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太陽の魔女  作者: 重山ローマ
プロローグ 太陽の魔女
44/80

熱き思いを ⑤

50


 どうして彼女は謝るのだろうか。


 まだ目が、目として機能していないおかげで、何が起きているのかわからない。

 体の再生はほとんど終わったようで、痛み自体はもうないけれど、まだしばらくの間、体を動かすことはできないようだ。


 やっと視界が戻ってきたと、僕は声が聞こえた方へ手をもう一度伸ばしたけれど、そこにあさひの姿はなかった。


 結晶化した赤の髪。

 それ以外はまだあさひだったけれど、でも僕には、それがあさひだとは思えなかったのだ。


「これから私は死ぬわ」


 僕は何も言えなかった。

 彼女が何を言っているのか、わからなかったのだ。


「これから私は死んで、そうしたらきっと、これだけ寒い夏も、もうこないと思う」


 夏が帰ってくる。

 防寒着がない僕には、ありがたい話だけれど。


「僕を置いていくのか」


 半日も一緒にいなかったのに、僕はもっと長い間、彼女と一緒にいたような感覚だった。

 だけど、彼女は僕を置いて、僕の手を掴むことはなく、どこかへ行ってしまう。


 死ぬのだ。


 死に行く姿を、僕は何度も見てきた。

 それを見ることで、僕は何度も確認するのだ。

 こうなりたくはないな、と。

 死にたくないな、と。


 信じたくはなかったけれど、彼女の言う死は偽物ではなかった。

 本当に彼女はこれから死んでしまうのだろう。

 少しずつ起きている彼女の体の異変は、何も知らない僕でも、それが死につながると想像できてしまうから。


 僕は死んだ虫をよく見ていた。

 死ぬまでもじっくりと見て、それよりも長い間、屍を眺めていた。

 いまこいつはどこにいるのだろうか、と。


 もし天国のような場所があるのなら、僕は死ぬことが怖くなんてなかったのだと思う。

 生まれ変わったりとか、そんなことがあるのなら、僕は怖がったりなんか――。


 でも、きっと死んだらそこまでなのだ。

 体だけを残して、そこを立ち去るのだ。


「もう止めてね。作ったって、あなたの願いは叶わない」


 わかっていたことだ。

 だから、この体を失う前に、何にも負けることのない、絶対に壊れない体を作り、その中で生きていこうなんて――そんなことできるはずがなかったのだ。 

 もし本当に完成したとしても、僕はどうせ勇気が出ず、自分から意識を移そうなんてできなかったはずだ。

 もし失敗したら、死んでしまうだろうから。

 生の肉体から離れ、そのまま消えてしまうだろうから。


 僕はずっと、そんなこと知っているはずだった。

 ずっと、知っているのに目をそらしてきた。

 臆病だったから、僕はそうやって生きてきた。


「怖くないのか」

「怖いよ」


 僕だけじゃなかったのだ。

 死にたくない人間なんて、そこら中にいる。

 これから死のうとしているあさひだって、きっと死にたくはないのだ。


 だったら。


 だったら、死ななくたっていいじゃないか。


「でも、木葉くんがいるから」

「僕がいるから、君は死ぬのか?」

「うん」


 やっと治り切った体で、僕はアスファルトを蹴った。


「あさひ!」

 

 もう人としての原型を留めていない結晶体に、血に汚れた白の手を伸ばす。


『来ないで』


 ああ、もう僕は、彼女に触れることもないまま。


『私のこと、忘れないでね』


 その言葉に強制力なんて何もなかったのに、僕は足を止めた。


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