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太陽の魔女  作者: 重山ローマ
第一章 太陽の欠片編
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復讐鬼 アンノウン ①

 

 ビルを駆け上がったあおいは、完全に体が宙に晒された時点で魔力を解放した。

 これが人間であるはずがない。

 殺気と言うには生温い、精神を抉る気配は、とても同じ種族であるとは思えなかった。


 天敵。


 そう、それは彼の遺伝子が覚えているものか。

 その存在だけは、生かしておくわけにはいかないと、手加減をするという思考すらないまま――。


 そいつはビルの屋上で立っている。

 白い肌、ではない。

 青いのだ。

 血の気がない異質な風貌は、すでに攻撃姿勢に移る葵の判断を断固としたものにする。


 まだそれが白いローブを着ていた方がよかったと葵は思う。

 襲ってこないはずだった白竜はくりゅうが、気が変わって襲ってきたというほうが、殺されたとしても納得がいくからである。


 すでに葵の姿は、その存在に認識されている。

 防御姿勢を取らないことが、葵を迷わせることになった。

 その青い瞳にある力強い力は何だ。

 自信なのか――このまま一撃を食らわせるとして、それは本当に届くのか?


 まだ体をひねって無理やりにでも攻撃を止められる段階だった。

 消費した魔力は返ってこないが、戦闘不能になるより幾分もマシである。

 しかし、彼の体は言う事を聞かなかった。

 ここで、この生物を破壊しなくてはならない――その使命感が、彼の体を支配しているのである。


 葵の意思を無視して展開された魔力弾は、彼が感覚的に放出したものだった。

 これまで殴る蹴るしか頭になかった葵は、この時になって、散々練習したにも関わらず一度も成功しなかった、魔力を体から切り離すことに成功したのである。

 驚くのは彼の心の内だけだ。


 放出された魔力の塊は、言ってしまえば石のようなものだ。

 火球でもなければ、水球でもない。

 ただ魔力というエネルギーを集めただけのものだ。

 それに攻撃力はほとんど存在せず、牽制のような役割しか果たせない。

 葵がまだ未熟ということもあって、目標にたどり着くまでに消えてしまいそうだった。

 いや、ぎりぎり届くと葵は頷く。


 それがわかるのは展開した葵だけだ。

 その魔力放出で傷を負えさせることができないことは気づいている。

 一歩体を引いて避けようとすれば、そこに合わせて腕を振ればいい。

 腕で弾いたとしても同じだ。

 この魔力弾はあくまで牽制。次の一撃に魔力を全て注ぎ込む。


「なっ!?」


 一歩引いた。

 合わせて攻撃をすればいいだけのはずだった。

 葵は振り上げた腕を下げる。

 隙を見せたのは葵だ。


 魔力の動きは感じ取ることができなかった。

 肌の色は違っても、おぞましい気配が漂っていても、それがヒトという種族であることには変わりがないはずだ。

 魔女も、魔法が使える人間であることは間違いないのだから。


 まだ、魔法のほうが許容できると葵は思った。

 皮膚から角のように生えてきた鋭利な何かを、何とか体をそらして避けた葵は、破かれた服を抑えて距離を取る。

 ほんの少しでも近くにいたら、確実に殺されていたに違いない。


「魔力を感じることができないのに、どうして」


 魔法だ。

 それは魔法に違いない。

 魔法でなければ、納得がいかない。


 葵は体から生えた光を反射し淡く光る結晶体を睨みつける。

 パキパキと音をたてて皮膚に同化していった。

 体をどれだけ固くすれば、あの結晶に立ち向かえるのだろうか。

 見た目は――ガラスだ。

 ガラスに近い。

 しかし、ガラスの強度ではないだろう。

 体を変化させるために、様々な鉱物に触れてきた葵は、見ただけでその素材の強度がある程度わかるようになっていたのだ。

 思わぬ副産物的な能力は、葵の判断を鈍らせるだけである。


 地を蹴ったその存在は、葵を見下ろした。

 その表情は、目の前の邪魔者を消す決意が現れている。

 手に握られているのは光るナイフだ。


 近接戦闘だ。


 遠距離からの攻撃を得意としているのなら、葵に勝ち目はなかっただろう。

 もちろん、安心している暇などない。

 しかし、葵は見ていなかった。

 その存在は、いつ武器を取り出したのか。


 安心している暇などないのに、葵は安心していたのだろう。

 すでに、腕からガラスのような何かを生やし攻撃してきたという過去を忘れ、手に握ったナイフだけが武器だと錯覚している。


 仕方がないことだったのだ。

 葵はほとんど考えて動けていない。

 目の前で次に何が起きようとしているのか全く予想がつかないのだ。

 ただ経験不足というだけでなく、目の前の脅威を、何としてでも止めなくてはいけない使命感が邪魔をして、彼に判断をさせないだけなのである。


 ナイフを破壊しなければ。

 いや、奪うだけでもいい。


 空中にいるのだから、標的の動きは決まっている。

 重力には逆らえないからだ。

 傷を負わせることを考えるべきだった。

 葵は多少の傷なら自己回復ができるからである。

 即死の攻撃でなければ、戦闘不能にはならない。

 武器を奪ったところで、戦闘は終わらない。

 どちらかが倒れてやっと、戦闘が終わるのだ。


 ここは決死の一撃をぶつける、最後のタイミングだった。


 全身の魔力を腕に集中させる。

 葵は強引に強化にした腕をナイフにぶつけた。

 砕けなくてもいい。

 弾くことを狙った一撃だった。


 しかし、ナイフは弾かれることもなければ、砕けることもなかった。

 目の前にある剣先を見て、葵は理解する。

 それはただのナイフではなかったのだ。

 すぐ目の前にあるというのに、それがガラスに似ているということしか分からない。


 腕とナイフが触れたその場所から、何かが襲ってきている感覚があった。

 痛みがあるわけではない。

 ただ、何かに侵食されていく、身の毛が逆立つ嫌な感覚だ。


「や、やめろ!」


 葵は残った魔力を左腕に集中させ、右腕を切り落とした。

 回復するために必要な魔力のことなど考えもしない。

 強化した腕を切り落とすためには、膨大な魔力が必要だった。

 流れる血の感覚は、彼の精神を落ち着かせていく。

 体が酸素を求めているはずもないのに、息が上がったまま戻る様子がない。

 死に怯えるはずの葵は、雀の涙もないほどの魔力を何とか集中させ、傷を塞ぐことだけには成功した。


 目の前の脅威は葵の素早い判断に驚いた様子だった。

 攻撃する隙は山ほどあったはずだが。


「毒か」


 腕を切り離しても、彼の頭はぼんやりと霞んでいた。

 思考がうまくまとまらない。

 脅威が襲いかかって来ないのは、この毒に自信があるということかもしれないと葵は思った。


 勝てないと葵は悟った。

 しかし、やはり、逃げ出すという選択肢は存在しない。


『奥の手よ。魔法を使うもの同士だと、不意を突いたら勝機が見える』


 葵は、じんわりと衝撃が残っている左の手のひらを広げ、親指の爪を噛みちぎった。



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