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太陽の魔女  作者: 重山ローマ
第一章 太陽の欠片編
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コヲトシの夢 ①

 

 その日、空を見上げなかった人は居ないだろう。


 太陽が散った――。


 だれもが、その光景をはっきりと記憶しているはずである。

 それは、何にも例えることのできない、誰もが息をのむ絶景だった。

 空から降ってくるなにかを、彼らは惚けた表情のまま、例え自分のもとに落ちてきていようとも、ずっと目で追い続けていた。


 学校帰りに友人と歩いていた智子ともこも、その中の一人である。


 キィキィと、許可なしに家を建てた家族は、親を待って声を上げている。

 腹が減ったのか、ただ暇だから歌っているのか、智子にはとても想像できない。

 まず、全く見ず知らずの他人の家の軒下に、家を作ろうなんて考えないのだ。


 正直なところ、智子はその《コヲトシ》という鳥を嫌っている。

 嫌悪している。

 そのふてぶてしさももちろんだが、何より名前の由来ともなっている種族の特異性が腹立たしいのである。


 おとなになっても二十センチメートルほどの大きさで、巣の大きさは体の大きさとほとんど変わらない。

 オスとメスで羽の色が違うため、見分けることは誰にでもできるはずである。

 オスは濃い橙色で、メスは白の水玉が混じる淡い緑色だ。

 こどもの間は黒一色なのだが、大きくなるうちに色が変わっていくのである。


 そして、コヲトシの特徴として忘れてはならないものがある。

 頭にある柔らかな毛玉だ。

 顔とほぼ同じ大きさの毛玉は、触るとふんわりしていて、卵をぶつけても割れないと言われている。

 その見た目は王族の王冠のようにも見えることから、『王鳥おうちょう』と呼ばれることもあるのだ。


 親は巣に居座ることがほとんどなく、巣に残るのはこどもだけである。

 こどもは親が餌を咥えて帰ってくるのを、ただキィキィと待つだけなので、巣を作られた家は迷惑を被ることになってしまう。


 撤去してしまいたいと思う智子だが、重要保護生物と国から認定されているおかげで、巣を破壊することができないのである。

 もし破壊してしまえば、罰金どころではない。下手をすれば牢屋行きである。


 そういうところも、やはり智子は嫌っているのである。

 国を恨んでも仕方があるまい。

 そうして許されていることを知らずに、その立場を思う存分に利用して、人間が巣に近づいてきたら襲ってくる。

 もちろん、巣にこもっているこどもはなにもできないが。

 おとなのコヲトシが戻ってきたら巣には近づかない――これは暗黙のルールなのであった。

 どれだけ痛い目を合わせられても、こちらから手を出すことはできないのである。


「……」


 そろそろ頃合いだと思っていたから、智子は見に来ていたのだった。

 親が戻ってきている間は、こどもはおとなしい。

 ほとんどの場合、コヲトシのつがいは、三匹のこどもを産む。

 卵から帰るまではおおよそ十二日。

 その間だけは、親鳥は交代しながら卵を温めることになる。


 キィ。


 と、親がいるのに一羽だけが声を上げた。

 きっと悲鳴だ。

 普段は声だけが聞こえるのだが、その悲鳴を上げたこども鳥と目が合う。


 背中を押しているのは親鳥だ。

 柔らかな王冠で、大事に育ててきたはずのこどもを一匹、突き落とすのである。


 飛び方も知らない。

 親に抵抗する方法も知らない。


 孵化から十五日ほどで親鳥は三羽の中から二羽を選ぶ。

 そして、選ばれなかったものは、巣から追い出されてしまうのだ。

 巣の下はほとんどの場合コンクリート。

 助かるはずがない。


 もう悲鳴はなかった。

 落ちたところが悪かったようである。

 そこには丁度尖った石が落ちていて、頭を抉ってしまっている。

 まだ僅かに息はあるだろう。

 けれど、助けはしない。

 保護生物とはなっているが、落とされたこどもは無視してもいい――そんな歪んだ決まりがあるのだ。


 コヲトシの親鳥は、孵化から二十日がたつ頃になると、それぞれ一羽ずつを背中に乗せて巣を飛び立つ。

 そして、餌が豊富な場所で、狩りの方法を教えていくのだ。


 つまり、育てられるのは、二羽なのである。

 仮に、落ちた鳥を助けて巣に戻したとしても、置いていかれるだけなのだ。

 餌を取る方法を誰にも教わらないまま、死んでいくのである。


 元々コヲトシは、オスとメス一羽ずつを育てる鳥だったらしい。

 昔はこどものコヲトシの羽の色も、オスとメスではっきり分かれていたようなのだ。

 そのため、オスとメスがそれぞれ同じタイミングで生まれるまで、巣から落とし続けていたそうである。

 いつからか、こどものうちは体毛が黒一色に変わり、コヲトシはオスとメス一羽ずつを育てる鳥ではなく、三羽を生み、より元気のある二羽を育てる鳥となった。

 昔のことを考えれば、少しは好感の持てる鳥になったというところか。


「智子、落ちたか」

「うん、落ちたよ」


 智子の父親が、ちりとりと箒をもってやってくる。

 そろそろ今日だからと、用意していたのだ。

 この光景を見るのは三回目だ。

 一度目の時も、二度目の時も、智子は落ちる瞬間を見てきた。

 そして、親鳥が巣を出て行く時を待つのだ。


 親が離れなければ、屍の処理ができないということもあるが、智子は親が去っていた後の巣の様子を見ることが、快感なのだ。

 その声を聞くことが、どうしようもなく、不快で不快で、たまらないのである。


 親鳥が巣を離れると、またこどもたちが歌い始める。


 楽しそうだ。


 家族を目の前で殺されても、それが親の犯行だったとしても、彼らは気にしない。

 自分たちじゃなくてよかったなんて考えてはいないだろう。

 次の食事からは、食べられる量が増えることくらいには、なんとなく感づいているかもしれない。


「お父さん、置いておこうよ」


 もう死んだ鳥を指差して、智子は言った。


「いや、でもなあ智子。お母さんに怒られるのはお父さんなんだぞ」

「お母さんには私が言うから。だから、いいよ」


 こめかみの辺りをぽりぽりと掻いて、智子の父親は納得したようだ。

 智子が言うことは大抵聞く父親である。

 娘思いというより、ただの親バカだ。


「あ」


 足元を何かが駆けていく。


 猫だ。


 石が突き刺さった屍を咥え、一瞬、二人のことを振り返る。

 お腹を壊さないのかだけは心配だったが、とりあえず、それで良かったと智子は思った。

 あのままにすることが自然だと思ったのである。

 猫が餌にすることも、自然なことに違いない。


 その日の夜は風が強かった。

 次の朝、智子は心配したつもりもなかったのだが、自然とコヲトシの巣を見にやってきたようだ。


 巣はコンクリートに叩きつけられ、屍が三つ、転がっている。


「待って」


 一つは咥えられていた。

 この巣にいた鳥は、全て死亡したのである。

 いや、その光景を見る限り、殺されたと見るのが正しい。


 キィ。


 その大きさの生物が発する音ではない。

 智子の腰までの大きさしかない。

 とはいえ、それは鳥としてはあまりに大きな体だ。


 片目は潰れ、鋭利な何かが飛び出している。

 羽は不自然に折れ曲がり、それが本来の姿だとはとても思えなかった。


 智子は思った。


「復讐にきたの?」



 キィ。


 返事と同時に、智子は逃げ出した。


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