灯火の魔術師
炎を誇る名家の嫡男。
彼は自らの才の乏しさに悩んでいるようです。
さてはて、どんな願いをかけるでしょうか。
私の家系は先祖代々魔術に秀で、蛇使いのように炎を操ることで名を残していた。
残していた、というのは、私にまるで魔術の才がないからだ。
男子は私しかおらず、必然的に私が家督を継ぐことになるのだが、こうも炎に嫌われた男が当主ともなれば当家の凋落は必至だろう。
一度ならずとも他の氏族や学派に教えを乞い、邪教の洗礼さえ受けたが、いまだに炎が報いてくれることはない。
何をすれば、何を捧げれば炎に近づけるのだろうか。
ある日、書斎で見つけた黴臭い古文書から、千載の星、というものを見つけた。
千年に一度、人の願いを叶えるらしい。
確信を得ると同じく、やはり最後に縋るべきは神だ、と思った。
暦に徴を付け、それからは祭を心待ちにする子供の様に日々を過ごした。
何月か経ち、ようやく待ちに待ったその日がやってきた。
昼間は食事も手につかず、ひたすらに夜のことだけを考えていた。
日が暮れ、月が登り、星がようやく輝きだした。
寝室から星見台に出て、目当ての星を探す。
暗い夜空の中にそれは一際強く煌めき、見つけられるのを待っているようだった。
手すりを掴み身を乗り出して星に願う。
“私を名誉ある炎の魔術師としたまえ”
目を閉じて心の中で唱えるうち、いつの間にか月は沈み、また星も姿を消していた。
日が登るとすぐに館を出て、お抱えの修練士のもとに向かった。
彼は遠縁の親戚だが、私よりはいくらか炎の扱いも上手い。
家の連中に気取られないため、彼の元で日夜研鑽を積んでいるのだ。
「…それで思いつめて昨夜星に祈ったと?」
「違う、私には確信がある」
「そうですか」
心底馬鹿にしたような言い方だ。
最も今迄の不出来さからすれば当然だが。
「では炎を今日こそ操れるか、やってみましょう…」
炎が、扱えるようになっている。
ろうそくの芯ほどだが、指先から炎を出せるようになっているのだ。
「おお、これは…大きな進歩です」
「これぞ星の力よ」
「それにずいぶん長い間炎を保っていますね、おそらく持久力がついたのでしょう」
「これで私も晴れて当主に」
「…それは厳しいかと…」
知っている。
この程度なら、本家の連中は欠伸をしながらでも出せるだろう。
「かまどに火を入れるのが関の山、ですね」
「竃…」
こうなれば、持てる限りの力で出来る事をしてやろう。
竃が限界なら、竃に触れる仕事でもしよう。
「パン焼きでもするか?」
「…パンですか?」
星に祈りを捧げた日から何年経っただろう。
あれ以降私と修練士は本家からは距離を置くことにした。
代わりに近くの町に小さな工房を作り、そこで冗談のつもりで言ったパン焼きを始めることになった。
始めこそ元領主候補の営むパン工房、という肩書きを不思議がられたものの、仕事に打ち込む内民からも受け入れられる様になり、旅人からの評判も上々になってきた。
富裕層向けの白パンの発注も増え、まさに怒涛の勢いといったところだ。
火加減が絶妙である、と誰かが言っていた。
それもそのはず、この私が作っているのだからな。
星の寵愛を授かった、この私が。
元領主候補の作るパンは地方でも噂になり、貴族のみならず、美食家として知られた時の辺境伯が口にしたこともあったそうです。
あるいは別の形で、魔術をもって名誉を得たのかもしれません。