魔女との出会い ③
公平かどうかは、第三者からの視点でなければわからないのである。
そもそも白竜から話を持ち出しているというところに疑問を持つべきだった。
葵は白竜の人間性を知らない。
比べて灯篭は、一度乗せられてしまっている。その差はあまりに大きかった。
灯篭は白竜を信頼しない。
言っていることが本当だったとしても、信じない。
「おい白竜。まさか、やっぱりやめるなんて言うんじゃないだろうな。それこそ公平じゃないってやつじゃないのか」
葵はともかく、情報が欲しかった。
戦闘にはならずに情報は得る――これが理想だ。
そんなにうまくいくはずがないとは分かっていても、灯篭の姿勢には期待せざるを得なかった。
なぜ、白竜が自ら情報を渡そうとするのか――。
灯篭は考えている。
なぜなら灯篭には容赦なく攻撃を仕掛けただけで、話し合いの場などなかったからである。
この場合《情報を渡す》という行為そのものに意味が有るように思えて仕方がないようだ。
信用しないから。
信じないから。
ただ、ここで灯篭が勘違いしていることを忘れてはならない。
葵は確かに戦闘能力があり、白竜は彼ともう一人の少女が現れることを恐れていた――だから灯篭は、葵なら白竜を圧倒する力があると思い込んでいるのである。
実際には、葵は戦闘能力こそあるが白竜には届かない可能性が高く、恐れられていたのは、灯篭が対国砲アマタを発射しない可能性である。
そもそも焦りを見せるようなあの態度は、灯篭を騙すためだけにしていた演出のようなものだったのだから。
「……」
白竜の態度の急変は、灯篭を逆に落ち着かせた。
何も、こいつはただの化け物ではないのだと――気に入らないことがあれば表にでる人間なのだと思ったからだ。
しかし、葵は灯篭のようにはいかない。
白竜のマントの内側からは、一度触れたことがあるような錯覚――太陽の魔女と同じ程の濃い魔力が漏れ出し始めたからだ。
魔法士でも、魔女に届くことがあると、聞いたことがあった葵は、咄嗟に身体中の皮膚を硬化した。
魔女の姉と二人で過ごしている間に身につけた魔法だ。
彼の魔法士としての魔法は《細胞の活性》である。
回復能力はその応用にすぎない。
生まれてからずっと、傷を魔力により補い続けてきた彼は、皮膚のほとんどが魔力でできた擬似皮膚となっている。
本来の皮膚ならともかく、自身の魔力で作ったものの形を変えることは、然程難しいことではなかった。
多くの指導を受けた結果、彼がたどり着いた力は、並の魔法士ならば敵にならないほどの能力だ。
今であれば、以前彼を苦しめた白兎とも、対等に戦うことができるかもしれない。
力の差を痛感していた。
何か魔法を発動されたわけではない。
ただ、感情とともに表に出ているだけなのだ。
「……っ!」
何がいい。
皮膚の構造をイメージする。
岩石に耐えられるものが必要だ。
鉄で平気なのだろうか。
皮膚を別のものに作り変えることは簡単だ。
ただし、時間はかかる。
ただ硬くしただけの今では、何の意味もない。
あれほどの岩石をぶつけられてしまえば、簡単に壊れてしまうだろう。
「公平じゃないぞ、白竜」
敵意を剥き出しにした白竜に、灯篭は言い放った。
一瞬硬直した葵は、慌てて気を引き締める。
「お前今、何をしようとした。まさか、おれたちに攻撃しようとしたんじゃあないだろうな」
虎の威を借る狐――。
まさに今の灯篭はそれだ。
葵がいなければこうも強気になることはないだろう。
ここで白竜が、容赦もなしに攻撃に出たのであれば二人の命はなかったが、白竜は大人しく一歩後ろに引いたのだった。
「おれは分かっているぞ。お前が話すのは、お前にメリットがあるからだ。そんなことは承知だぜ。ここでおれが引かないのは、お前から話を聞くことにメリットがあるからだ。公平だ。まさに、このことを公平って言うんだぜ。だから、何も心配はいらない。お前だけにメリットがあると、不公平だから、言い出せずにちょっぴり自分にイラついてしまったんだよなあ? そういうことなんだろう白竜。そういうことにしてやるよ。おれはまた、お前に譲ったんだぜ? 少しは考えてみろ」
灯篭の言動は、葵を焦らせると同時に、十分な時間を与えることになった。
岩石程度なら余裕で耐え切れるほどに、体の強化は終えたのだ。
「太陽の欠片の力は、大きさに比例します。ですから、小さな欠片程度なら、ほんの少しの異変で済むでしょう」
「ほんの少しだって?」
まだ一度だけ、欠片の異変に出くわしただけの葵は、コヲトシのことを思い出していた。
あれが小さな異変だとはとても思えなかったのだ。
「数があれば、どのような願いでも叶えることができるでしょう。そう、例えば、自ら命を燃やした少女も、生き返らせることが可能でしょうね」
「冗談はやめろ。蘇生は不可能だ」
葵はきっぱりと言い放った。
すがりたくもなるが、信じたくもなるが、命の蘇生だけは不可能だ。
「不可能を可能にしたあなたがよくそのようなことを言いますね」
唯一蘇生を可能にした存在――白竜は葵を指差した。
彼は一度、命を蘇生している。
しかし、あれは例外だ。
彼の魔力が、契約関係にある魔女が近くにいたおかげで、活性化して起きた偶然だったのだ。
彼一人では、魔力量が全く足りない。
「まさか」
魔力の塊であるものがいくつもあれば――不可能ではないことを知っている、体感している葵は、その話を信じざるを得なかった。
数があれば、もう一度彼女に会うことができるのだ。
もう、会えるはずのないあの人に。
「ああ、なるほど。つまり、お前が望んでいることはそういうことか。残念だったな白竜。一度騙したおれが相手にいることをもう少し考えるべきだったんじゃあないのか。おれはそこまで頭が悪くないぜ」
「灯篭様、私はただ親切心で、あなたたちの安心のために話したということを忘れないでいただきたい。これは本心からの言葉です。信じていただけると嬉しいのですが」
「ああ、信じてやる。だから、もう何もせずにここから去るんだ。お前の目的はもうわかった。ここでおれたちを殺すようなことはしない。お前の言うとおり、安心したぜ。だって、そのことでお前が得るメリットがないからだ。おれたちを――彼を生かすことに意味があるからだ」
また一歩、白竜は距離をとった。
警戒していたはずの葵は、また反応できなかった自分を責めつつ、皮膚を元に戻した。
元に戻したところで、消費した魔力が回復することはないため、彼には疲労感が残ることになる。
「助かったよ。君がここにいなかったら、おれは殺されていただろう」
「あ、ああ。僕も助かった。正直、攻撃されたらどうしようもなかっただろう。君を守れなかったかもしれない」
「そ、そうなのか?」
ちょっぴり体を震わせた灯篭は、咳払いをして葵に手を出した。
そのようなことをしたのは、灯篭の人生の中で初めてのことである。
これまで関わってきた人間は、王家の周りにいる者ばかり――年齢の近い人間と話すことはほとんどなかった。
葵は、差し出された肉付きのいい手のひらを見つめて、やっと納得したのか手を握った。
友人はいたが、握手をしたことなんてない。
仲良くなった証に――そういった理由で握手をするなんて、フタツクニの文化ではなかっただろう。
もちろん、灯篭は憧れていただけだ。
友人がいないから、友人がいたらそういうことをするに違いないと――王家同士の会談で見た光景を真似しているだけなのだ。
「安心して欠片を集められるなんて、考えちゃいないだろう?」
「あ、うん」
「……ま、まあいい。白竜は数が必要なんだ。一人じゃとても集められないような膨大な数がな」
灯篭は葵が握ったままだった欠片を指差した。
「これがある程度集まるまで、おれたちは白竜に襲われることはないだろう。あいつは、ある程度集まったころに、奪いにやってくるに違いない」
「そうなのか」
葵は納得した。白竜が話すことにより得るメリットは、葵が集める欠片のことだったのだ。
葵が集めれば集めるほど、白竜は楽をすることができる。
葵の手が届かないところから欠片を回収し続ければ、効率がいいというわけだ。
「おれをつれて行ってくれ。おれは灯篭。何もできないが、金はある」
これからどこに行くにしても、資金が必要になることは葵も気づいていた。
どこかで手に入れる必要があったものだ。
「僕は葵、よろしく」
葵は握っていた欠片を灯篭に手渡す。
驚きながらも受け取った灯篭は、慌てて返そうとする。
「いまは安心だといっても、一人が全部持っているわけにはいかないと思うんだ」
既に持っていた欠片を灯篭にチラリと見せ、葵は笑った。
灯篭は歩き出す葵をしばらく目で追い、頬が熱くなるのを自覚しながら駆け出した。
これから何が起きようとも、彼とならうまくやっていける気がしたのだろう。
空からまたひとつ、欠片が落ちていく光景が見えていた。