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太陽の魔女  作者: 重山ローマ
第一章 太陽の欠片編
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復讐鬼 イレギュラー ③

 

「おい、そこまでだぜ」


 ビクリと肩を震わせて、すぐに逃げ出そうとする少年の肩を掴み、灯篭とうろうは乱れた息を堪えて何度か咽せ込んだ。


「ま、待て待て。もう走るのは御免だ。頼むから話をしよう。おれは、二木灯篭ふたきとうろうだ。分かるよな。王子だ。だから逃げないでくれ」

「え……王子? は、はい」

「よしよし。あ、あー、えっと。まずは座るれるところを見つけてくれないか。あと水も頼む。いいな、王子の命令だぞ。無視なんてできるわけないよな」


 灯篭の言葉に、少年は頷いた。

 なにも普段からそんな態度を取っているわけではないが、ここで灯篭が取った言動は、少年を落ち着かせることに成功した。

 少年が指差した場所にあったベンチに腰掛け、灯篭は自動販売機でもたもたと財布を開けている少年を見つめた。


 呼吸が落ち着くと、少年から受け取ったお茶を飲み込み、礼を言ってから、隣に座るように促した。

 少年は躊躇しながらも座り、何か言い出すべきなのかと口をもごもごしている。


「目の前で見たのか。災難だったな」

「は、はい」


 目をそらして、鞄を抱きしめる少年の表情は暗い。

 友人が目の前で亡くなったとするならば、いまもとてもまともではいられないだろう。

 しかし、灯篭は彼の態度が、作られたものである気がしてならなかった。


 友人を目の前で失った可哀想な少年――。


 まるで演技のようだと思いながら、灯篭はそれでも、可哀想を演じる少年を気にかける王子を演じるしかあるまい。

 少年が隠していることを訊くには、もう少し親しくなる必要があると判断したのだ。


「名前は」

正樹まさきです」

「そうか、正樹。一度見たものは簡単に忘れられるものじゃあない。しばらく辛い思いをすることになるだろう。だが、それも数日のことだ。いつか人間は忘れるからな。便利な頭をしているものだ、人間という生き物は」

「そうでしょうか」


 正樹は灯篭の慰めに礼を言っただけだったが、灯篭は息が詰まった。

 記憶力がいいだけなのか、灯篭は嫌なことを忘れられない体質なのだ。

 記憶が得意ということもないのに、嫌な思いをしたことだけはずっと覚えている。


 初めて母親の顔を見たときもそうだ。

 灯篭は母の歪んだ表情を覚えている。


『まあ、可愛らしい赤ん坊ですこと。綺麗な蒼の髪だわ。誰に似たのかしら』


 笑っていなかった。

 灯篭は自分が鳴き声をあげていたことを覚えている。

 なぜ泣いていたのだろう――きっと、悲しかったのだ。

 自分の生を否定されていることに気がついたからか、まだ赤ん坊の灯篭にそのような感情があるはずなかったのだが。


 それから五年ほど。

 弟が母のお腹に宿った頃になって、灯篭はやっと自由を手にいれた。

 それまでは、何をしても母の嫌味があった。

 何をしても褒められることはなかったし、逆に、何かをした時点で咎められてきたのだから、彼の性格が少し歪んでいることは仕方がないのである。


 それでも、灯篭がこうして一人の少年と、壁を作らずに話すことができるのは、彼の近くにいた使用人達の努力の賜物だった。

 もう彼の周りにいた使用人は誰一人生き残っていないが、今の彼を見れば喜ぶに違いない。


「ひっ!」


 突然の音に、正樹は飛び上がって振り返った。

 灯篭は音よりも彼の声に驚いたが、それほど驚くほどの声の大きさではなかったのに――案の定、歩行者が携帯を落としただけのようだ。


「何をそんなに怯える必要がある。あれは事故だ。君にも同じことが起きるなんてこと、あるはずないのだから。安心していい」


 灯篭の声に頷く正樹は、それでも安心できない様子で辺りを見渡している。


 妙だ、と思う。


 もし目の前で事故が起きたら、自分にも同じことが起きるかもしれないと不安になるまでは分かる灯篭だが、ここまで怯えるのはおかしい。


『つ、次は僕の番だ』


 正樹の言葉を思い出した灯篭は、可能性を手繰り始める。


「最近身の回りで妙なことが起きていないか? そう、太陽の爆発のあとだ。君も見ただろう」


 いや、と灯篭は彼の鞄に視線を流した。


「まさか、君が欠片を拾ったんじゃあないだろうな」


 強く言ったつもりもなかった灯篭だが、言葉に重みがあったことは確かである。

 正樹は首を振り、鞄を灯篭に差し出した。


 中を覗き込んだが、弁当箱と教科書等が並んでいるだけで、妙なものは何一つ入っていない。

 男子学生にしては中が綺麗すぎることは、正樹という少年が繊細な男であることを察している灯篭は疑問にも思わなかった。


「いいか、よく聞くんだぞ正樹」


 少々乱暴な方法をとる必要があった。

 このままではどれだけ親しげに話したところで、正樹という少年との関係が打ち解ける可能性はない。


「おれは王子だ。どんなことが起きていても、国民であるお前を見捨てたりなんかしない。おれはお前を助けたいんだ。お前が何か言ってくれなくては、おれはいつまでも、国民一人も救えない置物になってしまう」

「う……」


 正樹という少年の人間性をおおよそ理解した灯篭は、この言葉が一番効くと思ったのだ。

 案の定、正樹はきょろきょろとあたりを警戒しながらも、もう一度ベンチに腰掛けたのだった。


「その、なんというか、頭が変になったのかと言われるかもしれないんです」

「構わん。話せ」

「初めは、一人が学校に来なくなったんです。その、最近問題になっていることってありますよね、あれです。その、きっと、僕も加害者だったんですよ。見ていただけで、助けるつもりなんてなかったので。どうせ、誰かが止めようとしたって止まるものじゃないってわかっていましたから」


 学生間での問題と言われれば、灯篭はすぐに思いつくものがあった。

 確かに、何度も父たちの議題にはあがっていたようだが、解決策はなく、止めることができるのは現場にいる人間だけという話に落ち着く。

 灯篭も、それ以外にはどうしようもないと思っていた。

 結局、第三者が止めに入ったところで、その場凌ぎにしかならないのだ。


 灯篭の母親から受け続けてきた仕打ちは、誰も止めようとしなかった。

 当たり前のことである。

 母親を注意できるとすれば、灯篭の父――国王だけなのだから。

 しかし、父親である彼も、灯篭には何一つ関心を持たず、声をかけることはない。


 灯篭は耐え抜いた男だった。

 だからこそ、彼は思う。

 耐えられない人間が信じられないのだ。

 見えない場所でフォークを刺されようが、意味もなく罵られようが、彼は耐え続けた。

 何か支えがあったわけではなく――いや、何の支えもなかったから、彼は生き抜いたのかもしれないが。


 ただ、死を望む気持ちだけは理解出来る。

 彼も一度、その道を選ぼうとしたからだ。


「いまさらこんなことを言ったって、彼女にはなにも届かないと思うけれど、ぼくは応援していたんです。助けられないから、がんばってって。がんばって耐えてくれって。ぼくも彼女ほどじゃないにしても、似たような立場でしたし、ぼくが耐え続けていることができたのは、彼女がいたからです。ぼくよりも、可哀想な人がいたからなんです。同情していたからなんです」


 お前は見下していたのだろう。


 灯篭には、学生たちのコミュニティの中に飛び込んだ経験がない。

 初めての友人は葵であり、すぐそばの正樹という少年とは、とても仲良くなれそうはないと思った。


 なぜなら、灯篭も見下しているからだ。

 救える立場にいた人間が何もしないなんて、その罪深さを知っているからである。

 もう過ぎてしまったことだから、灯篭の近くにいた人間たちを恨むことはやめた。

 しかし、彼だけは許すことができないのだ。


 何故か、彼を見ていると苛立ちが収まらない。

 灯篭はやはり、怯えている演技をしていただけのように見える正樹という少年を、許容できないのだ。

 もちろん、灯篭は理解している。

 世の中、いい人間ばかりではないと。

 しかし、子供だけは、純粋な人ばかりだと信じていた。

 話に聞いていただけの《疎外いじめ》は、議題に困った時に持ち出し時間を潰すだけのものだと思うようにしていたのだから。


 ああ、やはり、灯篭の母親のような人間は、どこにでもいるのだ。

 信じることができるのは、結局、自分だけなのだろうか。

 血の繋がりすら、救いのないものなのだから。


「だ――」


 足元を転がった頭を見ても、灯篭は落ち着いていた。

 妙にスカッとした気分になったのは、きっと気のせいではなかっただろう。


 コツン、とつま先をぶつけた灯篭は、噴水のように吹き出す血を避けてベンチから立ち上がった。

 敵意を向けられているわけではないが、灯篭には何一つ戦闘能力はないが――すぐそばで人が殺されてしまった後のことを考えれば、そうするしかない。


「……」


 左目を眼帯で覆い、男のくせに腰まではある長髪を編み込んで垂らしている。

 赤い瞳には本来人が持つ精気のようなものを感じず、ただ目の前を写すカメラのレンズのようにも見えた。


 そのやせ細った体で、人の首をどうやって切り落としたのだろうか。

 右の甲が血に染まり、白のカッターシャツの袖にも汚れができてしまっている。


「お前、白竜はくりゅうの仲間か」


 白竜の白いローブは帽子が付いているものだ。

 比べてその男はそもそもローブを身につけておらず、白のカッターシャツとダークな色合いのスラックス。

 人間離れした雰囲気は似通っているが、仲間と決めつけるまではないと判断した。


 もしも、灯篭が人を殺すとして、ターゲットのすぐ近くに別の人間がいたらどうするだろうか。

 もちろん、一人である瞬間を狙うのだが、諸々の理由によりどうしても二人でいる時にしか犯行ができないとする――。


 そして、なんとかターゲットの殺人には成功した。

 しかし、もう一人は生きている。

 つまり、目撃者は生き残っているという状況だ。


「や、やるかお前! おれをなめるんじゃあねえぞ!」


 灯篭なら、目撃者も殺す。

 きっと、目の前にいる男も、そうするに違いない。

 葵の助けを期待しつつも、灯篭は身を守る姿勢をとった。


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