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太陽の魔女  作者: 重山ローマ
第一章 太陽の欠片編
55/80

届かぬ先で ①

 

 その日、空を見上げなかった人は居ないだろう。


 太陽が散った――。

 だれもが、その光景をはっきりと記憶しているはずである。

 それは、何にも例えることのできない、誰もが息をのむ絶景だった。

 空から降ってくるなにかを、彼らは惚けた表情のまま、例え自分のもとに落ちてきていようとも、ずっと目で追い続けていた。


 田中も、その中の一人である。


 彼女ほど、将来を雑に考えている人間はいないだろう。

 好きなことをしたいわけでもなく、やりたくないことをしないわけでもなく、彼女がすることと言えばただ一つである。


 今日も田中は、そのためだけに遠回りをしてアルバイト先に向かっていた。

 コンビニエンスストアでのアルバイトは、多くの人間が考えるほど苦痛ではない。

 ホームセンターでのアルバイト経験がある田中には、客数の多さ以外に、困ることはほとんどなかったのである。

 重いものは持つ必要がなく、自慢げに専門知識を披露されることもない。


 彼女ほど、お客様を雑に扱う店員はいないだろう。

 口調はふざけているし、ほとんどの客が、彼女のことをいいように思わない。

 彼女の態度が原因で、田中の働くコンビニエンスストアには多くのクレームがくるのだ。

 その度、店長は電話越しに頭を下げることになる。


 不思議なことなのだが、この二人はそういう関係のまま、五年が経っている。


 本来なら、田中は真っ先に首を飛ばされる。

 アルバイトなのだから、店長は簡単にそういうことができるはずなのである。

 ところが、彼はそうすることなく、田中がやめようとすれば引き止めるくらいだった。


「店長。私、年上はちょっと」


 そんなことを田中は言ったことがある。


「勘違いすんな」


 即答だった。

 店長はただ世間のために、この異常生物を自由にしてしまうことが危険だと思っただけなのである。

 だから彼女を逃がそうとはしないし、彼女の尻拭いをすることが、次第に楽しくなってしまったのだ。


「あ、お笑い芸人になります。私」

「ほんとうか田中!?」


 適当なことを言っているだけである。

 田中は何も考えてはいない。

 ただ、有名人に似ている客が来た後、なんとなく思いつきで言ってみただけなのだ。

 有名になって、店長にレジをうたせてやると、どんな気持ちになるのか、ほんの少し興味がわいただけだったのだ。


 その日から、お笑いを夢見る少女として、田中はアルバイトを続けている。

 彼女はただいつも通りのことを言っているだけだが、店長はそれが面白いのかどうかをはっきり言うのだ。


 より二人の関係が深くなっただけである。

 田中が雑な人生を歩んでいることだけはずっと変わらないだろうが。


 田中は自動販売機を前にして、何か妙なことが起きていることに気がついた。

 ディスプレイが割れ、中身が転げている。

 警報とかが鳴るのだろうと、雑に考えていた田中は、その状態でも販売中ランプを呑気につけたままである自動販売機に驚いたのだった。


 よくよく見てみると、石をぶつけられたようである。


「ほうほう」


 自動販売機に苛立ちをぶつけるなんて、とても普通の人間ではあるまい。

 当たり付きの自販機が外れたところで、石を投げつける人がいるはずないだろう。

 そもそもあれは当たらないものだと田中は知っている。


 ポチ。


 と試しにボタンを押してみた田中だが、案の定反応がなかった。

 ボタンを押す前にお金を入れていたら食われていたかもしれない。

 田中は猛スピードの車が数センチ目の前で止まったような感覚を覚えた。

 田中は常に金欠なのである。


「ふむ」


 田中は何を思ったのか、自動販売機に突き刺さった石に手をかけた。

 深く刺さってしまい、簡単には抜けそうにない。

 素手で握るには痛みが伴うほど鋭く、まだ全盛期とまでは言わないにしても、夏のような暑さが残る今では、手袋を持ち歩くようなこともない。

 いくら変人である田中でも、そこまでの奇行はしないのだった。


 それでも、下着を晒すことを気にせず、シャツを脱ぐあたりは流石だったが。


 石をシャツで覆い、力を入れて引き抜くと、少しだけ傷んだ服を気にしながら、石をまじまじと見つめた。

 ほんのり暖かい気もするが『あたたか〜い』のところに刺さっていたのだから不思議ではないなと思う田中だった。


「ふむ」


 今日のネタはこれだと田中は歩く。

 すぐ後ろを歩く白いローブの男に気付かぬまま、田中はうきうきと出勤するのだった。


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