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太陽の魔女  作者: 重山ローマ
第一章 太陽の欠片編
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届かぬ先で ②

 

「どうも店長」

「どうもじゃない。おはようございますだ」


 毎日休みなく店に入る店長は、さすがの雑人間田中でも尊敬している。

 異常なまでのブラック出勤を尊敬していいのかどうかはともかく――平気で毎日いるのだから、毎日元気なのだなあと田中は感心するのだ。


「おみやげです」


 ちょん、とカウンターに石を置いた田中は、勢いよく頭を叩かれた。

 日に日に鋭くなる店長の叩きは、一瞬何をされたのかわからなくなるほど、痛みがない。

 音だけだ。


「ああ、もう。ついに石まで持って来やがったか。さっさと捨ててこい」

「いや、でもこれあったかいんです。ほら、あったか〜い」


 店長の頬に当てようと手を伸ばしたが、もう一度頭を叩かれておとなしく田中は諦めた。

 しかし、もう一度カウンターに石を置かれて、店長はため息混じりに受け取る。

 こうでもしないと、田中はいつまでたっても用意をしないのだ。

 五年もの時間は、確実に店長の頭をおかしくしてしまっていることは間違いない。


 服を着替えようと動いた田中は、自動ドアの前で立っている男に気がついた。

 まさか、自動ドアの開け方を知らないはずがない。

 歩けば開くのだから。


 その場所に立っているのであれば、本来なら扉は開くはずである。

 ところがその様子はなく、白いローブは風に揺れている。


 変だ、と田中は思った。

 その妙な雰囲気に気づいたのは、店長も同じだったようだ。

 咄嗟にカラーボールを握ったのである。

 白いローブであるから、色ははっきりとつくだろう。


 それが、人間相手だったしても、自分に向かって近寄ってくる人間に、塗料をぶつけたところで意味はない。

 逃げる相手にこそ、ぶつけることに、目じるしを付けることに意味があるのだ。


 自動ドアは、粉々に弾き飛び、田中は驚いて商品棚にぶつかった。

 何が起きたのかがわからないまま、堂々と入ってくる白いローブを目で追う。


「太陽の欠片を、頂けますか」


 店長の手には石が握られたままである。

 カラーボールと石を両手に握っていると、気が動転してどちらも投げつけてしまいそうだ。


 店長も田中も、その白いローブが言っている物がわからない。

 何を必要としているのかがわからない。

 お金を出せと言われたらそうするし、タバコの銘柄を言われたら取りに行くし――『太陽の欠片』というものだけは、二人に聞き覚えがない物なのだ。

 この店にあるものではない。


 ゴトン。


 店長は白いローブの男が言っている物を理解したわけではない。

 しかしカウンターには、店長の握っていた石が転がっている――満足そうに、男はそれを拾い上げた。

 絡まる指を外してのことだったが。


「ひっ!」


 悲鳴をあげたのは、田中だけだった。

 腕を落とされた店長は、血を吹き出しながらも、何が起きたのかまだわからないようである。

 大事に握ったカラーボールは、大事に握られているだけで、犯人に突撃する気はさらさらない様子だ。


「協力に感謝を」


 カツカツと靴底の音が響いている。

 店内にはいつものように、陽気な音楽が流れているはずなのに、やっと事態に気がついた店長が怒号のような悲鳴をあげているはずなのに、その靴音だけが聞こえている。


 田中は白いローブの男のことなど忘れて、店長に駆け寄った。

 血が止まりそうにない。

 無理矢理でも血を止める必要があると、田中はレジ下に置いてあるビニール紐で肩下をきつく縛った。

 それでも血は止まりそうにない。

 毎日働いていても、店長の服装はいつも綺麗だった。

 それほど汚れている姿を見たのは、これが初めてだったのである。

 田中にはその姿こそ、店長の終わりを感じさせるものだったのだ。

 腕を切られていたとしても、彼なら無事だと思える。

 が、その服装だけは、赤の色だけは、とても安心できるものではなかった。


「いま救急車を呼びますから!」


 次第に店長は、声を失っていく。

 声を出すことに疲れたのだ。

 ずっと続いてきた連勤で、疲れ切ってしまったのだ。


 やっと休めるのではないだろうか。


 それは外から見た人間の感情だ。

 毎日働くことが生きることそのものだった彼から、それを奪うなんて――やはり店長はここで終わりなのかもしれないと田中は思った。


 どんなことがあってもほとんど感情が揺れない田中だが、これには表情を歪めてしまっても仕方がない。


 声も止まり、息もしていない。

 どうすればいいのだろう。

 どうすれば店長は助かるのだろう。


 やり方があったはずだ。


 田中はただ考える。

 止まらない血を眺めている。

 心臓マッサージか、人工呼吸か。

 どちらも田中は、やり方を知っている。

 けれど、体が言うことを聞かない。


 田中はただ見送るだけだ。

 彼女が持ってきた石が何だったのか、結局分からないまま――石を渡してしまったせいでこうなった店長を憂い、俯き後悔することしかできない。


 

 そこに救世主ヒーローの姿はない。

 二人は手を握ったまま、待ち続けるだけだ。

 救急車が来る頃にはもう、手遅れだろう。


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