再会 ③
43
「どうして彼が私を襲ってきたのかが分からなかった」
白兎は私を邪魔しようと、殺そうとしていたけれど、彼にはきっと動機なんてものはなかったのだ。
月光の魔女から話を聞いた後、まるで操られるように私を襲いに来ていただけなのだ。
「どうして彼女が私を襲ってきたのかが分からなかった」
月光の魔女を名乗っていたブロンド髪の少女も、死にたいなんて欠片も思っていなかったのだろう。
死にたいという願望を理由に、私を襲ってきたのだとしたら、それはおかしなことばかりである。
死にたいという割に傷を治すだけではなく、殺してくれと頼むこともない。
「どうして彼が戻ってきたのか――」
全て。
「どうして私が、二年後という限界ギリギリまで使命を待ったのかが――」
そう、本当に世界を救うためだというならば、こんなに世界が凍えるまでに動くべきだったのだ。
それこそ二年前、もう異常気象が無視できない段階にまで来た時に動くべきだったのだ。
「全部、仕組んでいたのね。お姉ちゃん」
彼の頬を撫でて笑っている姉は、私の知っている姉ではなかった。
姉は私に勝てる魔法なんて何一つないはずだった。
私の苦手な魔法であったとしても、そもそもその魔法すら、姉はできなかったはずなのである。
「魔法の本、だれが書いたと思う?」
他の分野に比べ、明らかに情報量の少なかった二つの項目がある。
その二つだけは、あさひがうまくできない、苦手な魔法だ。
なにせその魔法は、魔法の存在だけを説明してあるだけで、その仕組みを説明しているだけで、魔法としての形は何一つ書いてはなかったのだ。
「洗脳と、透視」
なんとか透視だけは、感覚拡張や身体強化を応用してたどり着いたけれど、その精度はあまりに中途半端なものだった。
洗脳に関しては、なにがスイッチになるのかを知っているだけである。
「でしょうね」
「心の中を覗いて」
「気持ち悪い?」
気持ち悪い。
考えていることが全て筒抜けなのだ。
きっとこれまで私が考えてきたことも、これまでしてきたことも、彼女はずっと観てきたのだろう。
私は体質として人の心を覗くことができるけれど、姉の魔法は私の体質を簡単に超えてしまっている。
体質であり、それ以上を目指すことはない。
磨くことはできない。
魔法として、透視の延長として習得している姉とただの体質の私は、格が違う。
「お見事。さすが、わたしの妹。やっぱり、あなたは天才よ。生まれた時から、そうだったもの。すぐに、答えに辿り着くなんて、嫉妬しちゃう」
思ってもいないことを言う姉の表情は醜いものだった。
私はこれまで姉の顔というものをはっきりと認識したことがなかったのだと思った。
瞳の奥に隠れるようにしてある赤の光は、これまで私が知らなかったものだったから、きっと私はずっと、姉の顔を見ていなかったのだろう。
それは気のせいなんかではなく、ずっと見下してきたから、存在を感じていただけで見ようとはしていなかったから。
ずっと姉は、そんな顔で私を見てきたのかもしれない。
「ちゃんと説明して」
なにを考えたとしても、全て姉に伝わってしまうだろう。
ならば考えていても仕方がない。
動けないでいた木葉が、胸を押されて数歩後ずさった。
ふらついたような足取りは、まるで魂が抜けたようにも見え、しかし彼は踏ん張り、姉から距離を取る。
ただその脚は私に近づくこともなく、姉から離れたというだけで、まるで私も警戒されているようだった。
「どうして使命を果たさなかったのよ!」
彼が私の元に来なかったという複雑な感情が、私の声を荒げさせた。
「死にたくなかったのよ。だからやめたの」
あっさりと姉は言った。
それは当然だろうと、何も間違ったことじゃないと、彼女は言ったのだ。
「でも、私が太陽の魔女として使命を果さなかったら……お姉ちゃんは……」
例え魔女であったとしても、滅んでいく星の中で生きていくことはできないのだ。
「勘違いしないでほしいけれど、わたしが言っているのはそういうことじゃあないわよ。何も死ぬことが恐ろしいのではないから。勘違いしないで、絶対に」
私には、姉の言っていることがわからない。
言っていることが意味不明だ。
「見ず知らずの人間なんてもののために、使命を果たせですって? バカじゃないの。感謝もされないのに、わざわざ人生かけてまでやるだなんて、天秤が釣り合ってないわ。だからやめたの。だからこうしているの。何も間違っちゃあいないでしょう?」
そんなこと、言って欲しくはなかった。
それを言ってしまえば、これから私がしようとしていることは何になるのだろう。
自分を犠牲にして世界を救わなければいけないという使命を追ってきた私のこれまでの人生は、いったい何だったのだろう。
「生かされていることも知らずに、平気で、頭の悪いことばかりしている、あいつらを根絶やしにして、その後に、ゆっくり自決するわ。そのためにわたしは、二年待っていたのよ」
姉は語り始める。
空白の二年のことを。




