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太陽の魔女  作者: 重山ローマ
第一章 太陽の欠片編
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復讐鬼 エンカウント ②

 

「そのお腹、そして髪色。見間違えるはずがありません。あおいくんが言っていた通りの人ですね。すごく分かりやすい形でよかったです。ああ、形って失礼ですよね、うふふ。でもその通りなんですから、ちょっぴり失礼でも許してくださいね。あたし彼の妻ですから。友人の妻が多少失礼な女でも目を瞑るのって普通ですよね」


 灯篭とうろうは目を瞑る。

 自分の心を落ち着かせるためだった。

 目の前にいる少女が何者なのかを見極めなくては。


 自分が味方だと言って近づいてくる人間ほど、信用できないものはない。

 信用できるかどうかは、味方かどうかは、灯篭が決めることだからだ。

 他人が決めるものではない。

 灯篭自身が決めることだ。


 しかし、目の前にいる少女に、敵意のようなものがないことは確かだった。

 親しげな表情は作られたものだとして、敵意を隠していたとして、そもそも灯篭を騙すメリットがあるのかという疑問が浮かんでくるのである。


 彼は、葵と違って魔法も使えない。

 持っている欠片は一つだけ。


 彼女が敵だとして、灯篭を騙しに来ているのだとしたら――しかし灯篭を狙ったところで、得られるメリットは僅かだ。

 ローリスクローリターン。

 そんな堅実な考えを持っている少女とも見えない。


「その顔、まだ信用できないっていう感じですね」

「今のところは、な。だが、おれはお前を信用する準備かくごができたぜ。たったひとつのことだ。そんなに難しいことじゃあないはずだぜ。イージーだ。おれを信用させるために、そのたったひとつのことをすればいいだけなんだからな」

「おっと、勝負を挑むんですか。あたしは、葵くんの妻ですよ。葵くんの友人に認めてもらうためですから、多少の無理、実現してみせます。なんたって、妻ですから。うふふ」

「よく言った! たったひとつだけでいい、葵の妻だという証拠をみせてみやがれ! おれはそのひとつだけで、お前を信用する!」


 灯篭は、ほとんど、彼女を信用している段階だった。

 それでも、最後の一押しが必要だった。

 それがあるのとないのとでは、安心感が違うのである。


「あ、それ無理ですね。ちょっと他のことにしてくれません?」

「えぇ……」


 ただ、彼女のその態度は、敵であるという可能性を払拭させることになる。

 灯篭は思わず笑ってしまったが、少なくとも彼女は、嘘はつかないという人間ということに気づいたからである。


 ただ、まだ気にかかることはある。

 灯篭は葵のことをほとんど知らない。

 だから、彼に彼女のような親しい間柄の人間がいたということは聞いていなかったのだ。

 だから、ほんの少しの疑いを残したまま、彼女を受け入れることにした。


「おれは二木灯篭ふたきとうろうだ。葵の協力者というか、おれが助けてもらっているようなもんだな」

「ええ、聞いていますよ。あたしはトトリココです。葵くんの妻ですから、日向トトリココということになりますね、えへへ」

「トトリココ……変わった名前だな。お前はフタツクニの生まれじゃあないのか。どこだ」

「ヒトツクニです。海を挟んでいるとはいってもお隣ですから、灯篭さんはあれですよね、王子様なんですよね。一度は来たことあるのではないですか?」 


 行ったことはあるが、街を歩いたことはない。

 灯篭は記憶の中でヒトツクニを思い浮かべるが、思い浮かんだものは食べ物ばかりだ。

 他国のことに興味を持つとすれば食べ物だけだった灯篭は、自覚なさを思い知った。

 将来王になりたいと思いながら、知るべきことを学ぼうとしてこなかったのだから。


「葵くんからは、トトリって呼ばれています。灯篭さんもぜひ」

「ああ、いや、そうだな……」


 灯篭はため息をつく。

 信用していいはずの人間だ。

 安心できる人間だ。しかし、まだなにかが引っかかっている。

 単純な疑問だ。


 灯篭は、その疑問がなになのかは分かっているのだ。

 なにが引っかかっているのか、理解しているのだ。

 しかし、それを訊いてしまうということができない。危険なことだと思えて仕方がなかった。


 詳しい年齢を訊いたことはなかった。

 だいたい同じ年齢だということがわかっているだけで、つまり、葵が結婚しているということはありえない。彼女が仮に『許嫁フィアンセ』だと言えば安心できたのだ。

 ここまで疑う必要がなかった。


 だから、灯篭は訊けずにいる。

 灯篭を騙すのなら『妻』なんていうあからさまに怪しい嘘を作り上げる必要はなかったはずなのだ。

 リスクを負う必要はないはずなのだ。


「やっぱりダメだ。お前怪しすぎるぜ。おれを探していたような口ぶりだったな。目的を言え。ちょっぴりだけでも嘘を言ってみろ。おれは容赦しない」


 ポケットの欠片に指を触れ、灯篭は距離をとった。

 トトリは校門から飛び降り、灯篭を見つめる。


 その視線には、迷いのない心が見えている。

 灯篭が思わずもう一歩距離を取ってしまうほどの力強い意思があったのだ。

 帽子を土に放り投げ、トトリは口を開く。


「あたしは、葵くんの妻として、あなたを助けに来た」

「葵はまだ結婚できるような年齢じゃあねえ。言い間違えなら、いまなら許してやる。だから、もう一度、はっきりおれの目を見て言ってみろ」


 灯篭はついに、ポケットから欠片を取り出した。


「あたしは葵くんの妻よ」


 と同時に、トトリは人差し指を立てた。

 手首より先が捻れ、形を変えていく。


「本性を現しやがったな!」


 本来なら、追っていた少女と戦うために必要だったものだ。

 しかし、未来のことよりも今を優先すべきである。


「待って。これから証拠を出すわ」

「証拠だあ!? もう十分だぜ。お前はおれの敵だ!」


 口ではそう言っておきながら、灯篭は攻撃に移れずにいた。

 たったひとつの欠片を使ってしまうこともそうだが、彼女を疑うと同時に、信用できると思っていたことも嘘ではなかったからである。


「あたしって、画家なの。だから、これから葵くんの似顔絵を描く。きっとあたしの愛情が絵に現れるはず、ってわけ。これなら、立派な証拠に――」

「なるのか? 顔がよく似ているから、お前が味方だなんて思うほどおれは馬鹿じゃねえぞ。おれを騙すために、葵の顔をしっかり覚えているだけ、ってこともあり得るんだからな。そもそも、絵に愛情ってなんだ。ハートマークでも並べたらそりゃ、愛情に溢れたハートフルな絵になるに違いねえが」

「あ、じゃあやめます。絵ならいけると思ったのになあ。ちぇー」


 彼女はそして、筆先ゆびさきを振った。


 彼女の右腕は、捻れた先に筆がある。

 手が筆に変形したのだ。

 葵が魔法を使っているということも、白竜はくりゅうが魔法を使っているということも、頭でわかっていても、どこかで魔法の存在を信じきれないでいた。

 ありえない光景を見てきたにもかかわらず、しかし、ただの超人と言われれば納得してしまいかねないからだ。


 ところが、トトリココという少女は違う。

 これは間違いなく魔法だ。

 体の形を変え、巨大化するでもなく、道具に形を変えているのだから。

 それが本当に武器になるのかどうかはともかく、手の内を晒したことだけは確かだった。


 信頼するかどうか、この際はどうでもいいと灯篭は思った。

 視界外からの攻撃と、視界内の攻撃、どちらが身の安全を確保しやすいかということだ。

 考えるまでもない。


「信用するぜ、トトリ…………ちゃん。手を貸してくれ」

「えへへ。なら良かったです」


 腕を元に戻していく光景は、精神が抉られるような目をそらしたくなるものだったが、彼女の表情を見て、灯篭は冷静になった。

 彼女を疑い続けるつもりだった自分を、責めたくなったほどである。


 苦痛を我慢するように、表情が歪んでしまっている。


 しかし、ここで情に流されてはいけない。


「ああ、でもひとつ問題があるんです」

「なんだ?」


 額の汗を拭って、トトリは腕を撫でながら言った。


「あたし、戦闘能力ありませんので、戦うのは灯篭さんです」

「えぇ……」


 素手で殴りかかってやろうかと思う灯篭だった


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