鱈腹の語り場 ②
二木灯篭は、その立場もあって、酒を手に持つことは多かった。
未成年とはいえ、飲んでいい酒もあるのだ。
王族には様々な儀式が存在し、中には身を清めるためにと酒を浴び、飲むことがあるのである。
ところが、彼の専属使用人である高崎はそれを許さなかった。
本来なら、灯篭がすると言えば断ることができない立場であるはずなのだが、酒を飲むということだけに関しては、頑なに拒み続けるのだ。
それでも灯篭が飲もうとすれば、目を瞑ったのかもしれないが、高崎のことを信頼している灯篭はそんなことをしようとはしない。
彼がしてほしくないと思うのであれば、それが正しいとするのが、灯篭だったのだ。
「ああ、くそっ。底に石はあるが、どれだけ傾けても底からは動かないぞ」
樽をコロコロと動かした灯篭は、諦めて樽を置いた。
どういう原理なのか――説明はできなくとも、灯篭は見たものを疑問に思ったりはしない。
起きたことは起きたことなのだ。
石になんらかの力があることは薄々分かっている。
つい先日起きたコンビニエンスストアの事件映像には、白いローブの男《白竜》が映っていた。
店員の持っていた石を強引に奪っていったのである。
その石が何なのかを、灯篭は知っている。
自らが原因なのだから。
砕けた太陽の欠片――。
白竜が人を殺してでも奪い取る石には、灯篭の前で様々なことをしてみせた万能のような男でさえ欲しがる何かがあるのである。
堪らずハンバーガーを買いに来たところで、近くに欠片が落ちていく様子が確認できた灯篭は、店に入るまでにその場所へ駆けつけたのだった。
普段の灯篭なら考えられない行動である。
高崎に注文を任せることもなく「ついてこい!」と走り出したのだ。
そこには、逞しく太った男がいたのだった。
親近感が湧かなくもない。
灯篭と高崎の行動を離れず観察している藤堂は、灯篭がただの太った少年ではないと気がつき、おとなしく待っているのだ。
逃げ出したい欲求に襲われながら、ここで逃げ出してしまえば、悪いことをしてしまったので逃げ出すという光景にしか見えない。
悪いことをしてないとはっきりした態度でいれば、きっと慈悲深い対応を――。
藤堂は、死刑を待つ気分だった。
「高崎、この間セットについてきたやつがなかったか」
「すぐに」
高崎は車からガラスコップを二つ持ってきた。
ハンバーガーショップのロゴが彫られている記念品のようなものである。
「名は?」
藤堂は突然の問いかけに慌てて返事をする。
「よし、藤堂。酒は好きか」
「ま、まあ、それなりに……ですが」
会社の上司と話すのとは訳が違う。
何か失敗すれば首を飛ばされてしまう気がしたのだ。
灯篭の笑みのすぐ後ろにある、高崎という男の無表情が恐ろしくて仕方がないのである。
藤堂よりもいくつも年上に見えながら、体つきは引き締まっていて、憧れてしまうほどの体だ。
痩せて筋肉をつけたとしても、その姿にはなれないとわかっていても、藤堂にダイエットを目指させるには、十分すぎるものだった。
「高崎、おれも」
「いけません」
「えぇ……」
いくら飲まないとはいっても、憧れがないわけではない。
今回ばかりは許しが出るかもしれないと言ってみた灯篭だったが、案の定の返事に肩を落とした。
ということは、高崎の持っている二つのコップは、高崎と藤堂のものだということになる。
樽はとても小さなものだ。
とはいっても、一升で済む量ではあるまい。
二人で飲むとしても、飲みきるには苦労するだろう。
「空にする必要はないだろう。ある程度量さえ減れば、取れるはずだ」
樽を何度か叩いた灯篭は、重機でも壊れそうにない強度に気づいていた。
逆さにしても石は底に張り付いたまま――卑怯な手は使えないということである。
中身さえ飲めば、簡単に取れるはずだと考えたのだった。




