歩み寄る観察者 ⑥
38
湯船から出て髪ゴムを取った後、あさひはもう一度シャワーを浴びた。
やっと自由になった髪の毛は、湯の流れを追うように背中を這う。
それはきっと彼女の使命の時が近づいてきているからなのだろう――どれだけ温度を上げても冷たいままの湯は、彼女の体を結局強張らせるだけなのかもしれない。
もうひとつの水の流れは聞こえず、あさひはシャワーを止めて息を吸った。
彼女がタオルはいらないと言ったのは、それができるからである。
確かに魔力は消費するけれど、それは誤差にすぎない。
ほんの数分時間があれば回復する消費量だ。
缶を破壊したことと同様、それは魔法というには小規模すぎる魔力行使である。
全身の魔力を一時的に活性化させる――ただそれだけのことだ。
燃えるように一瞬だけ浮き上がった髪は、また背を這う頃には乾ききっていて、体には水滴ひとつ残っていない。
足の裏だけはまた濡れてしまうだろうけれど、それは彼から受け取ったタオルを使えば済む話である。
あさひは暖簾を潜ると、まだ熟睡のおばちゃんに目を止める。
まだ寝ているということは、彼はまだ出てきていないと思ったのだろう。
あさひは外に出てぼんやりと空を見上げる。
彼が出てくるまでそうして待つことにした。
真っ黒の雲が月を隠そうとしている。
また強く雪が降るかもしれないが、どれだけ待っても、空木木葉があさひに声をかけることはないだろう。
だって空木木葉は、彼女の側にいるのだから。