熱き思いを ⑤
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どうして彼女は謝るのだろうか。
まだ目が、目として機能していないおかげで、何が起きているのかわからない。
体の再生はほとんど終わったようで、痛み自体はもうないけれど、まだしばらくの間、体を動かすことはできないようだ。
やっと視界が戻ってきたと、僕は声が聞こえた方へ手をもう一度伸ばしたけれど、そこにあさひの姿はなかった。
結晶化した赤の髪。
それ以外はまだあさひだったけれど、でも僕には、それがあさひだとは思えなかったのだ。
「これから私は死ぬわ」
僕は何も言えなかった。
彼女が何を言っているのか、わからなかったのだ。
「これから私は死んで、そうしたらきっと、これだけ寒い夏も、もうこないと思う」
夏が帰ってくる。
防寒着がない僕には、ありがたい話だけれど。
「僕を置いていくのか」
半日も一緒にいなかったのに、僕はもっと長い間、彼女と一緒にいたような感覚だった。
だけど、彼女は僕を置いて、僕の手を掴むことはなく、どこかへ行ってしまう。
死ぬのだ。
死に行く姿を、僕は何度も見てきた。
それを見ることで、僕は何度も確認するのだ。
こうなりたくはないな、と。
死にたくないな、と。
信じたくはなかったけれど、彼女の言う死は偽物ではなかった。
本当に彼女はこれから死んでしまうのだろう。
少しずつ起きている彼女の体の異変は、何も知らない僕でも、それが死につながると想像できてしまうから。
僕は死んだ虫をよく見ていた。
死ぬまでもじっくりと見て、それよりも長い間、屍を眺めていた。
いまこいつはどこにいるのだろうか、と。
もし天国のような場所があるのなら、僕は死ぬことが怖くなんてなかったのだと思う。
生まれ変わったりとか、そんなことがあるのなら、僕は怖がったりなんか――。
でも、きっと死んだらそこまでなのだ。
体だけを残して、そこを立ち去るのだ。
「もう止めてね。作ったって、あなたの願いは叶わない」
わかっていたことだ。
だから、この体を失う前に、何にも負けることのない、絶対に壊れない体を作り、その中で生きていこうなんて――そんなことできるはずがなかったのだ。
もし本当に完成したとしても、僕はどうせ勇気が出ず、自分から意識を移そうなんてできなかったはずだ。
もし失敗したら、死んでしまうだろうから。
生の肉体から離れ、そのまま消えてしまうだろうから。
僕はずっと、そんなこと知っているはずだった。
ずっと、知っているのに目をそらしてきた。
臆病だったから、僕はそうやって生きてきた。
「怖くないのか」
「怖いよ」
僕だけじゃなかったのだ。
死にたくない人間なんて、そこら中にいる。
これから死のうとしているあさひだって、きっと死にたくはないのだ。
だったら。
だったら、死ななくたっていいじゃないか。
「でも、木葉くんがいるから」
「僕がいるから、君は死ぬのか?」
「うん」
やっと治り切った体で、僕はアスファルトを蹴った。
「あさひ!」
もう人としての原型を留めていない結晶体に、血に汚れた白の手を伸ばす。
『来ないで』
ああ、もう僕は、彼女に触れることもないまま。
『私のこと、忘れないでね』
その言葉に強制力なんて何もなかったのに、僕は足を止めた。




