それを見たモンゴは、全身が黒色のけん玉をポケットから取り出した。もちろん、オモチャのけん玉ではない。武器が色々仕込んであり、『派遣玉』という暗器だった。玉の部分は鋼鉄で出来ており、攻撃を食らったら気絶させる位の攻撃力はあるのだ。糸の部分は特殊ワイヤーで出来ており、最大20メートルまで伸縮が可能なのだ。
振りかざすと、糸が伸びて鞭のような武器にもなるのだ。また、グリップを捻ると中皿と呼ばれる底の部分から仕込みナイフが飛び出す。師匠のモモチから授かったモンゴ専用の武器である。
モンゴは派遣玉を右手で振りかざすと、糸の部分が釣り竿の糸のように5メートル程に伸びた。鉄製の玉の部分がマサオの顔にめり込む。
「ゴハッ……」
マサオは鼻血を出しながら、後ろに倒れて気絶をした。だが、闇金業者の男達もこれくらいでは怯まない。その中の坊主頭の男がモンゴに襲い掛かる。モンゴは更に、派遣玉を鞭のように振りかざす。すると、坊主頭の男の首に蛇のように巻きつく。坊主頭の男は糸を両手で外そうとする。
だが、モンゴは器用に操り左手を使って糸を締めつける。そのままモンゴは坊主頭の背後に回る。
坊主頭の男は苦しそうに、足をバタバタしながら糸を解こうとする。
「あがっがああー」
モンゴは糸を絞めて付けながら耳元でささやく。
「ふっ、無駄だぜ。それはナイフでも切れない特殊ワイヤーだぜ。手なんかじゃ解けねえよ」
「クソ……離せ。がっ、ゴホッ……ああああ」
モンゴは糸を更に締め付けると、坊主頭の男は泡を吹きながら床に倒れた。それを見た残りの3人は戦意喪失で硬直した。なぜなら、自分達がこんな簡単に倒される経験がなかったのだから……。
社長の馬山が焦りながらモンゴ達を指さす。
「何だ、てめえら何者だ?」
モンゴはけん玉の技の円月殺法を披露した。自分の手先の器用さを見せつけたい為だ。ちなみに円月殺法とは、グリップを持った状態からけん玉を空中に投げて、一回転させたあとグリップを取って玉をけん先で受ける高度な技である。
技を披露した後は、馬山の方に派遣玉の玉の方を向けて名乗った。
「俺達はギゾクーズだ」