ある愛の詩〜肉人、あるいはぬっぺ坊〜
「ねえ?『ぬっぺほふ』って知ってる?」
放課後の人が殆ど居なくなった教室に女子生徒の高めの声が少し響く。
「え?うん、知ってるよってか。あんたそれ今日の日本史で先生が雑談の中で話した奴じゃん?だから皆知ってると言えば知ってるよ。しかもそれ、書くと確かに『ほふ』だけど漢字で書くと『坊』で言葉にすると現代語で『ぬっぺぼう』だって言ってたじゃん?聞いてなかったの?」
「え?あれ?そだっけ?あはは。そこは聞き逃した」
「あはは、じゃないよ、まったく。で?授業中に話してた以上の話をあんたは知ってるの?」
「あ、あははは。ごめん!正直言って授業中寝てて寝ぼけてた!」
「まったく。寝てたの知ってるし?ガクンガクンって時々音がしてたよ〜?」
「してたね〜」
「あ、あはは。バレバレだったんだ。」
「それで?授業聞いてなかったあんたがなんでその話題?」
「ん?んぁ〜。なんだっけ?」
「なんだっけ?って。ぬっぺ坊でしょ?」
「だめだ、こいつ。寝てるわ」
「あ、あはは。ま、ま、それはそれでね?そうそう。ぬっぺ坊。昨日?もう一昨日、かな?夜にね?コンビニの帰りにウチの近所の寺の前を通ったんだけど。」
「あぁ、あそこ?、ってお寺の前じゃなくて石段の前でしょ?お寺は少し階段登るじゃん」
「そうだよね〜」
「あ、うん、そうなんだけど〜、いいじゃん、山門?お寺の門も寺自体も見えてるんだからさぁ」
「まぁ、そうだけどね〜」
「それで?それで?」
「うん、でもさぁ〜?あそこって境内もお墓も外からじゃほとんど見えないわけじゃん?」
「?うん。そうだね、結構高い木に囲まれてるからね〜」
何を今更?といった感じで話を促す。
「それがさぁ〜。階段の上、だから真正面なわけだけど。何か赤と言うか〜、ピンクっぽい、大きな何かが
見えてね?」
そう言って友人達を見回す。
「ピンクの何か〜?」
「住職さんが夜中に隠れて女装してた、とかぁ?」
「いやいやいや!それはそれで見ちゃったら怖いよ!」
あははは、と笑う彼女達。
「あははー、って!そうじゃなくって!ピンクの、ホントにカタマリだったんだってば!」
「はぁ〜?ピンク色のカタマリ?」
「ピンクの服装で固めた人じゃなくって〜?」
「そう!だからぁ言ってるじゃん?肉人って。肉人の話だ、って!」
「あぁ〜」
「あ〜」
「んっもう〜」
「あはは、ごめん、ってば。それでそれで?近くに寄ってみたの?」
「えっ?・・・・あ〜、いや、ほらさぁ〜」
「ん?」
「まさか?」
「だぁってさぁ〜、こわいじゃん、やっぱ?あ、でもでも手と足があったのは確認したよ?」
「もう。なんか拍子抜けだよ〜。手と足って当たり前じゃん?」
「そこでもう一歩踏み込んだ取材をしないとダメだよ、チミ〜」
「いや、取材じゃないしぃ」
「新聞部でもないしね〜」
「ウチに新聞部って、あったっけ?」
「いや、知らな〜い」
「「「あははは」」」
「それで?顔は見なかったんだ?」
「ん?顔?何の?」
「いや、だからさ、そのピンクの人?の」
「男だった?女だった?」
「は?あ、いや、だからさ〜言ってるじゃん?ピンク色のカタマリだったんだってば〜!頭あったのかなぁ、あれ?多分無かったよ〜?」
「は?怖っ、何それ?」
「ピンクのカタマリって怖っ!ヤダ」
「えっ今更!?」
「あはははっ肉人の話だったもんね〜」
「んっ、も〜」
「あははは、でも惜しかったかもね?センセの話じゃ、ぬっぺ坊の肉を食べたらすごい力がつくかもしれないって言ってたじゃん?」
「ええぇっ?そうなの?って、いくらなんでもアレは無理!動いてたし不気味だし!」
「あははは、だよね〜。いくら肉のカタマリだからって動いてる相手の肉をむしりとって食べるとかありえないぃ」
「だよね〜」
「でさでさ、今日はこれからどうする?どこ寄ってく?」
「そう、ね〜どうしよっか?」
「ねぇねぇ」
そこからたわいのない雑談に移行しつつ教室を出て行く彼女たち。
「今日の日本史での話題は徳川家康と駿府城だったから先生の趣味でああいう話になったのはわかるけど。あの子達で3件目かぁ。下手すると先生も何かあったのかもしれないし、これはやっぱり頼まれるしかないのかなぁ」
そう、映子は気怠げに呟くと読んでいた小説をカバンにしまい机に突っ伏す。
「はぁっ」
そのまま溜息をつく映子。
しばらくそうしていると教室のドアが開く音がする。
映子の席を確認し、その主の姿を見て笑顔を見せる。
「ごめん、映子!待たせた!」
「あ。おかえり、意外に早かったね?許して貰えた?」
机に突っ伏したまま顔だけを向けて声の主である亜子を迎える。
「うん。なんとか。罰は無くなったよ〜」
ピースサインをしてくる亜子。
「朝の内にちゃんと探せば良かったのに、ね」
そのお気楽な様子に苦笑しながら言う。
「うん。ほんとに、ね〜。まさかノートの間、しかも5時限目の授業のノートになんて挟まってるとは」
あまり気にした様子もなく答える亜子。
朝一提出の宿題のプリントを失くしてしまい怒られた上で罰として追加の宿題を言い渡されていたのだが、最後の授業の際にノートに挟まっていたソレを見つけて放課後になってから提出しに行っていたのだった。
「でもごめん、亜子。ちょっと図書室に用事が出来ちゃったのよ。ま、本屋でも良いんだけど調べたい事があって。」
座り直しながら亜子に謝る映子。
「あ、そうなの?だったらどうしよかな?長くかかりそうならそのまま伊予と3人で帰るのもアリだとは思うんだけど・・・?」
言ってから首を傾げる。
「う〜ん。図書室閉まるまでは居ないかな、流石に」
良く一緒に居る伊予は図書委員で今日は当番の日だった。
「そうかぁ。、ってか急だよね?何かあった?」
「ん?うぅん、そうだ。亜子は知らないかな?水子供養やってる神社って無いかな?聞いた事ない?」
「へ?水子供養?神社?近くで、って事だよね・・・そっちはむしろ映子の方が詳しいんじゃ?」
目を丸くしながら返す亜子。
「う、ん。わたしはお寺さんにはそこそこ詳しいかもしれないけど神社ってあんまり、なんだよね。多分皆と同じ程度しか知らない」
「そうなんだ?へぇ〜。・・・って、急用はソッチ関連なんだ?」
あちゃ〜、といった感じで映子に質問する亜子。
「うん。残念ながらそうなのよ。2、3日前に知り合いから頼まれて。受けるつもりはなかったんだけど、ね。」
はぁっ、と再び溜息をつく。
「そう、なんだ。ね?その知り合い、って生きてる、ヒト、だよね?」
「・・・え?・・・もうっ、わたしを何だと思ってるのよ?当たり前でしょう?○○寺の住職さん。」
更に呆れた、疲れた風に言う映子は本当に疲れた様子だ。
「あ〜。あれ?でもあそこって水子供養やってなかった?」
「うん。もう6年はやってる、って。まぁ、だからこそ、の問題が発生してて、ね。・・・本当は上のお寺さんの方が良いんだろうけど・・・」
ぶつぶつ、と声のトーンが下がった為に後ろの方は亜子には聞き取れない。
「そうなんだぁ、龍・・は寺か。鴨・・・かもなんとか神社?なんとか鴨神社?だかって無かったかな?」
「亜子。ありがとう。ネットで調べても良いんだけど、逆にネットに情報出してるようなとこだと・・・分からないから。一度やっぱり図書室で調べてみるわ」
そう言ってやっと立ち上がる。
「そっか。じゃぁ、わたしは帰るね?伊予によろしく言っといて?」
「うん。ありがとう。また明日ね?」
「また明日!」
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帰る亜子を見送り図書室にて神社について調べ物をする映子。
地域の歴史と地理関連の書籍を見ていけば目当てのものはすぐに見つかった。
「これなら少し亜子に待ってて貰うだけで良かったかも。じゃぁ、伊予、これお願いします。先に帰るわね?」
「仏像?また珍しい本借りてくね?・・・はい。うん、また明日!」
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「もしもし、倉田ですけど。はい、倉田映子です。あの件ですけど受けようと思いまして。はい・・・はい・・・えぇ。・・・はい、明後日、日曜日にでも、と。はい。あ、はい、大丈夫だと思います。はい。では失礼します。」
「ふぅ。あまり気が進まないなぁ、やっぱり」
スマホを置いて学習机の上に開かれたままの図書室で借りた本を見る。
・
・
・
土曜日に2つ隣の町という微妙に離れた場所にある神社に行き、そこの一角にある御堂でお参りをする。
そして社務所にて目当ての物が売られている事を確認してホッと息を吐く。
買い物をしてまたその御堂に戻る映子。
そして明くる日曜日。
昼過ぎ。
ピンポーン♪
「はい、って亜子に伊予?どうしたの?」
映子の家を訪れたのは友人2人だった。
「ん?うん。何か手伝える事って、無いかなぁ、とか」
どちらかと言えば元気が取り柄の亜子にしては珍しく少しモジモジしながらそんな事を言う。
「亜子から話を聞いて。気になっちゃって。」
やはりどこか気まずそうにモジモジしながら言う伊予。
「あ。うん。・・・そうかぁ、ありがとう。でも2人に頼まなきゃいけないような事はないわ、ね。でもまだ時間あるし上がって?」
「「おじゃましま〜す」」
2人を家に招き入れ部屋に連れて行く。
「はあ。仕方ないわね。何があったのか気になってしまったのね?」
部屋の真ん中のガラステーブル越しに座り、映子が2人に話し掛ける。
「えっ・・・あ、うん。ごめん、ね?」
迷惑、だったよね?、と亜子と顔を見合わせて伊予が言ってくる。
「あぁ、良いのよ、別に。2人は水子と関係する事も無いかな?と思ってたのだけど考えてみれば2人ともすでに可能性はあったわけだし何があるかは分からないもの。水子と聞いて興味を抱いたのは仕方ないかもしれないわね。」
「あ、うん」「う、うん」
心無い人間に襲われて、なんて可能性は否定出来ないわけだし、すでにそれを友人が経験してしまった事を思い出していた。
「そうね。手伝いは要らないのだけど、教えておくわね?私が頼まれていたのは『ぬっぺ坊』とか『肉人』って呼ばれてるモノが最近お墓に出るみたいだからなんとかしてくれないか、というものなの。先週に頼まれたのだけど、試しに視てみたら私には荷が重そうだから断るつもりでいたのよ。」
「そうなの?」
「ぬっぺ坊?」
「ぬっぺ坊ってなんだっけ?」
「肉人?」
「なんだっけ?」
「水子の話じゃないの?」
2人で顔を合わせながらワイワイとやり始める亜子と伊予。
「あぁ、そこからよね。ぬっぺ坊ってほら、何日か前に日本史、あ。伊予は世界史取ってたんだっけ、じゃぁ知らないわよね。日本史の先生が少し話したんだけど、昔駿府城とかに現れた大きな肉の塊の妖怪なのよ。中国では確か封と呼ばれててその肉を食べると長寿や超人的な力を得られると言われているわ。」
「肉を食べると、って・・・」
「なんか怖くない?それって」
話を聞いて別の怖さを感じたらしい2人。
「ふふ、そうね。だけど、人類って安全かどうか?とか有益かどうか?って結構食べたり身体に入れたりして確かめる所があるから・・・ひょっとしたら他の妖怪とかって言われてるモノも一度は食べられてるかもしれないわよ?」
映子は少し考えながらそんな事を言う。
「うわぁ〜」
「タコとかイカとかヘビとか最初に食べた人は尊敬するかも?」
「「あ〜」」
伊予の発言に思わず納得の声を出す映子と亜子だが。
「あぁ、話が少し逸れたけど。その肉人かぬっぺ坊かが墓場に出て歩き回ってるからなんとかして貰えないか?という頼みを受けたのね。それで学校帰りに行ってちょっと視てみたのよ。」
「あ、うん。」
「居たの?やっぱり?」
「うぅん、その時は別に本体?は居なかったのよ?だから視てみた、あ、えぇっと。霊視、と言うのかしらね?霊視をしてみたのよ。お墓で。」
「あぁ〜!霊視ね。納得だわ」
「お墓で霊視・・・なんだかすごそう」
「あはは。そうね。でもね?勘違いしてる人は多いかもしれないけどお墓、ってちゃんと弔われてる場所だから綺麗なのよ。それに亡くなった方ってお墓に居て毎日を過ごしてるわけじゃないのだし。」
「「え?」」
「あ、そうなの?わたしはてっきり死んだ人がいっぱい居る場所だと思ってた」
「私もお墓に居るんだと思ってた」
2人して驚いた後やはり交互にそんな風に返してくる。
「ああ〜、ええっと。難しい話になってしまうのだけど。だからと言ってそこに居ない、というわけでもないのよね・・・仏壇とかお墓ってその辺が難しいのだけれど。お墓とか家というモノに執着してた人はしっかり居座ってる事もあるし・・・まぁ、霊視をすれば当然お墓だから多少は賑やかいのだけど、それはとりあえず置いといて。私が視たモノについては確かに肉で出来た人形のような生き物のような、というモノだったわ。ただ・・・その正体については・・・水子、だったのよ。それも産まれてくる事の出来なかった子達の塊ね。だから正しくは泡子というのかしら?」
「ん?水子、ってそうじゃなかったっけ?」
「あ、亜子?水子って赤ちゃんも水子になるのよ」
「そう。赤ちゃん、産まれて間もなく亡くなった子も水子になるの、というかどっちの方が良く知られてるかしらね?」
「わたしは産まれてくる事が出来なかった子だけかと思ってたよ〜」
亜子だけがそう答える。
「そうなのね。そちらは本来は泡子と言うのだけれど。まぁ、それで。「肉体、身体を持つことが出来なかった」「産まれたい」「体が欲しい」「親に会いたかった」「話をしたかった」「生きたかった」「ちゃんとしたかった」とか色々な想いだけが集まって身体を創っているような感じ、なのね。アレは。」
「うん。」
「・・・本当に塊なんだ」
「それで。産まれて来なかった子供達だから・・・産まれて若輩の私では説得なんかまず無理で。力尽く、にしなければならないのだけど・・・すごく大勢が集まってるモノだから、やっぱり私では無理、と判断したのよ。正直怖い。」
困ったように言う映子。
「・・・怖いんだ」
「そう、なんだ」
「うん」
・
・
・
「あれ?でも引き受ける事にしたんだよね?」
「・・・そう、よね?」
「えぇ。引き受けたわ。私達の近くでも目撃談が増えてるみたいだし・・・ここだけの話ね?食べたら力を〜、なんて逸話があるみたいだけど、確かにアレは産まれなかった力、産まれてどうしたい、という力の集まりだから・・・生きてる人間が取り入れたらどうなっちゃうか分からないのよ。本当に超人的な力を得られるかも知れないし不老不死なんてのも有り得るかも。逆に器が耐え切れなくてアレも取り入れようとした人間も魂と肉体両方が吹き飛んでしまうかも。・・・本来ならどこかの夫婦やカップルの魂か身体に入って新たな生を得るのが正しい道なんでしょうけど、アレはいけないと思うのよね。ああなってしまっていては変な話、それ以上の行き場がない。早目になんとかしてあげないと・・・どうなるか分からないのよ。だから。」
ちゃんと対応が出来る可能性があるなら私が引き受けるべきなのだろう、と。
「私が頼まれた事にも意味があるかもしれないしね。なにしろ水子自体が初めての事だから勉強にもなってるし。」
「そう、なんだ。すごいね」
「・・・うん。すごいね。でも。水子、塊って、危なくないの?」
「う、ん。アレ自体はさっき言ったように赤ちゃんの集まりみたいなものだからそんなには、ね。大人しいし。」
危なくない、とは言わない。
「「大人しい、んだ」」
「えぇ。だから大丈夫よ。恐らく力尽くにはなるでしょうけど、ちゃんと準備はしたから。」
「・・・そう。うん、分かった。映子の事だから大丈夫だよね。」
「うん。でも心配は心配だけど。安心はしたかな」
「そうだね」
「あら、安心?・・・そう。そっちか。そっち、なのね。心配してくれたんだ?ありがとう」
2人から『安心』というワードが飛び出した事で何を気にして家に来たかを理解する。
映子としては2人が興味から色々聞きに来たかとも思っていたのだが、そうでは、そうばかりではなかったのだと思い至ったのである。
「えっ?あ、うん。なんかさ、ここ何日か映子が変に辛そうな顔してた気がして・・・」
「・・・ありがとう。」
なんか今更ながらに気恥ずかしくなりそれしか言えなくなる。
「あ、うん?うん。でも。危なく、ないんだよね?亜子も私もそれが気になってて・・・」
「うん。それとは別にあたしは気になったんだけど?その、ぬっぺ坊ってさ?水子が全部そうなっちゃうの?ひょっとして普段見えないだけでたくさん居る?」
亜子の方は映子から話を聞いてそっちに怖さを感じたらしい。
「え?・・・あ、あぁ、そういうわけじゃないのよ?むしろ水子に対しては・・その、親とかもちゃんと供養してる人の方が多いでしょうし。ただ、ね。水子に限らずちゃんと供養されてなかったりどうしても成仏出来なくて苦労してる霊は、そういったちゃんと供養されている場所に寄ってきたり集まったりするものだから。」
「あ〜。そういうのが集まって、そんな妖怪みたいになった?」
「そう、ね。普通に亡くなったモノ達なら個々のカタチがあったり集まって集団になっても一番強い個体が意識する元のカタチを取ろうとしたりする傾向があるんだけど。アレはその、産まれて来なかったモノ達だから・・・個々の意識もカタチもほとんど無いモノが集まって出来た結果、なのよね」
困ったような心苦しいような、なんとも言えない感じで話す映子。
「なるほど?だから頭とか顔が無いんだ?・・・あれ?でも。それで大人しい、の?」
伊予が納得半分疑問半分といった顔で更に聞いてくる。
「ん?何が?ってそうだよね、それで大人しいんだ?「身体が欲しい〜!」とかってならない?親への怨みとかは?」
亜子もあれ?と質問してくる。
それに対して映子は。
「ん?あぁ、そうね?身体を失くした霊ならそうなるんでしょうけれど・・・言ってるようにアレは産まれて来なかったモノだから。産まれて来たいだけ、もしくはただ遺されただけのモノなのよ。・・・だから、アレの身体の一部を食べたりすれば、多分、だけど子供が産まれたり産まれ易くなったりすると思うわ。あるいは魂の容量が増えたりするかも。・・・・そもそも何人、何十人が集まればあんなカタチを生み出せるのかも分からないわ。実際どのくらいの水子が集まっているのかも私には分からない。」
「そう、なんだ?え?でもなんで?待って?あそこって水子供養始めたのってそんな前の事じゃないよね?確か6年前とかって?」
「えぇ。さっき言ったけど6年くらい前からね。それが原因でもあるわ。調べてみたのだけど私達の町にちゃんとした水子供養やってる場所ってかなり離れたとこに二ヶ所あるんだけど、あのお寺って火葬場と新しく出来た産婦人科さんに挟まれた立地にあるのよ。だから多分、だけど、他の所からも集まって来ちゃった結果、じゃないかしら、ね。それに新しく丁寧にやられ始めているおかげで未だ仏様側のシステムと合流していないのが原因の1つとかだと思うのだけど、そればかりはどうしようもないわ」
「・・・そう、なんだ。それで力づく?・・・死神様とかの出番になっちゃったり?」
「えっ?あ、あぁいえ?アレはまたそういうんじゃないのよ。本当に遺されたモノの塊みたいな感じがするし。それにあそこのお寺は地蔵堂が主ではないのよね・・・観音様。・・・まぁ、最初に言ったように危険はないわよ、赤ちゃんをあやすようなもの、かしらね?」
だから心配しないで?と。
「あ〜。うん、それは分かったよ、なんとなく、だけど。だよね?伊予」
「あ、うん。」
「ふふ。ありがと」
・
・
・
そして。
友人達に応援されながら映子は1人で夕方、と言っても緋から紺に空が変わる頃、に出掛ける。
「こんばんは。多分今夜だけで済むと思うのですが出来れば女性の方は外には出ないようにして下さい」
寺の人間に挨拶をし、それだけを伝える。
応対したのは跡取りであるまだ四十手前の息子で水子供養など新しい事を始めた当人である。
「無理言ってごめんね?危険な感じじゃないしおやじも悪いものではない、って言ってるんだけど。俺のせいみたいだしそっち方面で有名になっても嫌だからさ〜」
一応寺のあれこれも裏表ちゃんと勉強して水子供養などについても焼き場などの方々(ほうぼう)と話をしてから行動に移したまともな人間なのだが、先代と違い自分から視る力は無く、お経をあげしっかりとした供養の形を整えても事態が変わらずに何がどうなっているのか分からない為に泣きつくしかなかったのであった。
「あ、いえ。重徳さんのせいとかでは。いえ、確かにそういう言い方は出来るのかもしれませんが。」
映子はこの男が父親である先代から根本的な事から厳しく躾けられており今もまた厳しい言葉を投げかけられている事を知っていた。
近所の物知りなおじさんとその息子、のような感じで接して来た間柄でもあるのでなんてなくどちらのフォローにも回る。
ちゃんと焼き場と新開業した産婦人科についての情報も伝えておく。
「えっ?うん。焼き場はもちろん方位があるからウチとか他のお寺さんは把握してるわけだけど。新しい道路だけじゃなくて病院とか、そうかぁ、民間の霊園とかも増えだしたから道が出来始めちゃってる?」
視えなくても知識は伝わっている跡継ぎである。その辺の理解力は早い。
「あ、いえ。まだしっかりと道が出来る程ではないですね。流石に死産やオロシたりする事は滅多にないでしょうし。」
「え?あ〜、まぁ、そうだよね、あそこも1年は経ってるけど流石にそんな数は有り得ないか・・・え?でもだったらなんでウチに?」
普通なら焼き場の関係はあるにしろ“道”が出来てないのであればこの寺だけにアレが現れるのはおかしいのではないか、そう問いかける。
半分以上ただの疑問であり答えが返ってくるとは思っていない。
だが、映子は
「はい。実は最近はこのお寺だけにしか出てないようなのですが、何ヶ月か前まではいくつかのお寺にも出ていたようなんです」
だからこそ。
このお寺に長く現れる理由は何となく分かるが、もし違っていた場合にはまたどこかへ行ってしまうかもしれない。
その前に杞憂をなくしたいのだ、と映子は言った。
「わたしがこのタイミングで頼まれたのにも何か意味があるような気がしますし。なので、やってみます。」
相手をしっかりと見て言う映子。
「あ、うん。ありがとうね。ほんとに。親父でも何とか出来そうな気はするんだけど、なぜか今回「映子ちゃんに頼め」の一点張りでさ。ごめんね。」
本当に申し訳なさそうに言う。
彼の父親である現住職は息子である彼から見ても徳の高い人間で厳しくはあれど尊敬の出来る和尚である。
その父親が今回は何故か最初だけ、本当にちらっと墓場を見回しただけで「映子ちゃんに任せる。お前から頼め」とだけ言い、後は任せきりなのである。
本業の他に奥で読経などもしているのでひょっとしたら本当の意味での放置ではないのかもしれないが、得体の知れない相手に対してのこのやり方に息子は息子なりに心苦しさを感じていた。
「いえ。わたしも女ですし・・・今まで水子自体はみたことありましたが、何をしてきたわけでもないので。今回は良い修行の機会なのかな、とも思っています」
神仏や守護霊などといったモノ達は願いや希望を叶えたりはしない。そこまでの道筋は用意する事はあるが、それらに辿り着くまでに試練を用意するのだ。
映子は祖母みたいになりたいと思っている。
あちらの世界の事を見聞きしながらも自然体で両方の世界と接していた祖母のように。
怖いモノが居ても毅然とした態度で対峙していた祖母のように。
失せ物があったり危ないモノが居れば人知れず、あるいは頼まれて現地に赴き自ら対処したり対処法を教えたり。
そんな大好きだった祖母のように。
今は映子ではなく息子の嫁に来てくれた映子の母親の方を護ってくれている祖母のように。
その為には何よりどちらの世界の事も深く知る事が重要だと映子は考えていた。
これは次のステップに進む為のある種の試練なのではないか、そうでなくても良い機会ではないか、と考えて今回は分不相応だと感じつつも引き受けだのだ。
「とにかくわたしが相手をする間は外に出ないようにして下さい。女性の方は特に。あと・・・すみません、墓石が倒れたり、とかは起こってしまうかもしれません。直したりする際にはわたしも出来る限りお手伝いしますので。」
切り札・・・多分使う事になるであろうソレと肉人自体が物体にどれだけ影響を及ぼすか全く分からないので最初に謝っておく。
「え?あぁ、うん。墓石の倒壊とかは気にしないで?ウチで直すし。・・・それより映子ちゃんは大丈夫、なんだよ?本当に気を付けてね?無理そうなら無理で構わないから。玄関は鍵掛けたりしないからこっちに来れば親父も居るし御仏様の加護もあるだろうし、さ。僕が何か出来るわけじゃないけど・・・」
「大丈夫、ですよ。でも無理そうな時は逃げてきますね」
相手の事はある程度解っているし準備もしてきた。
不安や怖さはあるし、「自信があるか?」と言われれば実の所そんなものはない。
だが、落ち着いている。
今こうして改めて話をする事でやらなければ、という意志もはっきりしている。
決意と気合いの火を目に灯して映子はもう一度行きます、とだけ言い墓地へと向かう。
肉人が目撃されているのは西側寄り、という共通点はあれど高台側だったり寺の門近くだったり、細かくは絞れない。
その為映子は少しでも見晴らしの良い高台側に行き手頃な石に腰掛けてその時を待つ。
少し話をしていた時間が長かった為かそれとも他の要因・・・例えば条件に合う女性がその場に居たからかその時は意外に早く訪れた。
高台にある寺の更に高台。
たが、普段は霧はおろか朝靄すらもほとんど出ない場所だから霞か靄か、といったモノが出て来たなと思ったらいつの間にか・・・警戒して待っていたはずの映子でさえも気が付いたらそこに立っている状態であった。
「・・・え?」
今時の高校生としては普通か少し高めなだけの身長の映子の歩幅にして20数歩、といったところか。
物質化、とでも言おうか、実体を伴っているように思えるが現れただけでそのまま何をするでもなくただ佇んでいる、ように見える。
(でも、動いてる)
思ったよりもブヨブヨした感じではないし「生肉!」
といった感じでもない。
だが、うっすら電灯の灯りと映子の持つ懐中電灯の明かりに浮かび上がるその色は濃い赤寄りのピンク、とも言うべき色であり質感はやはり肉、と言うものを思い起こさせる。
肉のたるみか顔を模しているのか分からないが身体には垂れ目の目蓋のようなものと口のような割れ目のような箇所がある。
そんな肉の塊がユラユラ、グラグラと揺れながら足を上げる事なく・・・摺り足というよりもカタツムリの歩みを彷彿とさせる動きで少しずつ進んでいる。
(うん。一個の意思で動いてるわけではないし実体を持ったから色々と制限を受けている、のかしら?これならなんとかりそう。でも・・・この大きさは・・・)
映子が霊視をした時にはその姿は130cm弱。
それが今では2mをゆうに超えている。
体重は見た目では200キロは超えている、だろうか。
映子が考えていたのは『生きた人、母親にあたる女性の温かみ』を教えて少しずつでも成仏させていく方法であった。
だが、それをするには包み込むように頭から抱き締める事が必要だと感じていたのだ。
それが相手の方が圧倒的に背が高い状況。
(でも、やるしかない!)
懐中電灯は一旦その場に置きスカートの中の物にそっと触れる。
(大丈夫。力は感じる。いざとなれば力はある。)
切り札から感じる力に勇気を貰い自分から前に出る。
「おいで?あなたたちの求める物はここにあるわよ」
気持ち両手を開いて迎い入れるような体勢をとる。
と、グラグラ揺れていた肉人の動きがピタリと止まる。
「え?」
その反応は全く予想してなかった映子はしばらく固まってしまう。
そして肉人は更に予想もしていない行動に出た。
トッと。
軽い、その体躯からは想像もつかない軽い音を立てて映子に飛び付いて来たのだ!
「んきゃぁっ!?」
そして映子は自分が二重に思い違いをしていた事に気が付く。
映子に肉人は何をするでもなくただのしかかっている。
手を抑えるでもなく足を抑えるでもただそこにのしかかっているだけだ。
肉人の身体はどういうわけか思いの外軽い。
(これって。この状況って?)
そう。
これは地面の上に寝転ばされた状態か立ったままの状態かの違いはあれど映子が望んだ状況ではある。
肉人。
いくら体躯はデカかろうがそれを構成しているのは幼子や産まれる事すら叶わなかった子供なのである。
「おいで」と待ちに待った声を掛けられて力の限り飛び込んでくる、という事態は想定して然るべきであったのだ。
(そうか。わたし。まだまだ知らない事、分かってない部分てあるのね)
そう思い肉人の身体を優しく撫でる。
「安心して?あなたたちは優しくて温かい場所に送ってあげるから。」
撫でながら言う。
小さな子供に言い聞かせるように。
泣いている子供をあやすように。
少しだけ落ち着いた映子はちゃんと霊視をしながら、相手が温かい場所に行く事を願いながら撫で続ける。
と。
ブルブルッと肉人の身体が震え出し。
映子から弾かれるように立ち上がる。
映子には「ぐぅぉおおぉぉあああああぁんん」
という叫び声とも泣き声とも付かない‘声’が聞こえている。
それと同時に上がっていく魂の光も。
「えっ?何?どうしたの?」
成仏、ではない。
いや、成仏してる魂はしているがコレは違う。
一気に鳥肌が立つ映子。
肉人が右手を差し出して来たかと思いきや掌がブクブクと音を立て形を変える。
いや、肉を切り離す。
切り離した肉をまた再生した手でそのまま持ち映子に迫ってくる。
「えっ?何?何がしたいの?何が言いたいの?」
訳がわからず問いかける映子。
それは独り言のようではあったが。
「なかへ・・・」「いっしょ」「いつでも」「おかあさん」「いっしょに」「はいりたい」「なか」「いつまでも」「さむい」「こわい」「いれて」「ぼく」「わたし」「ぼくたち」「わたしたち」「うまれたい」「はいりたい」「かえりたい」「いれてえええええ!!」「はいりたいいいいい!!」
気が付けば両手に持った『脈打つ肉の塊』を映子に、映子の顔に、腹に、押し付けようとしてくる。
「いやぁあっ!やめて!やめてやめてっ!」
思わず叫んで後退る映子。
「なかへ〜」「なかへいれろ〜」「かえせ〜」「あたたかいばしょ〜」「いれろ〜」無数の、正に怨嗟とも言える声が映子に向かう。
「やっ!いや!こないで!こないでっ。こない、で、よぉ!」
映子は知っていた。
肉人は『産まれて来なかった、来れなかった子や産まれてから小さい内に亡くなってしまった幼子の魂の塊である』と。
映子は知っていた。
肉人とは『そればかりでなく魂と言うよりも無念や執念が集まったようなモノでもある』、と。
映子は考えていた。
「温かい場所がある事や温かみを教えてあげれば導いてあげられるだろう」と。
しかし映子は失念もしていた。
『幼子の思い』とは言い換えればそれは「産まれて来たい」という欲望。「母親とずっと一緒に居たい」という欲求などである、という事を。
つまりー
肉人とは幼子の純粋な欲望が集まって出来たものでもあるのだ、という事実が今、映子の前に晒されていた。
映子がこの相談事に乗り気になった理由に肉人の肉による生命の延長、増幅についての危うさがあった。
その逸話にはこうある。
「その肉を食べれば」と。
得体の知れない生きた肉の塊である存在の肉を食べれば、と。
普通そんな相手の肉を食べるだろうか?食べようとするだろうか?
その、答えがこれである。
「いや、いや、食べたくない。食べさせないで!そんなとこに押し付けないで!」
相手が無理矢理にでも体内に、あるいは胎内に入れよう、入ろうとする事があるのである。
殴ろうが蹴ろうが相手は柔らかい肉の、霊体が一時的に物質化しただけのモノであるのでブヨンブヨン、あるいはドスンドスンと音はするものの相手を怯ませるような損害や損傷を与える事は出来ない。
泣き叫びながら映子は後悔し、謝罪をした。
背を向けて振り返らずに遠ざかる。
「ごめんね。ごめんなさい。今のわたしでは無理、みたい。申し訳ありません。」
覚悟を決める映子。
自分の、自分だけの力で温かい世界を示したかった。
自分の思いだけでなんとかなると思っていた。
準備は万全にしたと思っていた。
未熟ではあれど生きた女性である自分がなんとかしたかった。
「ですが、未熟過ぎるわたしでは最早この相手はつとまりません。申し訳ありません。お力添えをお願い致します」
謝罪し静かに祈る。
振り返る。
映子が歩く程の速さに上がってはいるが突き出した両手に肉塊を持ってヨタヨタと歩いてくる肉人。
深呼吸を2回。
そしてスカートのポケットから切り札を取り出す。
それは一枚のお札。
小説の単行本程の大きさがあるそこには梵字やいくつかの文字と共にある女性の仏様の絵が描かれている。
子供を抱くと同時に足元にも子供達を連れている。
「申し訳ありません。鬼子母神様。お力、あの子達を正しき道へとお願い致します。」
札を上へ掲げ、手を離す。
そして、柏手1回。
「迷える幼子達を彼の地へ!」
中空へ放られたお札が眩い光と風を放つ。
そして光から肉人を捉える2つの手が。
肉人は動きを止めてされるがままになっているように見える。
「お願い致します。」
柏手を打った後合掌をしたままの映子が見つめる先には無数の光や幼子に囲まれた女性の姿が。
その女性は柔らかな微笑みを・・・ではなく、キツイ眼差しと頷きだけを返して光と共に消えていく。
「はぁぁああ〜っ」
ペタン、と尻餅をつくようにその場にしゃがみ込む映子。
心底草臥れていた。
肉体的にも精神的にもキツイ。
どのくらいそうしていただろうか。
息を整え、身体についた土埃や葉っぱなどを適当に払い立ち上がる。
「はぁ。割れてる墓石もあるみたいだけれどこれ、弁償はしなくても良いのよね?」
肉人や映子ではなく、鬼子母神を呼び出した際の影響でいくつかの墓石が飛ばされ落ちている物がある。
まぁ、最初から断りを入れてあるのだから手伝いのみで勘弁して貰おう、と映子は依頼主達が住む家へと足を向ける。
ーおねーちゃんありがとうー
そんな声がいくつか聞こえてきたのは空耳だったろうか。
お読みいただきありがとうございます☆
映子にとっては未熟さや至らない部分を知る事になったお話でした。
女子高生としての後日の生活なんかも書こうかと思ったのですが短編としては少し長めになってますので一旦区切りよく、という事で。
鬼子母神=きしもじん、と本来は読みますがきしぼじん、とも読んで貰えれば、と思い振り仮名無しにしてあります。
読み終わったあと何か残るものがあれば幸いです☆




