魔女との出会い ②
近くまで来たまではよかったが、空から落ちてきたものを探すのは簡単ではない。
すぐに駆けつけても、着くまでに落ちてしまっているのだ。
平原ならともかく――そもそも平原ならば、草に紛れて余計に大変なのかもしれないが、ビル群よりはましだろう。
何か異変が起きてからでないと、僕には何もできない。
こうして僕が街を歩いている間にも、いろいろな場所で欠片が落ちてきている。
一番近い場所だからここを選んだだけで、ここが終わればすぐに次の場所へ向かわなければ――。
遠くで悲鳴が聞こえる。
ただの事故の可能性もあるが、いかないわけにもいかない。
確認の必要はある。
角を曲がろうとしたところで、猛烈な勢いで走ってきた少年と肩をぶつけた。
彼はバランスを崩して転けてしまう。
ぼうっとしていたわけではなかったのに、いまは急ぐ必要があるが、怪我をさせてしまった可能性もある。
そこで、僕は少年が手を伸ばしていることに気がついた。
何か落としてしまったらしい――見た目は違う。
けれど、それがいったいなになのかはすぐにわかった。
「これを、どこで拾いましたか」
別の場所で拾ったのかもしれない。
この近くで拾ったのであれば、僕がここまで探しに来たものに違いない。
僕が拾った石に、それでも手を伸ばす少年の腕を掴むと、体を引き起こした。
「た、助けてくれ!」
『連れて行ってくれ!』
僕が見た景色ではない。
僕は助けを求めた側だ。
けれど、その光景が懐かしかった。
何の力もなかった僕は、ただ助けを求めただけだ。
そして、彼女に救われた。
魔女に出会った僕は、救われたのだ。
あれがただ仕組まれたものだったとしても、あの出会いがなければ、僕は何も変わらなかったのだ。
「やはり生きていましたか。岩石で死んでいただけたほうが、ありがたかったのですが」
突然現れた白いローブの男に、僕は飛びかかった。
いまは慎重さが必要な場面であることは分かっている。
が、ここで、背を向けて逃げ出すなんていう考えはすぐに浮かばなかった。
白いローブ――ただその身なりに、拒絶反応を起こしてしまったのである。
「白兎……!」
「人違いですよ」
僕の拳は、何かにぶつかった感触はある。
けれど、それは肉の感触ではない。
例えるならコンクリートの壁だ――そこに拳をぶつけただけで、とてもダメージが通っている感覚はない。
押し返される力に逆らわず、一度距離を取った。
欠片を持って逃げてきた少年は、怯えている様子もなく、勇敢に白いローブを睨みつけている。
「いいでしょう。一度、話をしませんか」
白いローブの男は、両手を挙げて敵意はない意思表示をしている。
僕はそれでも武装は解かず、念のため構えたまま、話を聞くことにした。
「人間は平等でなければならないとよく話しますが、私もそう思うのです。何事も公平でなければ、面白くないじゃありませんか」
「公平だって?」
「ええ。とても大事なことです。人間は差に苦しむのです。平等こそ安心に繋がります。安心は人間の心を豊かにするでしょう」
白竜は、ローブの内側に手を入れ、欠片を一つ取り出した。
形は違うが、やはりそれも《太陽の欠片》だ。
「これが各地で異変を起こしていることには気づいていますね。太陽の魔女の残り滓です。それでも、この欠片には力がある。人間の望みを簡単に叶え、混乱を招くでしょう」
そのことは気づいている。
だから僕は、ここまで欠片を探しに来たのだ。
「公平のためです。私の目的をあえて、ここで話しましょう。とても大事なことです。あなたたちの安心に繋がる」
「いや、納得いかないぜ白竜」
すんなりと話を受け入れるつもりだった僕は、背中からの声に驚き振り返った。
もし彼がいなければ、僕は敵の言葉を鵜呑みにしていただろう。
疑いもせず、敵だということも忘れて――自分の甘さが浮き彫りになっている。
「コンビニでの事件、おれは知っているぞ。お前が本当に公平を望む男ならば、何の説明もなしに人を殺すなんてことはしないはずだぜ。おれを追うために高崎を殺したのもそう。きっとすぐに、何の躊躇もなく殺したはずだ。お前はそういう人間だぜ」
「いいえ、私は公平を大事にする男です。ええ、だからあなたの前では本当のことを言いましょう」
僕を見て、白竜は笑った。
「あなたは、牛や豚にまで公平を求めますか? 少なくとも私はそのようなことをしない。同じ種族でのみ成り立つ言葉だ。下等な生物に公平を求めるとすれば、ただ損をするだけではありませんか。面白みの欠片もない」
「ありがとう、君のおかげで助かった」
僕は、助けるつもりだった少年にそう言った。
彼が何も言わなければ、僕はこいつの本性を知らないまま戦うことになっていた。
戦いは相手のことを知っているほど有利になる。
『こいつはこんなことはしない』
あやうく、僕はそんな危険な考えを植えつけられるところだったのだ。
「でも、あえて聞くよ白竜。お前が僕たちに隠している悪意と、僕がお前に向けている敵意はいま、釣り合っていないよな。公平じゃあないよな。お前が知っていることを話すんだ。僕は何も知らないから――それを聞いたら敵意は隠す。これってすごく公平だって思うけど。お前が本当に公平を望むなら、僕の言っていることは分かるよな」
「ええ、それで構いません。確かに、何も頂かずして情報だけを与えるのは、公平とはまた違うようでもありましたから。あなたの敵意を頂戴し、代わりに情報を差し上げましょう」
構えを解こうとした僕の後ろから、灯篭は言った。
「お前が先に話すんだ、白竜。彼が後だ。お前が先に話すと言ったんだぜ。彼はお前の提案にちょっぴり歩み寄っただけなんだぞ。分かっているよな。すでにおれたちは、お前に数歩譲っている。今は同じ立場じゃあないんだぜ」
白竜は、ここで初めて、僕から目を離した。
ただ話を聞くだけではダメだ。
僕たちは、ただただ不利なのだ。
僕が白竜に向けている敵意――これをそのままぶつけたところで、未知の存在である白竜には、どこまで通じるかわからない。
きっと、あの岩石の投擲だ。
白竜が僕とお姉さんに仕掛けてきたあの攻撃――あれがもし目の前で起きてしまえば、僕にどうにかできるのだろうか。
いや、弱気になってはいけない。
彼は魔法士だ。
たった一つの魔法しか使えない。
一つの魔法を極め、応用を重ねたとしても《岩石を投擲する》ことからかけ離れることはない。
彼のたった一つの魔法――一部分でも知っている僕のほうが、幾分か有利であるのだから。
でもだからといって、ここで平等になってはいけない。
僕たちが優位な状態でいなければ。
これは駆け引きだ。
僕だけではとてもうまくはできなかっただろう。
「もう一度言うぞ白竜。お前から話すんだ」
守るはずの、助けを求めてきた少年が、何よりも心強かった。