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太陽の魔女  作者: 重山ローマ
第一章 太陽の欠片編
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復讐姫 夢の終わりに

 

 灯篭とうろうは躊躇なく欠片に願った。

 一度は起きた奇跡――二度目がある確信はなくとも、信じる他ない。


 彼の願いを聞き入れ、彼の体を包んだ泡は、初撃を確実に防いだ。

 衝撃は波紋となり泡を震わせたが、中にいる灯篭には何も届いていない。


「……」


 以前と同じように、威勢を張るような真似はしなかった。

 灯篭は頭に血が上っているような状態ではあったが、冷静さを失ってはいないのである。

 あらかじめ考えていた作戦は全て失った。

 なるようになれ、なんていう考えでこの戦いを勝ち抜けるはずもないことは、すでにわかっていることだ。


 二撃目は左の手刀だ。

 ずっと守りに徹していれば、灯篭はずっと無傷でいられるだろう。

 けれど、何もしなければ、何も進まない。

 灯篭が攻勢に出なければ、復讐に燃え暴走する彼女は止まらない。


 体を包んでいた泡が破裂する。

 しかし一部は、灯篭の右腕を覆っていた。

 体をさらしてしまうということの危険性は、しっかりと理解している灯篭だ。

 泡にぶつかった衝撃で、体にどれだけのダメージが入る攻撃なのかは想像できていたのである。


 手刀を防ぐのは右腕に集めた小さな泡だ。

 それで攻撃を受けとめ、反撃する。


 そのしもべが、ただの人間ではないことは知っている。

 しかし、魔法を使えるわけではないということには気づいていた。

 三度、灯篭は彼と出会ったが、彼がすることは単純な物理攻撃――そもそも魔法攻撃が可能なのであれば、家の前にいた灯篭とトトリが逃げ出したあの場面で、気付かれる前に、近づかずに攻撃ができたはずなのだから。


 彼の攻撃は一つだ。

 魔法と物理による同時攻撃はあり得ない。

 本来なら捉えられるはずもない高速の一撃は、はっきりと灯篭に見えていた。

 だから、続けて繰り出された回し蹴りにもすぐに対応できたのである。


 灯篭の願いは間違いなく叶えられていた。

 この男を倒すだけの力を――戦う力を持った二木灯篭ふたきとうろうのイメージを、そのまま再現している。


「なっ!?」


 イメージ通り繰り出された灯篭の足蹴りは、想定外のリーチ不足のおかげで隙をつくることになる。

 防ぐだけなら問題なかったが、攻撃とまでいくと、彼のイメージを再現しきれなかったようである。


 咄嗟に体を包んだ泡でも、大きさが足りずに、衝撃が灯篭の体に届いてしまう。

 片足だけが地面を踏んでいた灯篭は、簡単に吹き飛ばされてしまった。

 しもべの攻撃は防ぎきることはできなかったが、吹き飛ばされたあとの怪我は何一つない。

 痛みはあるが、まだ動くことはできそうだ。


 また手刀だ。

 灯篭はまた攻撃しようと泡を破裂させ、右腕に泡の盾を作り直す。

 しかし、しもべの体に違和感を覚え、泡を再度全身に纏った。


 手刀は右腕で防ぐことはできただろう。

 もし、泡をもう一度纏っていなければ、大ダメージを負っていたに違いない。

 続けて繰り出される乱撃は、目で追うことはできても、灯篭の体が追いつくことのできる速さではなかったのだ。


 灯篭は限界を感じた。

 やはり、自分だけの力ではどうしようもなかったと。


 諦めた視線の先に、走り出したトトリの姿があった。

 香山姫こうやまひめとそのしもべは、灯篭に夢中で、彼女の動きに気づいていない。

 トトリが握っている白い――布が解かれて銀色の光が姿を現した。

 念のため持つように言っておいたナイフを、彼女は武器として握っている。


『あたし、戦闘能力ありませんので』


 彼女に自衛能力はないのだ。

 ただ絵が描けるだけ――言ってしまえばただそれだけのことしかできない彼女は、戦闘に参加するべきではない。

 灯篭がそのことに気がついたのは、トトリの覚悟を決めた横顔を見た瞬間だった。


「ひ」


 やっとトトリの動きに気がついた姫は、腰を抜かして転んだ。

 欠片によって力を手に入れているということは分かっていた灯篭は、まだ姫としもべの関係性には気がついていなかった。

 しもべには戦闘能力がある。

 姫にも多少、戦闘能力があると思い込んでいた。

 しかし、そうではなかったのだ。


 灯篭がそう確信したのは、目を抑えてもがく姫の姿を見たからだ。

 彼女がそのような状態になっているにもかかわらず、しもべは灯篭に対しての攻撃を止めようとしない。

 命令されたことをただ実行しているだけなのだ。


「わ、私だけのおうじさま! 私を守ってくれたらいいのに!」

「トトリ! 離れろ!」


 血の付いたナイフを震える手で握っていたトトリは、灯篭の声に反応して飛び引く。

 しもべは姫を隠すように両手を広げ、敵対者である灯篭とトトリを睨みつけていた。

 しかし、それ以上のことはしない。


「わかりました、灯篭さん!」


 トトリは灯篭に駆け寄り耳打ちする。

 目の前に敵がいるのにここまで堂々と作戦会議ができるのは、彼が攻撃してこないと分かっていたからだった。

 命令以上のことはしない存在だったのだ。


私色我板トトイロ・ステージ!」


 トトリの腕の変化に反応して、姫の頭部に生えている欠片が発光する。

 灯篭が握っているものは何の反応もしない。


 トトリが筆を振ると、赤く染まった目で姫は敵対者を睨みつけた。

 倒れたトトリを庇うように立つ灯篭が、そこにはいた。


「あんなやつら、死んじゃえばいいのに!」


 姫は怒りのままに声を荒げた。

 しかし、しもべはなかなか動こうとしない。


「はやく! 私が思ったことなら、何だってしてくれる王子様なんでしょ!」


 ところが、しもべは振り返る。

 腕を振り上げ、しかし、腕が震えているように見えた。


「鏡の泡だぜ。そこに、トトリが手を加えた。写ったものを、別のものに見えるように、な。お前の命令は、そのまま実行されるぜ」

「や、やめ――」


 姫の声が届く前に、しもべは首をはねた。

 するとすぐに、自身の胸に腕を突き立てる。

 命令の通りだ。

 鏡に映ったのは、二人の姿だったのだから。


「可哀想だって思いますか」


 トトリは砂のように崩れていくしもべを見て言った。

 灯篭は首を振る。


「彼女もまた、死んで当然の存在だったというだけだ。でも、考えてみると、死ななくて当然の存在なんてものはいないんだよな。おれはこの場所にいた大勢の人間を誰一人として知らない。全員が、これまで何の罪も犯していないはずがない――ほんの小さなことでも、人間は罪を持っているのだから」

「とすると、灯篭さんはかなーり、罪深いというか、罪を溜め込んだというか……そんな感じですよね。うふふ」


 まるで隠していることを指摘されたようだったが、灯篭は指をさされた腹を撫でで苦笑いを浮かべる。

 人間は何かを食べなくては生きられない。

 罪のないものを食べていることは、食べられる側にとっては許されない罪なのだろう。


「欠片を回収しないとな」

「待ってください」


 転がる頭部に近づいた灯篭は、トトリの制止に振り返った。

 トトリは腕を変形させ、近寄ってくる。


「この子、ただ欠片を拾って、願いを聞いてもらっていたわけじゃないんです。きっと、あたしと同じように、欠片に選ばれた人間なんですよ」

「欠片に選ばれた? あおいはそんなことがあるなんて一言も言っていなかったぞ」

現在いまの葵くんは知りませんでしたから」


 筆先を顔にある欠片の塊に触れさせると、欠片が本来の形に戻っていく。

 角のように鋭利に尖っていたものが、ゴツゴツとした石のようなものに変わっていく。

 灯篭が握っているものよりは少しばかり大きい。


「……」


 欠片はそのまま、収縮を続け、いつのまにか粘度のある液体のようになった。

 トトリはまるで絵の具を馴染ませるように、筆先をぶつけて撫でた。


「消えた……?」

「いえ、吸収しました。欠片同士を接合させたようなものです。魔力を飲み込んでいるだけで、彼女ができていたことができるようになったりはしないですけど」

「おれは二つ持っていても、一緒になることはなかったし、そもそも……その腕は欠片だったのか!?」

「言いましたよね?」

「言ってないぞ!」


 何にせよ、人の頭から欠片を抉り取ることは容易ではなかったはずだ。

 精神的にも、苦痛を強いられただろう。

 

 灯篭は考える。

 二人に共通していて、灯篭にはないものは何かあるのかということだ。

 『欠片に選ばれた』とトトリは言うが、灯篭が選ばれていない理由が、何かあるはずなのだ。


 男だからか、とすぐに思いついた灯篭だが、首を振った。

 性別の問題であるはずがないし、性別のせいで選ばれないなんて納得がいかない。


 香山姫は目のあたりに欠片が刺さっていた。


 トトリの腕は――おそらくその中に、欠片が埋め込まれている。


 もしかしたら同じように、欠片を体内に入れることができれば――思い切って丸呑みにでもしてしまえば、灯篭も、わざわざ欠片を消費するようなことはしなくてもいいのかもしれない。

 崩れてしまった欠片の塵を眺めていると、トトリは笑った。


「選ばれない方が、きっと幸せですよ」


 灯篭はそれでも、彼女に無理をして貰う必要があったこの戦闘が、いまだに納得できなかったのだ。

 また欠片を探さなくては、いまの彼らには全く武器がないということになる。


「葵と合流したいところだが……どこにいるのか知っているんだよな?」

「ああ、えっと、確か……何処か行くって言ってたのは覚えているんですけど、その、灯篭さんの特徴を覚えることに必死で、ああ、灯篭さんのことが好きとかじゃないですからね。葵くんの役に立ちたくて必死だっただけですから」


 はっきり言わないでくれと灯篭はぼやいた。

 すでに知っていることだ。


「どこだったかなあ、うーん」

「もういい。とりあえず飯を食おう。腹が減った」


 この惨状は、いずれだれかが整理するだろう。

 そこに灯篭がいるわけにはいかない。

 元凶だと思われては厄介だ。


 二人は急いでその場を離れ、人の波に紛れる。

 しばらくして、急に立ち止まったトトリに、灯篭は声をかけた。


 電気屋の前にテレビが並んでいた。

 天気予報が写っているものを熱心に眺めているようだ。


「たしか地名だったんですよ。言わないかな」

「そんな都合よく――」

『臨時ニュースです。先ほど、二木一美ふたきかずみ様が誘拐されたとの情報が』

「な、なにぃ!?」


 灯篭はショーウィンドウに張り付き覗き込んだ。


「誰です?」

「お、おれの弟だよ。警備は何してたんだ……?」

『こちらが映像になります』


 ガラスを突き破って飛び出したのは、灯篭の弟である一美を背負う少年だ。


「あ」


 犯人は誰だと必死に画面を睨む灯篭と違い、フードを深くかぶっていても、それが誰なのかわかったトトリは、思わず声を漏らしてしまった。


「……おい」


 そのおかげで灯篭も気づいてしまう。

 弟を誘拐しているのは、彼の唯一の友人である、葵だったのだ。

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