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太陽の魔女  作者: 重山ローマ
第一章 太陽の欠片編
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アマタの咆哮

 

 何度目か分からない夢の中で、彼女はまた、僕に何かを訴えかけている。


「××××」


 分からないよ、と僕は答える。

 もちろん、僕の声も声になっていないのだ。

 ただ口が動いているというだけで、お互いに言葉は通じない。


 これは夢なのだ。


 だから、もし言葉が通じたのだとしても、僕が望んで見ている光景に違いない。

 僕の声に、そう答えてほしいという願望を叶えてくれるだけだ。


 けれど、この夢はそうはならなかった。

 彼女の声を求めているのに、僕からの声を届けたいのに、それが叶うことはない。

 必死な顔は懐かしくて、あの、二人で駆けた夜を思い出してしまう。


 いつもなら、そこで目が覚める。

 夢で彼女と出会ったことも忘れて、どうして涙を流しているのかも分からないまま、ジリジリと止まることのない目覚まし時計を止めに行くのだ。


「××け×」


 夢を見ている間だけ、そういえばこの間も同じことがあったと思い出す。


あおい


 突然、世界が移り変わる。

 頬を叩かれて目を開くと、同居しているお姉さんが、真剣な眼差しで僕の顔を覗いている。


「どうしたの、お姉さん」

「嫌な予感がする」


 その言葉を聞いて、僕は自ら頬を叩いた。

 寝ぼけている場合はない。


 あれから随分時間が経った。

 お姉さんの魔力は、ほとんど元に戻ったようである。

 彼女が言うには、無理をしすぎて容量が少なくなってしまったらしい。

 けれど、もともと強力な魔法を使わない彼女には、あまり影響はないようだ。


「わたしは行く。あなたはここにいて」


 出て行こうとする彼女を慌てて引き止めた。


「どこに行くのさ。何が起きるんだよ」

「わからない。けれど、きっと良くないことが起きようとしている」


 止めても止まらないのは薄々気づいていた。

 数ヶ月の間一緒に生活しただけだけれど、彼女の性格はほとんど理解している。

 自分がそうだと思えば譲らないのだ。

 僕が何を言っても、自分が正しいと思い込んでしまうのである。


「危ないことが起きようとしているのなら、お姉さんが行ったって、何もできないんじゃないですか」

「……」


 厳しいことを言っている自覚はある。

 けれど、もう止まらない彼女には、まずはっきり言うべきなのだ。


「僕も行くよ」

「だめ」

「僕も行く」


 彼女だけが自分の意思を通すのはずるいではないか。

 僕だって、たまには好きにさせてくれたっていいはずなのである。


「僕はこの数ヶ月でお姉さんから教わった魔法の知識がある。もう僕には敵わないって、自分で言っていたじゃないですか」

「う……」


 数ヶ月、ただのんびり暮らしていたわけじゃない。

 何もすることがない僕たちは、お姉さんの魔法力を回復する合間に、僕の使える魔法を鍛えてきた。

 以前のような、ただ爪を伸ばすだけの戦いなんてしない。


「体をひとつ置いていって。それなら、ついてきてもいい」

「よし」


 二つだけだった分岐も、今では三つまで可能になった。

 ここに一つ選択を置いていったとしても、戦闘になってしまったとして問題はない。


 外出用の服に着替えると、玄関で待つお姉さんと合流し街にでた。

 どこに向かうのかまだ教えられていない。


 何かが起きるかもしれないというお姉さんの予感は、この街の光景からでは想像できないものだ。

 信号を渡る人波の中に紛れて、どこにでもいる人間のように僕たちは歩いていく。


「車を拾う」


 歩いて行ける距離ではないとわかったらしい。

 お姉さんの魔法《透視》だ。

 遠くを見るだけでなく、その場にいる人間の心まで観ることができる。


 すごい魔法だなんて、感心している場合ではない。


 観測できたのだ。

 お姉さんは敵の存在を見つけたのである。

 これから本当に、何かが起きてしまうということだ。


 何が起きてしまうのだろう。

 お姉さんはまだ何も教えてくれない。

 もしかしたら、彼女にもまだ、何が起きるのかまでは分からないのかもしれない。


「開けなさい」


 信号待ちをしている車の窓を叩き、彼女は命令した。

 一瞬怪訝な表情を浮かべた運転手は、お姉さんを見て途端に態度を変える。

 きっと僕も、あんな状態にさせられていたのだろう。

 自覚もないまま、見事に洗脳されてしまう。


 いつも買い物の帰りになると、歩くのは疲れると言って勝手にこんなことをする。

 タクシーではお金がかかるので、一般人をうまく利用しているのである。

 タクシーの運転手を洗脳しないのは、征服感がないからだと言っていた。

 どこまで本気なのかは分からないが、いつ通るかわからないタクシーよりも、よっぽど捕まえやすいのは確かである。








「あれ?」


 車に乗り込んだはずだった。


 見慣れた光景に困惑する。

 当然、ここにはぼくがいたのだから、何もおかしなことなんてないはずなのである。


「収束したのか……!?」


 体に痛みはない。

 死んでしまえば、一方に強制的に収束することは、すでに経験済みだ。

 けれど、死の経験はそのまま残るはずなのだ。

 痛みがないまま、こうして一つに戻ることなんてないはずなのだ。


 一足しかない靴を後悔しながら、スリッパでアスファルトを蹴る。

 しばらくして、街からサイレンの音が聞こえてきた。


「……」


 ついさっき見たはずの乗用車は、もう元の姿を思い出せないほど歪んでいた。

 何が起きたのかわからないのは僕だけじゃないらしい。

 近くには大勢人が集まっているが、なぜこんなことが起きたのか分からないのだ。


 街中の、ビルが建ち並ぶこんな場所で、岩石に押しつぶされた乗用車の姿など――。


 先手を打たれたのだとすぐに理解した。

 車で移動する必要があるほどの距離から、僕たちがいたあの場所に、ピンポイントで岩石を?


 魔法だけでそんなことが可能かどうかは僕にはわからないけれど、実際に起きたことだ。

 僕は死に、きっとお姉さんもあの岩石の下敷きだ。


「あ」


 誰かの声だった。

 その声につられて、その光景を不思議がる声が雪崩のように押し寄せる。


 空を一閃――。


 何かが走っていく。

 どこに向かうのだ。



『たすけて』



 どうして今になって、今にならないと、その言葉がわからなかったのだ。

 あんなにも、彼女は僕に助けを求めていたのに、僕は――。


 時間にして、おおよそ五分。


 それは空を見上げるにはあまりに長い時間だった。

 けれど、誰もその長さを苦だとは思わなかったのだ。

 神秘的にも思える空を走る光線は、ミサイルだとか、飛行機だとか人々の声を無視して進んで行く。

 行く先に真っ先に気づいたのは、もちろん僕だった。


 世界が割れる音だ。


 明るく世界を照らしていた太陽は、ほんの一瞬、一際大きな光を発して爆発した。

 砕けた光が花火のように散っていく。




 その日、空を見上げなかった人は居ないだろう。


 太陽が散った――。


 だれもが、その光景をはっきりと記憶しているはずである。

 それは、何にも例えることのできない、誰もが息をのむ絶景だった。


 空から降ってくるなにかを、彼らは惚けた表情のまま、例え自分のもとに落ちてきていようとも、ずっと目で追い続けていた。


新章より、夜のみの更新となります

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