復讐鬼 アンノウン ②
噛み千切った爪を見て、葵の目の前に立つ何かは目を見開いた。
どうやらそいつは、彼が何をしようとしているのかを瞬時に理解したらしい。
奥の手に勘付かれようが、葵が攻撃をやめる理由にはならない。
彼はその一撃に、何よりも自信があったのだ。
まさに最終手段――彼の持ちうる最大火力がその爪に込められている。
太陽の魔女が残した魔具。
そこに込められていた魔法を、爪に擬態させた宝石に移植したのだ。
魔具に込められたものを移植することは、彼一人ではとてもできないが、その時彼のそばには魔法に詳しい魔女の紛い物がいた。
彼女の発想力のおかげで、彼は二十の魔法を、爪に隠していたのだ。
すでに片腕を落としたおかげで、五つの魔法を失っているが、全二十の魔法のうち、六つを消費したとしても、彼は後悔しない。
全てを使い切ってでも、目の前にいる異物だけは破壊しなくてはならない使命感があるからである。
コヲトシを目の前にしても、この奥の手――切り札を使うには躊躇うだけだったが、彼をここまで覚悟させる何かは、いったい何者なのだろうか。
「炸裂しろ!」
展開される魔法陣から浮き出てくる火球は、彼の思う通りに射出された。
「どうして、避けないんだ――」
続けざまに近接攻撃を仕掛けるべきか、さらに爪を消費するべきか――彼は思考を止めざるを得ない。
火球をぶつけたあと、視界が悪くなることは予想できていた。
だから、近接攻撃は無しだ。
思考を止めているはずなのに、彼は答えを得た。
葵は体を動かせないまま、その光景を目で追っている。
火球に向けて伸ばされた左腕の先から、ほんの小さな光が見えた。
それは葵が既に見たものだ。
触れると毒に犯されてしまう結晶体を、魔力で作り上げているのだろう。
細い棒だった。
それは火球にぶつかる寸前、傘のように花を開ける。
開いた結晶とぶつかった瞬間、衝撃と共に暴風が葵を襲う。
反応できないまま吹き飛ばされた葵は、とっさに右腕を伸ばした。
体を支えるために動かした右腕だが、その腕は既に、自ら切り落とした後である。
支えられるはずもなく、ビルの屋上から体を吹き飛ばされたのだった。
「うっ!」
ここにきて、葵はやっと冷静になったのだ。
左腕でなんとか縁を掴んだが、いつまでも持つわけではない。
落ちる覚悟が必要だ。
十数階のこのビルの高さから落ちたとして、生身のままでは無事でいられるはずがない。
体を作り替えなくては。
石では砕けてしまうかもしれない。
もっと、硬いものにならなくてはならないだろう。
「……」
それは、葵を見下ろしている。
逆光のせいで、顔がはっきりと認識できない。
体を作り変える時間がなければ、落下に耐えられるだけ硬くするための魔力も足りない。
「期待はずれですね」
指を踏みつけられ、葵は表情を歪めた。
少しでも長く時間を稼ぎ、体をほんの少しでも、強固なものにしなくてはならない。
しかし、踏みつけられる足には、少しずつ力が込められていく。
葵の腕は限界だ。
「貴方は、この先の戦い、生き残れません。ここで死んでください。全ては、太陽神のために」
足をどかされた瞬間、葵は反撃に出るしかなかった。
時間が足りなかった。
ほんの擦り傷でも、仕返しをしてやらなければ、ただ負けるわけにはいかないのだ。
しかし、葵は指を蹴り飛ばされ、落下していく。
見下ろしていたはずの視線は、もうなかった。
敵対者であるそれは、既に背を向けて、葵に興味を示していなかったのである。
葵は怒りの声を上げた。
全く歯が立たなかったことにもだが、この戦いが、自分の意識で行ったものではなかったからである。
まるで操られるように戦わされたように思い、自分の弱さを悔やむ――間も無く、葵の体は、アスファルトに叩きつけられた。