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サクラソウ  作者: 納豆樹
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6.タイム


 この前の活動から、二日経った。今日は活動参加を予定している日。家から出、施設に向かう足取りは重かった。

 通いなれた道、見慣れた光景なのに緊張して違うもののように感じた。

 二階堂に会ったら、森本に会ったら、・・・相原さんに会ったら。なんて声をかけようか。あちらから話しかけられるのを待とうか、そんな事を思いながら、歩いていた。

 不幸か幸いか、施設に向かう道中に森本と相原さんの姿は無かった。

 施設に着き、着替えを済ませ、教室に入ると二階堂と目が合った。

「こんにちは。今日は一段と、暑いねぇ。」

 そんなありふれた台詞を言いながら、二階堂は笑った。その言葉もその笑みも、偽りのもの。二階堂が、今迄の人生で学んだ他人と上手く接する為の術。それでも・・・。

「おっす。いつも早いな~。」

悩んでいる事を感じさせない様、僕は明るく言った。

 二階堂には、この活動で色々世話になった。これからも僕は、仲良くしていきたいと思う。二階堂がどう思っていようと。

「まぁね。」

二階堂はまた笑う。そして、

「海原君は、優しいね。」

と呟いた。僕は、そのセリフの意味に気が付かないまま席に座った。


 授業が終わり、二階堂と共に更衣室に向かう。

 体育館に森本がいたりして、なんて思っていたが姿は見えなかった。今日は二人で休んだんだろうか?二人共、僕みたいに暇人ではないのだし・・・。


 着替えを終え、玄関に行こうと、静かな教室の前を歩く。

 保育園組の教室をちらっと覗いてみるが、誰もいなかった。

「・・・もしかして、あの子探しているのかな?」

 二階堂が、そわそわしている僕に言った。

「え?うん、まぁ・・・。」

 二階堂に・・・あの事相談してみようか。いや、でも二人にとって知られたくはない事だろう。相原さんもきっと、僕が知っているなんて思ってもいないはず。森本が話したかはわからないが。

 それにこれは、二階堂には関係無い事なのでは?二階堂も困ってしまうだろう。

 詳細は話さずに、悩んでる事だけを話すのは有りだろうか・・・。

「色々あったんだ。でも、力になりたくて。どうすればいいか、どう声をかければいいのかわからないけれど。・・・きっと僕はあの子の事、好きなんだろうな・・・。」

 僕がそう話し、二階堂を見るとキョトンとした顔をしていた。慌てて、僕は謝る。

「ご、ごめん。いきなり・・・。困るよね。それに、こんなおっさんが恋の話なんて・・・気持ち悪いよな。」

「ううん。僕では・・・君の力にはなれないけど。そのまま君の思い、あの子に伝えればいいんじゃないかなって思うよ。」

 いつもより優しい口調で二階堂が言った。二階堂なりに、僕の事思おうとしてくれているのだろうか。

「・・・うん。なかなか難しいけどね。」

僕は苦笑いをした。


その後も、森本と相原さんに会う事は無かった。避けられてるのかと思い、授業開始ギリギリに来て保育園組の教室を覗いてみたが、二人はおらず活動にもずっと参加していないみたいだった。

 もしかして、僕のせいで辞めてしまった・・・とか。もしそうなら、本当に申し訳無く思う。

 僕は凄い罪悪感に駆られた。


 何週間か過ぎた頃、バイト先の主任から正社員になる事を考えておいて欲しいと言われた。はい、と僕は返事をしたが、まだ迷いがあった。

 本当はとても喜ばしい事だし、この職場は皆いい人ばかりで仕事も楽しくて、苦手な事もやっていけそうな気がしていた。

 だが、相原さんに何も言わずいなくなるのは嫌だった。もう、活動には来ないのかもしれないが、何も思い残す事無く活動から卒業したいと考えていた。


 それからまた、たくさんの日が過ぎた。相原さんにはもう会う事は無いのか・・・と思い始めていた頃、調理実習があった。保育園組と合同だった。

 一緒に料理を作る班は決められていて、入口に貼ってあった紙に参加者の名前が分けて書いてあった。その紙を見ると、同じく参加していた二階堂とは違う班になってしまった。僕の名前は、班の一番上に書かれていて、下の同じ班の参加者名を見ると、見慣れた名前があった。

 相原さつきー。この名前、相原さんの事だよな・・・。下の名前、さつきっていうのか。最近ずっと会っていないけど、僕がいない日に活動に参加していたのかな。今日も参加するのだろうか?気まずいなぁ・・・。

 そう思いながら、他の参加者の名前も見た。相原さんの下には、守元和人と書かれていて僕の班には3人しかいなかった。

 この守元って・・・まさか。

 調理実習室に入ると、僕の班の机には相原さんと森本・・・守元がもう来ていた。守元は、僕の姿を見付けると以前と同じ様に睨み付けてきた。相原さんは、俯いていてどういう表情をしているかはわからなかった。

 やっぱり、気まずいなぁ・・・。なんて声をかけようか・・・。僕はドキドキしながら、二人の向かい側の席に座った。

「ひ・・・久しぶりだね・・・。」

勇気を振り絞り、無理矢理作った笑顔で二人に声をかけた。

 守元は「ふんっ」っと言わんばかりに、すぐそっぽを向いた。

「・・・・・・・・。」

 気まずい沈黙が続く。すると、相原さんが震えながらゆっくりと顔を上げた。僕と目が合うと、顔を真っ赤にして視線を逸らした。

 また、沈黙が続いた。相原さんも守元も、こっちを見ない様にしているのがわかった。僕の心は軽く傷付いた。

 これじゃあ、会話するの無理そうだな・・・。授業早く始まらないかな、始まったとしても上手くいきそうにないな、ばっくれようかななんて考えていると、相原さんが緊張した面持ちで口を開いた。

「え・・・えと、う、海原さん・・・。お、お久しぶりです・・・。」

 初めて会話した時と同様、声が震えていた。

「お、お久しぶり!!!」

 やっと話しかけてくれたと、喜びそうになるのを我慢して僕は返事をした。相原さんも僕がちゃんと返してくれたのが嬉しかったのか、恥ずかしそうに僕を見て、微笑んだ。

 良かった、避けられてたわけじゃなかったのか・・・。と心底ホッとした。

「名簿見たけど、相原さんの名前いい名前だね。」

 すかさず相原さんを褒めると、少し嬉しそうに照れながら俯いた。

 相原さんと会話をしている間、守元はムスッとした顔でどこかをじっと見ていた。

 本当は、二人に何故最近来なかったのか知りたかったのだが、また重苦しい空気になるのが嫌で聞くのを止めた。


 授業が開始され、班内で誰が何を担当するか決めてから、料理を作り始めた。バイト先でも携わった事のある料理だった為、手際良く出来た。

 相原さんはあまり料理を作らないらしく、簡単な事を担当して貰った。守元は、相原さん談では家で作っているらしいのだが、やる気が無さそうだったので主に片付けを任せた。

 バイトで培った能力で、野菜を切ったりしていると、相原さんから憧れの眼差しを向けられた。僕は嬉しくなり、聞かれてもいないのにベラベラとコツを話した。相原さんは一生懸命、僕の話を聞いてくれていた。

 他の班より早く料理を完成させた僕達は、皆で一斉に作った料理を食べる為、他の班のフォローに回るよう指示された。といっても相原さんは男性が苦手なので、僕一人で行ってくるよと言い、守元と共に席で待っていて貰った。

 二階堂のいる班の作業が遅れていたらしく、僕はその班の手伝いに入った。てきぱきと作業をこなす僕を見て、

「海原君、凄いね。」

と二階堂が言った。他の人も褒めてくれて、今迄言われた事の無い言葉に僕は、照れてしまった。

 全部の班が料理を作り終え、僕等は自分達の作った料理を食べ始めた。

 初めて相原さんの料理・・・、まぁほとんど僕が作ったのだが、緊張しながら口に運ぶ。

「うまい。」

 自然と出た言葉に、僕は顔を赤くしながら二人に笑いかけた。相原さんも、

「本当に、凄く美味しい。」

と言いながら、最高の笑顔を見せてくれた。守元は相変わらずムスッとした顔のまま、ガツガツと物凄い勢いで料理を食べていた。その姿に僕は思わず声を出し、笑ってしまった。相原さんもつられて、笑っていた。

 活動の中で一番楽しいと感じた授業だった。


 活動が終わり、二階堂と柵門で別れ、駅に向かっていると後ろから「あのっ!」と、声が聞こえた。

 振り向くと、相原さんと守元が立っていた。守元は相変わらず、しかめっ面でそっぽを向いている。

「う、海原さん!今日は、あ、ありがとうございました・・・。」

ぺこっと素早く、相原さんはお辞儀をした。長い髪がさらさらと動く。

「いや、こちらこそだよ。凄く美味しかったね。」

僕は照れながら、相原さんに言った。

 その後、相原さんと話しながら3人で駅へと向かった。守元は一言も喋らなかった。


 駅に着き、別れ際に次の参加予定日を聞かれ答えると、相原さん達も来る日みたいでホッとした様な表情をうかべた。

 今迄、顔を合わさなかったのはたまたまなのだろうか?結局、その事は聞けないまま、二人と別れた。


帰りの電車の中、余韻に浸っていると同じぐらいの年代のサラリーマンが数人乗ってきた。皆、疲れきったような顔をしている。

 半年前まで僕も同じだった。毎日毎日、暗い顔をしていた。

 今は、体力的にも精神的にも余裕がある。バイトも活動も楽しい。だが、正社員職を見付けないといけないという気持ちが、楽しく過ごしている時間でも脳内の奥底にはあって、思いっきり楽しめてはいなかった。

 有難い事にバイト先の主任は、僕を正社員にする気満々だった。しかし、まだ働くのが怖かった。前と同じようになってしまいそうで。

 働いていないのも怖かった。お金が無くなるのが、将来が怖かった。このままじゃいけないのもわかっていた。


 二人に卒業する事を伝えよう。でも、今日やっとまた会話出来る様になったのに。

 相原さんは、守元と僕だけに懐いてくれているみたいだった。男性恐怖症を抱えているのに、僕達は仲良くなれた。それなのに今、止めてしまったら・・・。

 相原さんといると、僕は楽しかった。好意がどんどん湧き出た。今日、改めて実感した。活動を止めても、相原さんと仲良くいたい。傍にいたい。


 この気持ち、伝えよう。僕が一歩、前に進む為にも。強くなる為にも。そう決意すると、早く伝えたくていても経ってもいられなくなった。


 相原さんと会う日まで、ゆっくりとした時間が流れた。

 伝えたくて堪らなかったのに、いざその日が来てみると、緊張で吐きそうになった。


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