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太陽の魔女  作者: 重山ローマ
プロローグ 太陽の魔女
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後悔 ①


 自動販売機の前でまだ悩んでいる太陽の背中から目を離して、缶コーヒーをぐっと飲み込んだ。

 慣れないブラックコーヒーに、思わず声を漏らしてしまいながらも、眠気をごまかすにはそうするしかなかったのだ。


 結局我慢できなかった欠伸が体の緊張を無理矢理に解いてしまうのだけれど。

 太陽はまだ飲み物を選べないでいるのかと、伸びをして自販機の方へ視線を戻すが


「……」


 太陽は涙目で、何かを訴えるようにこちらを見ていた。

 欠伸を見られていたようで恥ずかしいが、彼女はそんな僕の姿なんてどうでもいいようで、どうやら何を買えばいいのかわからないそうだ。


「すぐ泣くね」

「泣いてないし」


 立ち上がって自販機まで行くと、渡した小銭を押しつけるように返される。

 むすっとしているが、何も僕が悪いわけではないので、ちょっと世間知らず過ぎる彼女には驚くしかない。


「どんなやつがいいの」

「どんなやつって……」


 きょろきょろとラベルに目を移すが、僕にはその姿が、飲み物というものすら知らないように見えて――これ以上何も聞きたくなかったのに。


「あなたと一緒のものでいいわ」

「苦いよ?」

「へいき」


 その自信はどこからやってくるのかわからないが、彼女が大丈夫だというのならきっと大丈夫なのだろう。

 小銭を入れてポチと、微糖を選択して手渡した。

 色が違うけれど、どうやら気づかないまま、彼女は蓋を破壊した。


「……」


 勢いよく開かれた上蓋は、雪の上に叩きつけられる。

 熱でその周りが溶け始め、少しばかり陥没した雪をしばらく見ていた僕は、慌てて現実を見た。


「ん?」


 口に含んで、恐らく初めての味に困惑しているのかもしれない。

 首を傾げてはいるが飲めない様子はないので安心しつつ――彼女のしたことを思い出した。


 彼女はふちをなぞっただけだ。

 彼女の様子からして、缶は初めてである。

 僕が飲んでいる様子をみたから、彼女なりに考えて、そうすれば中身を飲めると思ったのだろう。

 一度見ていたのだから、彼女が魔女だということを疑っていたわけではない。

 ただ逃げていただけだから、彼女が魔女だということを忘れ始めていたわけでもない。

 僕はただ、同じ人間として見ていただけだった。


「魔法使った?」

「魔法には入らないんじゃない?」


 また一口、ゆっくりと飲み込んでいく。

 間違いなく彼女は魔法を使ったが、彼女にとってそれが魔法ではない――魔法というには簡単すぎるものだとすれば、呼吸をする程度のものだとすれば、やはり僕は彼女の認識を改める必要があると思った。


「見つけましたよ」


 油断していたわけがなかった。

 僕の注意力は大したものではなかったのかもしれないけれど、彼女は決して、気を緩めてなどいなかったはずだ。

 突如現れた白いローブ。

 白兎は足を踏むことはない。

 それは、彼が太陽の言う本体なのだと知らしめた。


 ただの白いローブがしていた足で音を出すあの行為は、本体を呼び寄せるための行動であることはすでにわかっていた。

 だからこそ、本体が来るまでに逃げることができれば見つかってもさほど問題はなかったのである。


 しかし、こうも直接本体にあってしまえば、逃げ出すことは簡単でない。

 初めは閃光のおかげで逃げ出すことができたけれど、同じ手段が通じるとは思えなかった。


 僕にできることはもちろんないので、判断を仰ぐために太陽に視線を向けると、彼女は指にはめてある指輪を確認しているところだった。

 ただのアクセサリーであると思っていたが、伸ばした薬指には瞬く間に火が灯り、次第に大きな炎へ変化していく。


 魔法は使わないと言っていた彼女がしているその行為は、いまがやはり非常時であるのだと再認識させることになる。

 僕は彼女の背後に回り、転がっている自分のカバンと彼女のカバンを拾い上げた。

 彼女の投げ捨てた缶コーヒーが、真っ白の雪を黒く染めていく。


「私のバッグから水晶取って!」

「え、あ、わかった!」


 口が広いカバンだから中は一目で見渡すことができたけれど、その中身は混雑していた。

 ぎゅうぎゅうと乱雑に詰め込まれた沢山のアクセサリーの中に、それらしいものを見つけたまでは良かったが、いくつかあってどれを渡せばいいのかわからなかった。


「どれかわからない!」

「もう全部ちょうだい! はやく!」


 全部で五個、石の欠片のようなものを手渡す。

 一瞬だけ白兎から目を離し僕の渡したものを確認すると一瞬表情を歪めたが、覚悟を決めたようにまた白兎を睨みつけた。

 白兎は戦闘態勢に入っているこちらとは異なり、ただ立っているだけだ。

 肩を震わせているのは、笑いをこらえているようにも見える。


「魔女よ。あとどれだけの数があるのです? 使い過ぎてしまっては、朝まで持ちませんが」

「じゃあ、見逃してくれるわけ?」

「いいえ。それはできません」


 朝までもたない?

 彼女の魔法には本当に限度があるのか?


「ひとつ、ふたつ、みっつ、よっつ、いつつ――始まりは東から」

「よいのですか魔女よ。貴重な魔具を消費してしまいますが」

「果ては西にありて! 私の貯蔵量をなめないで!」


 太陽は握っていた水晶の欠片を頭上に放り投げる。

 5つの欠片は弧を描き彼女の頭上で回転を始めたと思うと、指先の炎はより激しいものとなり、水晶の円に飲み込まれていく。

 赤く輝きを放つ円は、次第にただ一点に収束していった。


 頬を焼くような熱量はもうなかった。

 ただ、ほんのりと暖かい赤い結晶が浮かんでいるだけだ。

 その結晶の赤い輝きは月にも負けていない。

 それにいったいどれだけの力があるのか、僕にはわからないけれど、二つのカバンを抱きかかえたまま、震える膝を押さえつけて逃げる準備をするしかない。


 太陽の腕の動きに合わせて射出された結晶は、避けを選択した白兎を追うように屈折し接触する寸前に炸裂した。

 避けられるはずがない。

 ほぼ零距離での爆発だ。


 今が逃げ時だと、僕は背を向ける。

 彼女もきっとそうするはずだと思ったからだ。


「だめ!」


 だから僕は、彼女の声に反応が遅れた。

 彼女がそうするはずだと予想しただけで、結局この行動は僕自身の判断だ。

 魔法士でも魔女でもないただの人間が、勝手に動いてしまったというだけだ。


「ローブの内側は、私の絶対領域テリトリーだ。絶対領域テリトリーに侵入しても、私は決して咎めたりはしない。私は受け止めよう。貴様自身も、私の絶対領域テリトリーの一部となるのだ」


 傘のように広げられた黒の世界が、白いローブの内側にはあったのだ。

 その中がきっと彼の言う縄張りなのだ。


 つまり、その中に取り込まれるということは――僕は彼と同化してしまうということなのだろうか。


「だめよ! 私の声を聞いて!」


 つまり、操られてしまうということなのだろう。


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