熱き思いを ③
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硬化した爪を突き出すとすれすれで躱されることを繰り返していれば、すぐに反撃が来ることは予想できていたことだ。
突き出すと同時に光を発する装飾品は、僕に避けを選択する隙を与えてはくれず、衝撃に弾き飛ばされ雪道を転がった。
ブツリと、まるでスイッチが切られたように意識が途切れる。
「うぅ」
切り替えていかなければ――。
死んだ感覚は、無事だった体に戻ってくる。
爪をもう一度変化させる。
武器を持たない僕には、こうすることでしか戦う術がないのだ。
火を出すことも、光をだすこともできないから、こうするしかない。
殺されるたびに反響する心の声が、自分の肉体を抉るような痛みを生んでいる。
《死にたくない》という僕の存在そのものが、僕の行動全てを否定している。
「うぅ」
僕が今しなくてはいけないことは、存在の完全否定だ。
《死んでも構わない》と自分を騙すことだ。
「泣いているのね」
「え?」
視界が不明瞭だった。
僕はやはり臆病なのだ。
わかっていても、それがどうしてもやらなくてはならないことだったとしても、怖くて、恐ろしくて――。
「わたしがこれまでどれだけ泣いてきたと思う?」
「知らない」
僕が彼女を認識したのは、今日が初めてなのだから。
彼女のことなんて何も知らない。
「それまでは大事な一人娘だったのに、突然に家畜にも劣る扱いを受けたわたしの気持ちがわかる?」
「知らない」
そんなこと興味もない。
「娘をお願いしますって、別れ際に母に言われたわたしの気持ちが――」
鼻を啜る音がした。
確かに、彼女は苦しい人生だったのだろう。
その恨みが、妹であるあさひに向かってしまったことも、もしかしたら彼女を苦しめているのかもしれないけれど、そんなのはただ身勝手なだけだ。だから。
「悲しみをあさひに押し付けるなよ」
泣くことはやめることにした。
「なにを――」
「お前がどれだけ泣こうが、どれだけ悲しもうが、あさひには関係ないだろ。あさひに向けないでくれ」
泣いてしまっているあさひを、守らなくちゃいけないのだから。
僕は何度だって死んでやる。
何度死んだって構わない。
例え僕の心が砕けても、なにも感じることができなくなっても、あさひを生かすことができるのなら、それだけで僕は、救われるような気がしたのだ。
『黙りなさい!』
激しい強制力を感じ、僕は話すことをやめた。
魔女の命令は絶対だと、光ちゃんは言っていたけれど、この強制力は確かに、言っていたこと自体は間違いではなかったのだと理解した。
いや、違う。
これは命令なんかではない。
黙らなければならないと、洗脳されてしまっているのだ。
これ以上何か話すことなんてなかったから、関係のない話だけれど。
僕がこれからすることは、あさひの姉である彼女を止めることだ。
いや、止めるなんて言ってられないだろう。
殺すつもりでなければ――何度も殺されているのだから、そのくらいはしたところで咎められまい。
『動くな』
硬直する体。
動かそうという意識すら芽生えずに、僕は静止した。




