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太陽の魔女  作者: 重山ローマ
第二章 太陽の欠片編 Quicksand
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田中、街を歩く そのいち

 

「しまった」


 と田中は口に出した。

 というのも、いつの間にか知らない道を歩いていたのである。

 いつもと同じ道を歩いて、アルバイト先のコンビニエンスストアに向かっていたはずだが、いよいよ自分の頭がおかしくなったのか――と心配することなく、夜の間に工事したのだなと納得する田中。

 あるはずのないことでも、田中は考えることが苦手なので、納得することで安心するのだ。


「はて……?」


 知らぬ間に鎖を引きずっていたようだ。

 田中はジャラジャラと重い音を響かせる鎖を待ちあげる。

 先に木の杭のようなものが付いている。

 もしそれがどこかに深く突き刺されば、家の前に縛り付けられている犬のように、活動範囲が限られてしまうだろう。


 それでは困る。


 杭を持ち上げ、ポケットに突っ込み、とりあえずポケットから抜き取られなければ大丈夫という状況に収めた。


 背負ったリュックから目覚まし時計を取り出し、時間を確認する。

 昨日遅刻したばかりだから、今日も遅刻してしまうのは問題があると思ったのだ。

 まさか時計の見方がわからない田中ではないが、時計の針を見つめて、カクカクと頭を傾けていく。

 動いているのは彼女の頭だけで、針は動かない。

 よくよく見てみると、時計の針にも、田中の体に絡まった鎖と同じものが巻き付いていた。


「壊れた? 明日寝坊しちゃうじゃん」


 と口では冗談のように言ってはいても、彼女の表情は珍しく強張っていた。

 ぶつぶつと何かを呟いているようだ。

 独り言は珍しいことではないが――彼女は手の甲を撫でて白いベールのようなものを発現させる。

 時計を包み込むと、辺りは優しい光に包まれた。


「……やっぱり、壊れたわけじゃない、と」


 まるで、その白いベールに包めば、治るような口ぶりだ。


 田中はどうしたものかと空を見上げる。

 どうやら、ただ道に迷ったわけではないことには気づいたようだ。

 空を見上げて確信することになる――雲が動かず、太陽はずっと同じ所から動こうとはしない。


 耳をすませても風の音はしない。

 しかしその代わりに、鎖が軋むような音が街を覆っているようだった。


「あの、すいません。ちょっと変なことを聞くようですけど。いま、手から何か出しました?」


 醤油煎餅を咥えた少女が、田中の前に立っている。

 もごもごとしていたおかげで、彼女が本当にその通りのことを言ったのかはわからないが、少なくとも田中の耳にはそう届いた。


「え、だしてないですケド……」


 スススと視線を流す。

 田中は嘘をつくことが苦手なのだ。

 冗談を言うことはできるのだが。


桃花とうかは見た。桃花の思うことを押し付けるようなのは悪いなと思うけど、気になったら納得するまで問い詰めることがポリシーなので。もしここで答えを教えてくれないのなら、唾液まみれの醤油煎餅をぶつけてやるくらいの覚悟はできてます」

「ばっちぃな」


 心底嫌だと思った田中だが、説明の仕様がないのだ。

 目の前で人が死ぬと思ったその瞬間――何かを思い出したように左の手の甲を撫でた。

 彼女は考えることをやめ、体に記憶されている『何か』を頼りに半死人を治療した。

 彼はいまもいつも通り、コンビニエンスストア店長を立派に努めているだろう。


「あの、多分ですケド……見間違いでは、ない? でしょうか?」


 バリ。


 煎餅が真っ二つに割れた。

 十分湿っていたせいか、乾いた音ではなかったが。

 田中はびくりと肩を震わせ、バレないことを祈って足を後ろに引いた。


「逃げようとしてます? やっとこの妙な場所のことを知っていそうな人を見つけたんですから。逃がしませんから!」

「実は私も巻き込まれた側なので。ほら、お揃い」


 田中はいまにも煎餅を投げようとしていた桃花に鎖を見せた。

 二人とも同じ箇所に鎖が巻きついているのだ。

 重みは感じないが、違和感はある。

 もし金属アレルギーだったら死んでいたかもしれないと、田中は今になって思った。


「なーんだ。桃花と同じだったかあ。紛らわしいんですけど。そーゆーのやめてもらっていいですか」

「……」


 感情をほとんど表に出さない田中でも、露骨に嫌な顔になっていた。


「じゃあ、そういうことで。私はあっちに行きますから。なので、私のことは気にしないでください」


 田中は背を向ける。

 正直なところ、若い女が嫌いだったのだ。


 自分が変わった人間であることは自覚している。

 しかし、街中を歩きながら煎餅を齧るような女は、もっとおかしな人間だと田中は思うのだ。

 お気に入りの食パン型のリュックで通勤している自分は、極めて普通寄りなのだと頷く。

 違いない、ともう一度頷いた。


「あの……」

「なに?」


 パリパリと煎餅を齧って、食べカスを撒き散らしながらついてくる桃花に、田中はちらりと視線を向けた。


「ついてこないでほしいんですケド……」

「お揃いですから」

「……アベック?」

「それゆるキャラのことですよね。知らないですけど」

「雑ぅ」


 田中はため息をついた。

 年下も嫌いだが、年上よりはマシだ。田中は気を使うことができないので、気を使わなくてもいいだけ、若い女もアリなのかもしれないと考えた。


 ジャラジャラ。

 パリパリ。


 静かな街だというのに、二人の周りだけ祭りをしているようだった。

 そのうち、離れていくだろうと判断し、後ろをついてくることを認めることにしたようだ。


「わたし空木桃花うつぎとうかです。よろしく」

「……田中」

「マジ!? 今時田中なんて苗字あります? 田舎っぽい」


 田中は苦虫を噛み潰したような表情を見せているが、桃花は全く気にせず彼女の肩を叩いた。


「それに、なにこのカバン。ちょーウケる。日焼けしたらかたくなるのこれ? 食べられる?」

「……こいつうざぃ」


 口元が緩んでいることには気づかない田中は、のそのそと街を歩いていった。


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