熱き思いを ②
47
落ちていく二つの体を観ていた。
雪を舞い上げ弾む体は、ひとつの体を残して消えていく。
ぽっかりと空いた胸の穴からは一雫の血も溢れず、焦げ付いた服に残った小さな火が、少しずつ勢力を強め始めていた。
「木葉くん……?」
返事はない。
何も考えられないまま、私は体に歩み寄る。
息切れした姉の息遣いが、しんとした夜に溶け込んで、次第に気にならなくなっていく。
雪を踏むたび近づいてくる体は、ぴくりとも動かないまま、煙をあげて横たわっているだけだ。
「同時に死んだとすれば、分岐の結果が同じだったとすれば、そうなるのね。思った通り――っ!」
「まさか知らないわけじゃないだろ」
「そうだったわね。ええ、そうだった。天才が妙なことをしてしまったせいで、あなたのことはよくわらないことだらけだけれど。分岐だけが、あなたの魔法じゃあないのでした」
動かなかった体も、霞のように消えていく。
私は姉の背後で小さな刃を構えている彼の姿に気がついた。
いや、彼の持っているそれは、違う、持っているわけでもないのだ。
生えている。
よくよく見てみれば、それは爪が伸びただけのものだ。
彼は武器を持たないはずだったけれど、ここに来て彼は、自身の魔法の可能性を手繰り、たどり着いたようである。
「異常なまでの回復力。言い換えればそれは、細胞の活性化。満山光とは違う方向に尖った、《身体強化の魔法》ね。まさか、死んでもなお、体を再生できるほどの魔力があるだなんて思わなかったわ。だというのに、わたしはあなたの魔力に気がつかなかった。妹も、気づかなかった。それほどにまで強力過ぎる魔法を持ち合わせているというのに気づけなかった」
そう、私も知らなかったのだ。
あまりに強い彼の生存願望のせいで眩んでしまったのか、彼には僅かにに魔力を感じることはできるけれど、それは何もできない人間と差はなかったのだ。
だから、二人揃って気づかなかったのかもしれない。
しかし、彼は魔法が使える。
彼ほどの自己回復魔法は、私にもできないレベルである。
死すら否定できるほどの異常回復。
魔女を超える魔法を使うための魔力を内包しているはずなのだ。
「じっくり見なければ気づかない。あなたの外観に人間の皮は存在しない。全てが魔力によって補われた、魔力によって作られた皮でしかない。言ってしまえば、空木木葉と認識している、その感覚にこそ魔力が隠されていたのよ」
彼が怪我をすれば、それは魔力によって回復するだろう。
傷を癒すために増殖した彼の細胞は、本来の細胞とは構造が変わる。
魔法とは結果を作るものであり、そのほとんどに経過は存在しないのだ。
つまり、彼の怪我をした箇所は、姉の言う通り、人間の皮ではないということになる。
私と姉が彼から感じ取っていた魔力は、その、外側の擬似皮膚に構成された魔力だけだった。
外側の魔力を感じ取り、内側に隠されたものに気がつかなかったのだ。
いまになってこそ、私は彼の魔力量を知っていることに気がついた。
一度触れてしまったものだから、観てしまったものだから――。
それは泥のように彼の内側を埋め尽くしている。
観てしまったものすら飲みこもうとするあの泥のようなものこそが、彼の魔力の流れだったのだ。
「あさひ行けっ! 僕が時間を稼ぐから、君は行くんだ!」
私は言われた通りに、彼の思う通りに動こうとして、これからすることを思い出した。
数歩歩み、しかしすぐに彼を振り返る。
硬く成長させた爪を何度も突き出す彼と、それをなんとか避けている姉の姿と――。
確かに、いまの彼ならば、時間を作ることは可能だろう。
私は安全に逃げ出し、そして使命を果たすことができるだろう。
「大事なことをするんだろ! 僕は大丈夫だから、なんとかするから!」
守ってもらったあとに、私が何をするのか彼は知らないのだ。
「僕に、君を守らせてくれ!」
私がこれから死にに行くというのに、彼は知らないのだ。




