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第九章   夏休み(1)

 珪は上泉と二人で街のアーケード通りを歩いていた。午前中から相変わらず人通りは多い。アーケード内は日避けができ、お店の冷房が外に伝わるため少し涼しかった。しかしアーケードが途切れると、途端にまぶしい日差しと熱気で頭がぼうーっとしてくる。

 隣の上泉はあまり暑さは気にしていない様子で気持ちよさそうに歩いている。

「おまえ……、暑くないの?」

「このくらいなら全然。東北の夏は風が涼しくていいね」珪の問いに余裕の表情で返す。

 信号が青に変わり、広い横断歩道を渡る。向こうから人の波が押し寄せ、ぶつからないようにすり抜けながら、歩行者の顔を観察するのは忘れない。渡り終えると再びアーケードの日陰に入れる。

 昨日から、珪と上泉は朝から夕方までずっとこの町の駅前商店街を歩き回っていた。それはもちろん(かぎ)(とり)有我(ゆが)を探すためだった。

 二人は昼近くまで歩き、今日はハンバーガー屋で腰を落ち着けた。

 珪は店の中をざっと見渡す。やはり鉤鳥の姿はない。

 そりゃあいないよな、珪は思う。ここは東北でも有数の大都市だ。その駅前商店街にどれだけの人がいるだろう。その中からたった一人を探し出すなんて到底不可能に思えた。

 それでも――、と珪は思ってしまう。もしこれが善也や竜之介と一緒だったら、さぞ楽しかっただろうなと。

 思い切って聞き込みをしてもいいかもしれない。怪しい人物は尾行してみたり、見つからなくてもきっと楽しい夏休みになったに違いない。

 夏休みの宿題はすべて終わらせた。感想文も完成している。春休み思いっきり遊べなかったぶん、この夏は心置きなく遊ぶはずだったのだが――。

 隣のテーブルでは中学生の男子が四、五人集まって騒いでいる。それを珪はうらやましそうに見ていた。今回のことのために、善也たちの遊びの誘いは全て断っているのだ。陸前流(りくぜんりゅう)の地獄の特訓をやらされている、そう善也には伝えている。もし上泉といるところをクラスの誰かに見られたら、友情にヒビが入るかも……。そんなことも考えた。

 だが、もう覚悟を決めたこと。今さら後ろ向きに考えても仕方ない。

「珪君、あいつの顔は覚えてるんだよね?」不意に上泉が訊ねた。

「一応な。あまり特徴がないから顔ちょっと見るだけではすぐわからないかもしれないけど、歩き方に特徴あるから、全体でよく見ればわかると思う」

 それを聞いて上泉は大きくうなずく。

「前から思ってたけど、おまえこそどうなんだよ。事件のときに一度見ただけなんだろう。あいつの顔を見たとしてすぐにわかるのか?」

「わかるよ」即答だった。

「私は人の顔は一度見たら忘れないもの。みんなそうなんだと思ってたけど、個人差があるみたいだね」

 そういや転校してきたときも自分のこと一目で見抜いてたな。珪は始業式のことを思い出していた。あのときも、ひょっとしたらという風ではなく、確信を持って声をかけてきた。顔を一度見たら忘れないというのは本当なんだろう。

「これを見てよ」そう言って上泉は手提げカバンからファイルを取りだした。

「昨夜こっそり家から持ってきたの」

「何のファイルなんだ?」

 表には何も書いておらず、背表紙には三年前の日付が書かれただけだった。

「この顔、どう?」上泉の指が小さな四角い顔写真を指す。それは三年前の事件の記事のスクラップだった。

 ざっと読んだが地方紙にちょっと載るような小さな事件だったらしい。犯人は『鉤鳥有我(二十八歳)』と確かに書かれている。

「うん……、こいつだと思うけど、白黒でこんなに小さいんじゃなあ。三年前だし、髪型も違うし。あまりこのイメージで探さない方がいい気がする」

 写真では短髪だが、この前会ったときはもっと髪を伸ばしていた。

 そうかもね、と上泉は相槌を打った。店を出る間際に、上泉はその写真を持ってカウンターの店員に訊ねていたが、店員は苦笑いをするだけだった。

 まああの写真を見せられても困るだけだろう。上泉なりに勇気を出して訊いたようで、しょげた様子でこちらへ戻ってきた。

 午後もエリアを変えて捜索したが、まったく手がかりはつかめなかった。



 その後も数日同じように街の中を探した。やはり何も変わることはなかったのだが、

「珪君、明日は私は東京に行かなきゃいけなくて、明後日の朝には戻るけど、明日だけ休みにしよう」

 帰り際、そう唐突に言われた。

「東京には家も道場もあるんだろ。しばらくいればいいじゃないか」

「向こうにはいい思い出ないし、いいんだよ。ただ前にも言ったけど、鉤鳥を倒してくれた疋田(ひきた)さんがまだ裁判中で、会って安心させてあげたいの」

 一番悪い鉤鳥がもう自由の身になっているのに、取り押さえようとした人がいまだ不自由をしているのは変な話だと珪は思った。

「わかったよ。じゃあ明後日またな」

「一人は危険だからね。絶対に危ないことはしないでよ」

 おまえがいたからといって安全にはならないだろと思ったが、素直に明日は学校行って遊んでいると伝えた。



 そうは言ったものの、翌日も珪は街に出ていた。

 正直上泉といると妙に落ち着かなくて、人探しに集中できなかった。

 それに前に鉤鳥と会ったのは夏休み前の日曜日、今日はその一週間後の日曜日だった。曜日の生活サイクルがあるならば、今日は鉤鳥に遭遇する確率は高いはずだ。


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