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太陽の魔女  作者: 重山ローマ
プロローグ 太陽の魔女
31/80

歩み寄る観察者 ⑤

36


 こんなことをしていていいのだろうか、と彼女が思うのも当然だった。

 月光の魔女は、三時間の間手を出さないとは言ったけれど、それはあくまで口約束でしかなく、なんらかの制約があるわけではない。

 こうして服を脱ぎ、魔具を何も身につけていない状態で襲われでもしたら、彼女は残された魔力を使うしかないのだろう。


 いつもの調子でタオルも持たずに中に入ったあさひは、シャワーを頭から浴びた。

 結局結んだままでは、雫がなんとか髪の間を通りはするけれど、決して気持ちのいいものではなかったようだ。


 なんだか不機嫌な様子で髪ゴムに手を伸ばしたけれど、しかし結局諦めて体を洗うことにしたようである。

 彼女は髪を結ぶといえば後ろでひとつにまとめるだけで、鏡で今の髪型を確認してみても、それがどのようにして結ばれているのかがわからなかったのだ。

 もし外してしまえば、また同じ髪型にはできない。


 たった二つのゴムで結んであるだけなので複雑でも何でもないのだけれど、彼女は空木木葉の言う《マナー》を気にしてしまったのだった。


 シャワーを浴びて手のひらで肌を撫でていたあさひは、二つ並んで置いてある容器に気がついた。

 シャワーを肩に浴びたまま硬直し、それが一体何なのか考えているようである。


 試しに手を伸ばしたあさひは、中に液体が入っていることに気がついたようだ。

 容器は白いプラスチック容器で、中身まではわからない。

 とりあえず蛇口と同じ要領で捻ってみたが、それはただのシャンプーボトル。

 押せば出るということを彼女は知らない。


 急に飽きたように元に戻したあさひは、結局手のひらで体を摩った。

 これまでそうしてきたのだから、わざわざ違うことをする必要はないだろう。


 シャワーの出る音がして振り返ったあさひは、恐ろしく広い風呂場の様子をやっと見渡した。

 どうやら仕切りの向こうに彼がいることに気がついたらしく、吹き抜けを見上げシャワーに打たれている。

 その仕切りの向こうで彼も同じように体を洗っていると想像したあさひはクスリと笑った。


 ずっと長い間、あさひの作った魔法の仕切りによって彼はあさひを認識できていなかったけれど、いまはお互いに何をしているのかがわかるのだ。

 彼女だけが知っている一方的なものではない。


 あさひは目を瞑って二つの流れを聞いた。

 少し弾力のある床を水が跳ね、雨とは違う雫の音が、すり減っていたあさひの心を落ち着かせる。

 しばらくただ冷たい湯に打たれていたあさひは、もうひとつの音が消えたことでゆっくりと目を開いた。

 目の前の鏡を一雫の水滴が走っていく。

 そこに笑顔はなかった。


 あと数時間のことだ。

 数時間後のことを考えてしまうと、せっかく落ち着いた心が途端におかしくなってしまう。


 これからしなくてはいけないことを彼に言ってしまえば、少しは楽になるのかもしれない。

 しかし、そんなことできるはずがないと、あさひは分かっている。


 これから彼女がすることは、彼の本能を裏切るようなものなのだから。



37


 空木木葉が暖簾を潜ると、先ほどまで寝ていたおばちゃんと目があった。

 置いてあったお金には気づいていたらしく「すまないね」と言って頭を下げたが、勝手に入った彼の方も悪いと思えたのか同じように頭を下げている。


「外で女の子が待っているよ」

「あ、そうですか。ありがとうございます」


 先に出た音はしなかったけれど、着替えている間に先を越されたのかもしれないと彼は思った。

 外は寒いのだから、長く待たせていたのであれば謝らなくてはならないだろう。


 外に出てみると、空を見上げて背を向けている少女に目が止まる。

 お風呂上がりのせいか、体を冷やさないために防寒着を身につけているようだ。

 彼もせっかく体が温まったのだから、同じように何かを羽織ればいいのだろうけれど、上に着られるものといえば、白兎に着せられた真っ白のローブだけだ。


 まさか洗脳されてもいないのにそんなものを着るわけにもいかず、もちろんきてしまった方が暖かいのだろうけれど我慢することにしたようだ。


「空木木葉くん」


 そう言って、彼女は振り返った。


「木葉でいいのに」


 なんだか急によそよそしくなったことに違和感はあったようだが、しかしその笑顔は彼女のものに違いない。

 混じり気のない黒の長髪は、暗闇のせいでそう見えているだけなのかもしれないが、まだしっとりと濡れている。


「乾かさなかったの?」

「そのうち乾くから」


 そういえばそんなことを言っていたと思い出したようで、彼は頷いた後カバンから地図を取り出した。

 これから向かう場所への道のりをもう一度確認するためだろう。


 彼女は急かすように彼の背中を押し、銭湯から離れていく。

 抵抗もしないまま押されていく彼は、静まりきった夜の世界の中へ飲み込まれていった。

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