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太陽の魔女  作者: 重山ローマ
第二章 太陽の欠片編 Quicksand
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看守と罪人

 

 その日、空を見上げなかった人は居ないだろう。


 太陽が散った――。


 だれもが、その光景をはっきりと記憶しているはずである。

 それは、何にも例えることのできない、誰もが息をのむ絶景だった。

 空から降ってくるなにかを、彼らは惚けた表情のまま、例え自分のもとに落ちてきていようとも、ずっと目で追い続けていた。


 彼女もまた、その内の一人である。


『もし? もーしもーし? こちらタイガーっス。あねさーん? 聞いてますよね? おーい』


 プツプツと雑音が入る。

 彼女は苛立った様子で、宙に浮かんでいた球体を叩いた。


『あ、あねさん! 叩いたらその音が直接耳にくるんスから! 頭ずぅーんって響きますから! やめてくださいよお』

「要件だけを言いなさいタイガー」

『竜のパイセンから伝言っス。太陽の使いの行方が掴めなくなったと。なんで直接言わないんスかね。やっぱりオレが睨んだ通り、竜のパイセンとあねさんの関係は、実はすんごくふかぁーいんじゃあないスか?』


 もう一度球体を叩きつけ、彼女は首を振って立ち上がった。

 同じ集団にいるとはいえ、ほぼ同じ目的を持っているとはいえ、完全に信頼しているわけではない。


「私を騙すためなら、わざわざタイガーに話を通さない。白竜はくりゅうが見失ったと言うのなら、つまり、この牢獄の中にいるということ。白竜あいつのことは心底嫌いだけれど、忠告は受け取っておくか」


 しかし、彼女の苛立ちは治まらなかった。

 タイガーという緩衝材を挟めば、嫌っている白竜の言葉も信じるだろうという企みが見えているのだ。

 白竜自身が考えたことなのかどうかはともかく、なにより白竜が関わっていることが気に食わない。


「こっちを見んじゃねえ!」

「ひっ……」


 部屋の隅で丸まっていた男を睨みつけ、彼女は声を荒げた。

 吐き出した怒声だけでは物足りず、体を必死に丸めて身を守ろうとする男を蹴り上げた。


「私を見るなって言ったこともう忘れたんじゃねえか? 目を潰さなきゃ分からないって言うのなら、その通りにしてやっていいんだぞ、ああ! ほら、こっち見てみろよ! ほらほらっ! 目ぇ潰してやるからよ!」

「ごめんなさ、ごめんなさい」


 首を掴まれ、彼は足をバタバタと動かした。

 開かれた窓。

 彼女は、男の体を外に出した。

 彼は必死に彼女の腕を掴んだ。

 高さ十メートルはある。落ちてしまえば死んでしまう。


「私に逆らうな。安心しなさい、殺したりはしないから。だから、私以外に殺されるんじゃないわよ」


 部屋の中に放り投げられ、咳をしながら彼は安堵した。

 ここは地獄だ。

 いつか逃げ出さなくてはならないだろう。


 けれど、彼には逃げられないだけの理由がある。


「……」


 静かに寝息を立てて眠っている少女。

 その腕には、鉄の鎖が絡まっている。

 繋がれているのは木の杭だ。

 病室の床に深く突き刺さっている。

 仮に目が覚めたとしても、そのベッドから遠くに移動することはできないだろう。


柄鎖つかさ、私はいつも、見ているからな」


 頬を撫でられて、彼は恐怖の感情を抑えつけることに必死だった。

 逃げてしまえば、眠ったままの彼女が、何をされてしまうかわからない。


 だれか――。


 柄鎖が逃げるためには、助かるためには、助けてくれるだれかが必要だった。


 左腕の手首がまだじんわりと痛んでいた。

 柄鎖もまた、太陽の爆発を見ていた人間の一人なのだ。

 自分に落ちてくる何かから身を守るために、柄鎖はとっさに左腕で体を庇った。

 腕時計が砕けてしまったが、なぜかそれからずっと、痛みが引かないのだ。


 その時から、彼は妙な空間に迷い込んでいる。

 恐ろしい彼女が言うには『元凶はお前だ』ということらしいが、柄鎖には何もわからない。


 何度も殺されそうになる場面があった。

 けれど、それを救ったのは彼の左腕だ。

 柄鎖が左腕で身を守ろうとすると、彼女は手を止めるのだ。


 左手首の痛みが何なのかわからないが――彼は鎖に繋がれた大切な少女のことを思い浮かべる。

 そして、動くことをやめてしまった時計達の針も、同じように鎖で止められていた。


 牢獄――。


 罪人が入るその場所に、救いはない。


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