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太陽の魔女  作者: 重山ローマ
第一章 太陽の欠片編
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また貴方の下で

 

 その欠片をどうするべきか。


 灯篭とうろうはまず、研究所に持っていくべきかと考える。

 アマタだけでなく、他にも多くの研究をしているはずなのだ。

 しかし、あれだけのことをしたのだ――勝手にスイッチを押して、その混乱のうちに逃げ出したのだから、戻ったところで嫌な顔をされるだけでは済まないだろう。


「たかざ――」


 意見を求めようとした灯篭は、視界の隅に、白いローブの男をとらえた。

 先に気付かれていたようである。

 既に地を蹴った白いローブの男は、腕を振り上げて攻撃の姿勢に移っていた。


 この場合、灯篭がすることは一つだった。

 自分の身だけを守ること――。

 ずっと高崎たかざきに言われ続けてきたことである。


『何かがあった時、自分を守ることができるのは自分だけです。お分かりですか、ぼっちゃま』


 使用人兼ボディガードである高崎が言っていい言葉ではないようだが、灯篭は納得している。

 高崎の目は全方位を見ることができるわけではないからだ。

 灯篭が見ていない方向を見るようにしている高崎は、つまり灯篭の視界外からの攻撃は上手く逸らすことができる。

 灯篭の視界からやってくる攻撃は、灯篭自身でなんとかするしかない。

 それでも、灯篭が体を動かせば――何か異変が起きていることには気づくのだ。


 すぐさま視界を移した高崎は、襲いかかってくる脅威と灯篭の間に滑り込み、懐から抜いた拳銃を発砲した。

 一秒にも満たないような素早い動きだったが、弾丸はローブに弾かれ霧散する。


 外れた――。


 高崎は振り下ろされる腕をいなし、もう一度発砲する。

 間近で弾丸が消える光景をみて、銃が効いていないことにやっと気がついた彼は、グリップで殴りにかかった。

 捨てるという行為――隙を与えてしまえば、灯篭の命がないと判断したのである。


 間違いではなかった。

 が、弾丸が効かない男に殴りかかってどうするというのだ。


「高崎!」

「ぼっちゃま、ここは私が」


 簡単に弾かれてしまい、一度距離を取った高崎は、近くで灯篭を守るという選択肢を捨てた。

 ここでこの男を止めておく必要があると思ったのだ。


 この男は――高崎は思い出す。


 灯篭が研究所に行くと言った日のことだ。

 対国砲アマタのことは、高崎も知らないことだった。

 しばらく勉強を必死にやっていたことを知っていた高崎は、彼の成長には必要なことかもしれないと、命令を受け入れたのだ。


 灯篭が慌てて飛び出てくる少し前、白いローブの男が研究所から出てきた。

 そいつだ。

 この男は、あの時にみた男だ。


「いけませんね、灯篭様。あなたが手を伸ばしていいものではありませんよ」

「ぼっちゃま!」


 言い返そうとした灯篭は、高崎の声に押されて走り出した。

 欠片を渡してはいけない――灯篭は確信した。

 これを集めることこそが、自分のしてしまったことを取り返すただ一つの道なのだ。


 高崎はここで銃を捨て、隙を作った。

 白竜はくりゅうは走り去る灯篭を舐めるように見つめ、あえて隙を作った高崎に見向きもしない。

 しかし、高崎がそうしていなければ、白竜は灯篭を襲っていただろう。

 高崎の能力を知らないからだ。

 ただの使用人とはいえ、王族を守る彼が、ただの人間である可能性は低い。


 顔に見せない警戒だったが、高崎はその警戒に救われたのだった。

 高崎はただの人間だ。

 魔法士でもなく、魔法使いでもなく、もちろん魔女でもない。

 王になることが決まっている灯篭の弟と違い、出来損ないの灯篭にまともな護衛がつけられるはずなかったのだ。


 それでも、人間相手にならば負けなかっただろう。

 高崎には、それだけ多くの経験があったのだ。

 それでも、人間以外と争ったことはなかった。

 魔法の存在など知らなかった。しかし、もうその存在には触れている。


 藤堂高美とうどうたかみの持っていた欠片が、一瞬にして形を変えたのだ。


 石が爆発するような、その程度の変化なら、それは科学だと頑なに認めなかっただろう。

 ただ形を変えるわけでない――サケまで現れたのなれば、科学で説明できるはずがない。

 現実ばかりを見る高崎でも、これには科学とは別の世界があると信じざるを得なかった。


 だから、高崎も警戒する。


 目の前のその男が、何をしてくるのかがわからない。

 腕を振り下ろしてきた――確かにそうだ。

 それは彼の攻撃だった。

 しかし、高崎がいなしたその腕は、あまりに軽かった。

 とても、痛みを与えられるような重みはなかったのだ。


 風が強く吹いて、高崎は一瞬気が緩んだ。

 その緩みか、体を直接・・風が撫でるという異変に遅れて気がつく。

 見るまでもない。

 肩のあたりの服が破れている。

 いなした腕の肩だ。

 もしかしたら、男の手のひらが触れてしまったのかもしれないと高崎は仮定する。


 服は刃物で切られたような破れ方ではない。

 男の手に刃物があれば、例え破れ方が違っても納得がいく。

 やはり、この男は普通ではなかったのだ。


 高崎は、安心した。


 自分でよかったと思ったのだろう。

 この男の前に立つのが、灯篭だったのならば、間違いなく死んでしまう。

 自分と同じ道を歩んでしまう。


 灯篭が王になれないことは、ずっと昔からわかっていたことだった。

 彼に護衛は必要ないと言われても、使用人は必要ないと言われても、高崎だけは離れなかった。

 高崎と同じ考えを持つものがほんの少しだけ集まり、灯篭はなんとか王家に残ることができていたのだ。


 高崎はここにきて、共にサケを飲まなかったことを後悔したのだった。


 灯篭はいずれ王家を追い出されるだろう。

 その時のために、平民と違うところを減らす必要があった。

 王家にいただけ――そう思えるようにするために、高崎は厳しくしてきたのだ。

 その時が来れば、共についていく覚悟はしていたが、もうその覚悟は別の覚悟へと変わっている。


 命を捨ててでも――。


「まさかっ!」


 ところが、白竜は高崎の覚悟を嘲笑うかのように姿を消す。

 元から、高崎のことなどどうでもいいのだ。

 勿論、灯篭のこともだが、高崎は灯篭が狙われているとばかり思っている。


 白竜が気にしているものは、灯篭が持っている《太陽の欠片》だけなのである。

 高崎はすぐさま、灯篭の後を追うために身を翻した。


「いけませんね」

「ぐ」


 それでも、どうでもいい人間を殺さない男ではなかった。

 白竜は一歩も動かず、ずっとそこにいたのだ。


「敵を前に背を向けるとは、使用人失格ではありませんか」


 倒れた高崎は、空気を探していた。

 どこにあるのか、そこにあるのだ。

 どれだけ飲み込んでも、収まる場所もなく流されていく。

 満たされない空腹のような感情は、苦しみだけを生み続ける。


 体に穴が空いているようだと高崎は思った。

 その穴から、何もかもが流れていくのだ。


 その通りである。

 彼にできた空洞からは、押し寄せるように臓器が溢れ、アスファルトに流れていった。

 苦しむ様子をしばらく眺めていた白竜は、泡立つ血を踏んで灯篭の走り去った方へ歩き出す。


 まだ意識が辛うじて残っている高崎は、その姿を眺めていた。

 妙な感覚だが、全身に力が入ってしまい、その力を抜く方法がわからないのだ。

 見開いた目がそのままで、力は有り余っているのに、瞬きをすることはできない。


 高崎の目から流れる涙は、眼球の乾燥によるものだ。

 悔しいとも、悲しいとも、高崎はもう感じることはできないだろう。


 それでも、彼は泣いている。


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