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太陽の魔女  作者: 重山ローマ
プロローグ 太陽の魔女
17/80

覚悟 ②

21


 彼が分身にされていることは間違いないとして、あさひにどの分身が彼なのかを見破る方法はない。

 深く被られているフードを剥がしてしまうことだけが顔を知る唯一の方法だから、つまり彼女がこれからすることはそれだ。


 当然のことだが、その行為にはあまりもの大きなリスクが存在し、顔を確認するということは自ら見つかりに行くのと同じだ。

 見つかってしまうだけならこれまで通り逃げればいい――とはもう簡単に言えない。

 魔力をやはりこれ以上消費するわけにはいかないから、もし分身が本体を呼び出し、本体が想定以上に近くにいた場合に出くわしてしまえば、戦闘は避けられないだろう。

 一度目は目くらまし、二度目は彼を洗脳しているうちに逃げだせた。

 三度目になれば魔具だけで逃げ出すことは不可能だと考えたほうがいい。


 そしてもうひとつ、仮に戦闘にもならず彼を発見した場合、あさひに洗脳を解くことができるのかどうかという問題が残されていた。

 自分の魔法に自信があり過ぎるあさひは、自分になら簡単に解けるだろうと考えている。

 しかし、何度も言うように、彼女にこれ以上魔法を使う余裕はない。

 魔法を使わずに洗脳を解く必要があるのだ。


 あさひの所持している魔具に洗脳に対して役立ちそうなものはない。

 戦闘になった場合、一方的に攻撃することだけを考えていたあさひは、大まかに三種類の魔具を作っていた。


 得意な魔法である火を操る魔法を封じ込めた魔具。


 隙を作るための光の魔法を封じ込めた魔具。


 そして、最終手段として用意していた、僅かな魔力でも数倍に増幅させる強化の魔法を封じ込めた魔具。


 ほとんどが火の魔法を封じ込めた魔具だ。

 それだけでなんとでもなると考えていたから、彼女はバリエーションを増やそうとはしなかったのである。


「はやまったよねえ……」


 そしていま、彼女のバッグに詰まっている魔具はそのうちの二種類だけである。

 最終手段はすでに使った。

 五つ全て、あさひは使ってしまったのだ。


 やはりどう見積もっても、彼女に彼を洗脳から救う術はない。

 見捨てるべきだ。


 身を隠していたあさひは、かごバッグをしっかりと握り指輪の魔具を起動する。

 本来なら体から直接魔力を注ぐのだが、少しの魔力も使えない彼女にはそうすることしかできない。


 僅かな魔力にも反応する特殊な繊維で編み上げられたかごバッグ。

 数値でいえば一でいいところを、魔具をつかって百の魔力を放出し、かごバッグを武器にする。

 となると、彼女がすることといえばたったひとつ。


「ふっ!」


 完全に分身の視界から外れ、背後を取った時点であさひは走り出していた。

 雪を踏む音に気がつき振り向いたとしても、あさひの振り上げられたバッグはすでに顔の目の前だ。

 インパクトの瞬間、衝撃で浮いたフードの中を盗み見る。

 彼ではないことを確認してから、あさひは全力でバッグを振り抜いた。


「ふふふ、これが魔女の力よ!」


 もしそれが魔法少女のテレビアニメだとすれば許されない光景だった。


 倒したものが彼だったとしても、少なくとも彼は一撃殴られてしまうことになるとあさひは気がついていない。

 振り抜くか振り抜かないか――その差は大きいようでほとんどないようにも思えるが。


 あさひは殴り倒してから、自らの策の甘さに気がついた。

 倒したことは、白兎本体に伝わるのだろうかということだ。

 身を隠すよりそのことが気になってしまったあさひは、そもそもこの分身たちがどのようにして連絡を取っているのかを思い出した。


 彼らは足踏みをする。

 それはあさひたちを確認した全ての分身がしたことだ。

 声をだしたりはせず、その足踏みだけとなると、それが連絡になっているとすぐに理解することができた。

 分身はあくまで洗脳された人間だということを考えれば、連絡手段に魔法を使えるはずもない。

 白兎から分身への連絡はできても、その逆は成り立たないだろうとあさひは推測する。


 足踏みの振動で位置を把握しているとなると、分身が一人倒れたことには気がつくのだろうか。

 あさひは腕を組んで考えてみたけれど、答えにはたどり着けない。

 足踏みはあさひにもわかるほど大きな音が出ていたから本体にも届くとして、もし、どんなに離れていても小さな足音で分身の位置を把握しているとすれば、足がここで不自然に止まることは違和感として耳に届いてしまうのかもしれない。


 白いローブを奪い分身になりすますことを考えたが、それはあまりに無謀だとあさひは判断した。

 もし小さな足音で分身の位置を把握できるほどの耳を持っているとすれば、足音の違いなんてものもわかってしまうのかもしれないからだ。

 それはあくまで可能性であったが、あさひにはその可能性を捨てきることができない。

 魔法がいかに万能で恐ろしいものなのか、魔女である彼女が知らないはずないのである。


 仮定に仮定を重ねて、それが無駄なことであってもいいと考える余裕はあった。

 あさひは白兎の魔法が、想像以上のものだと仮定して動く。

 ここで倒した分身のことにはもう気づかれていると、仮定して動く。

 遠く離れなくてはいけない。

 どこで倒されたということが分かっているのであれば、その周辺に分身、そして本体が集まってくるだろう。


 しかし、彼女は分身を倒さなくてはならない。

 どれほどいるかもわからない分身をひとつひとつ確認しながら、倒さなくてはならない。

 ひとつひとつと倒していけば、自然とあさひの進んでいる方角がばれてしまうだろう。

 しかしだからといって、蛇行するように倒していっては時間がかかり、本体に時間を与えることになってしまう。

 進行方向がばれてでもただ直線に進むことが、あさひが逃げるための最善策だ。


「……あ、切れちゃった」


 柔らくなったバッグを握り直して、あさひは歩き始めた。

 逃げるためなら直線に進むけれど、やはり彼女は分身を倒し続け、彼を助けることが目標である。

 白兎本体に出くわす可能性がかなり高くなるけれど、それでもあさひは蛇行でもなく、円を描くように街を進軍する。

 すべての通りを通るように――すべての分身を倒すために。

 それはいずれ本体への遭遇を決定付けているようなものだ。


 残りおよそ七時間。

 それが、彼女に残された時間だ。


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