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太陽の魔女  作者: 重山ローマ
プロローグ 太陽の魔女
19/80

空木木葉

23


 僕の母は過保護という言葉をそのまま形にしたような人だった。

 それは正常だとはとても思えず、親バカだとかそういった言葉では足りない。

 言ったばかりのことを言い換えてしまうが、過保護も超越したと言っても言い過ぎではないほど、異常な人だった。


 保育園に連れて行かれたけれど、それは友達を作るために仕方なくといった様子だった。

 自分の目から離れることを心底心配していたようだったが、社会からはみ出てしまうという危険性を無視できなかったのだろう。

 自分では守れない場所もあるとわかっていたらしく、自分の身を守るための経験の場として保育園に通わせることにしたのだと聞いたことがある。


 子供同士であれば、いくら大人の目があったとしても小さな傷は生まれてしまう。

 そうして絆創膏をつけて迎えに来た母に駆け寄ると、見なければいいのに、恐る恐る絆創膏を剥がし、保育園の門の前で人の目も気にせず悲鳴をぶつけられるのだった。


 少しでも傷を減らすために、どれだけ暑くても長袖長ズボンが決まりだった。

 通い始めて一週間は父の説得もありその程度でおさまっていたけれど、一週間で母の過保護は爆発し、真っ白な手袋をつけるように決められてしまう。

 マスクと目を守るためのメガネまで用意されたが、なんとかそれだけは父が阻止してくれた。

 僕はその時まだ、母のその過剰な行為に抵抗していたし、それが何か違うということに気がついていたのだろう。

 反対してくれる父がいたからこそ、それが反対されることのあるものなのだと察することができたのだ。


 小学校に入るまでに親が離婚したおかげで、すでに手袋が当たり前になってはいたけれど、母の独裁が進みマスクとメガネもつけることになった。

 目が悪くもないのにメガネをかけるということは子供たちの中ではおかしな話であり、母が心配する社会からはみ出てしまうということを自ら進んでやっているとは気がついてもいない。


 もちろん、僕にはなんとなくズレているかもしれないという思いはあったけれど、母がしなければならないというのならそういうものだと理解するのが子供である。

 高校生にまで成長した僕は、ズレを意識してメガネとマスクだけは外したけれど、手袋だけは外せないでいた。

 よく友人からは潔癖性なのかと言われるけれど、汚れることに関しては何も思わないし、手袋をつけているからこそ汚れに飛び込むことだってできるのだ。

 そのへんの学生よりよっぽど汚れに対して嫌悪感はない。


 門限はなかったが、ある程度の時間までに帰らないと母が癇癪を起こすので、自分でタイミングを決めて帰っていた。

 だいたい日が沈めば母は心配し始めて、その頃に帰っても癇癪まではいかないとして、ちょっぴり嫌味を言われてしまうのだ。


 だから日が沈む頃がだいたいの帰宅時間。

 嫌味を言われても気にはしないが、母を心配させたくないという潜在的な思いが、締め付けられるような痛みを生むのだ。

 それは幼い頃から、なにかあれば母が悲鳴をあげて悲しむと体に刻み込まれ続けた経験の結果である。


 何度も繰り返されたせいで、僕は母の感情に敏感になっていた。

 だから怪我をするわけにはいかなかったし、異常なほど安全確認をするようになったのである。

 それがまずはじまりだったことを忘れてはならない。

 そうして自分の体の安全だけを考えるうちに、自分の体の行く末にたどり着いたのだった。

 人間の終わりを、はっきりと意識したのだった。


 死にたくない。


 それは、僕の生きているたったひとつの理由なのだ。


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