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サクラソウ  作者: 納豆樹
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4.オダマキ


 この活動に参加し始めて、一ヶ月が経った。二階堂以外の参加者とも話す様になり、気兼ねなく話せる人が増えた。僕は活動に参加するのが、待ち遠しくて堪らなくなるくらい楽しんでいた。

 だが、仕事もしないといけない。両親の目も強張ってきている。

 僕は週四回アルバイトをし、バイトが休みの日の週三回は活動に参加という生活を送っているが、活動の事は内緒にしている。知ったら、絶対大喧嘩になるだろう。

 両親には発達障害だという事は伝えたが、納得はしていない様だった。そんな事より、早く正社員の仕事を見つけて欲しそうだった。だけど正社員になったら時間的に余裕が無くなり、活動には参加出来なくなる。僕はこの充実した楽しい日々を変えたくはなかった。


 一ヶ月も経てば、僕の後に新しい参加者が入ってきたり、活動を止めていく人が何人かいた。新しい参加者でも、一日だけ参加して来なくなったりする人もいて、参加者の人数は変わってない様に思える。

 僕と仲良く話すようになった仲にも、活動を止めていった人がいた。”卒業”だとも言っていたが、今何をしているかはわからない。

 参加を止めてから会っていないし、連絡先も知らない。誰も知らないと思う。

 僕達には、プライベートな付き合いは一切無かった。仕事が休みの日や活動が終わった後など、二階堂達と会う事は無かった。大人の付き合いってこんなものなのだろうとも思ったが、前職で同僚達がよく仕事終わりに居酒屋に飲みに行っていたのを耳にしていたので、少し悶々とした。僕は誘われなかったのだが。

 連絡先を誰とも交換していないし、皆していないと思う。

 それに二階堂が何故ここに通っているのか、未だに理由も知らないし僕も言っていない。

 二階堂が僕の事、どう思っているかはわからない。今だけの、それだけの付き合いでしかないと思っているのかもしれない。いくら社会復帰、心理療法”だけ”の為の参加だとしても、悲しく感じた。

 だがそんな事言えるわけもなく、僕も今だけを楽しむ事にした。


「最近海原さん、なんか楽しそうだよね~。彼女でも出来た?」

バイト先で作業中、星野が話しかけてきた。星野とはタメ口で会話するようになっていた。

「いやいや。まぁ、今、色々充実してて・・・あはは。」

あの活動の事を知られるわけにはいかず、僕は笑って誤魔化した。 

 星野や上司には発達障害の事は話していなかった。もちろん活動の事も。話してしまったら、どう思われるかわからない。不安だった。今後も話す事は無いと思う。

 星野はレジが暇なのか、また話しかけてくる。

「充実いいなー。俺もしてるけど。」

「なんだ、良かったじゃん。」

「うす。・・・海原さんって、この仕事向いてると思う。」

唐突な星野の言葉に僕は驚き、作業中の手が止まってしまった。星野は構わず、

「惣菜の主任、海原さんの事気に入ってて、ここの正社員薦めようかなって言ってたよ。」

と続けて言った。僕は予想外な話にパニックになりながら、

「無理だよ!今はバイトだから・・・正社員だと、もっと複雑な作業しなきゃいけないだろうし。向いてないよ!」

と苦笑いしながら言った。

 向いている、今迄そんな事一度も言われた事無かった。喜ぶべきだ。嬉しいはずだ。褒められたのだから。なのに・・・。

 僕の頭に、心理療法活動の事が浮かんだ。

 スーパーの仕事は平日休みだ。活動に参加出来ない事は無い。だが、自分の事だ。面倒臭くなって、参加するのを止めてしまうのではないだろうか。

 活動は楽しい。まだ止めるのは嫌だった。

 そうなれば、また仕事を辞める事になる。それに今は、正社員になるという気持ちにはなれなかった。

 星野は僕が凄い勢いで拒否したのを見て、

「俺は適任だと思うけどな~。残念。」

と少し寂しそうに言い、目の前から去って行った。

 少し罪悪感を抱きながら僕は作業を再開した。だがさっきの話で集中出来ず、いつもより時間がかかってしまった。


 次の日はバイトが休みだったので、活動に参加した。今日は保育園組と合同で、外で遊ぶ授業?をするらしい。保育園組の参加者と接するのは、僕は初めてだったので少し緊張していた。

 更衣室で着替えを済ませてから、外に出た。今日は動きやすい、汚れてもいい靴を持参するように言われていた。何をするんだろう?と思いながら、建物の横にある広場を見渡した。

 広場は思ったより大きく、砂場や雲梯、鉄棒、シーソー・・・などが設置されていて、小さな公園みたいだった。もちろん、周りはコンクリートの壁に囲まれているので、大人でも恥ずかしがらずに思いっ切りはしゃぐ事が出来る。そんな奴はいないだろうけど・・・。

 すでに15、6人の人が集まっていて、会話をしていたり、ウロウロしていたりと、自由に過ごしていた。保育園組の参加者も僕達と同じ服を着ているので、小学校組と間違え話しかけてしまいそうだった。僕は小学校組の知り合いだけに挨拶をして、先生が来るのを待った。


 しばらくすると、杖を突いてゆっくりと歩くヨボヨボのお爺さんがやって来た。今日はこのお爺さんが、担当らしい。大丈夫か?と思いながら、お爺さんに付添っていた事務員さんが紹介を始めた。

「遠藤さんです。昔、この近くの小学校の校長先生を20年間、勤めていらっしゃいました。昔の子供達の遊びなど、とても詳しいのでお話を聞き、皆で自由に遊びましょう。」

 事務員さんが話し終えると、お爺さんの話が始まった。以外とハキハキと喋り、聞き取りやすかった。

 今日は二階堂もいないし、一人で何をしてようか・・・。僕はボーっとしながら、お爺さんの話を聞いていた。


 話が終わり、皆自由に行動し始めた。中にはすぐ建物に入って行ってしまう人もいた。

 図書室に行ったのだろうか。事務員さんが参加者の貴重品を置くので、教室には鍵がかかって入れませんと先程注意していた。

 僕は結局、何をするか決まらず遊んでいる人達を見ながら歩き回っていた。


 突然、ぶわっと凄く強い風が吹いた。僕は反射的に、腕で目を隠した。周りから、うわっ!と驚いた声と小さな悲鳴が聞こえた。風は一瞬吹いただけで、すぐに収まった。

「凄い突風だな・・・。」

僕がそう呟いて腕を下ろすと、目の前に女の子が蹲っていた。

 女の子は暑いのに長袖を着用していて、腕で膝をギュッと抱えていた。その子の長い綺麗な黒髪が、地面にまで垂れてしまっている。

 僕は驚きながら、女の子に声をかけた。

「だ、大丈夫!?」

「・・・・・・・。」

 返事は無い。よく見ると、微かに体が震えている。

 事務員さんを呼んだほうが良いかと思い周りをキョロキョロしていると、いきなり男の子が現れた。

男の子は、

「てめぇ!何してやがる!!!」

と鋭い目で睨み付けながら、僕から女の子を遮る様に両手を広げて立った。

 僕は、初参加した日に体育館で睨み付けてきた男の子の事を思い出した。

こいつだ!

「後ろの子、具合悪そうだけど大丈夫?」

恐る恐る男の子に聞くと、男の子はさらに睨み付けながら、

「関係ねぇだろ!どっかいけ!」

と乱暴な言葉を吐いた。

 えぇ・・・と僕が困惑していると、蹲っていた女の子がか細い声で、

「・・・だ、大丈夫だから・・・。カズくん・・・。」

とそのままの体勢で言った。

 男の子・・・、カズくんははっとした顔をして、近くに落ちている日傘を拾い、女の子に差し出した。女の子はそれを受け取ると、ゆっくりと立ち上がった。

 その時、長い髪の毛の間から、可愛らしい顔が少し見えた。まるでお伽噺に出てくるお姫様の様な、洋風のお人形さんの様な愛らしい顔をしていた。

 あまりの可愛さに僕が見とれてしまっていると、カズくんはそれに気付いたのか、

「いつまでいるんだよ!さっさと、どっかいけよ!」

と僕をまた睨み付けた。

「ご、ごめん・・・!」

 僕は思わずそう口にし、その場から足早に去った。背中に痛いほどの視線を感じながら・・・。


 逃げるように僕は、建物の中に入りトイレの個室に閉じ籠った。

 建物内に入るまでずっと、あいつ、カズくんの視線を感じた。あいつ、一体何なんだろうか?あんなに睨み付けてきやがって・・・僕が何かしたのか?


「やっぱり、トイレは落ち着くなぁ~。」

 洋式の便座に座りながら、僕ははぁっと深い溜息をついた。

 ・・・それにしても、あの子凄く可愛かったなぁ。

 僕はさっきの出来事を思い出した。

 まさかここで、あんな綺麗な子に出会うとは思いもしてなかった。活動に参加して一ヶ月も経つというのに見かけた事も無かったし、二階堂も何も言っていなかった。もしかしたら、二階堂も知らないのかもしれない。

 僕の顔が段々、火照ってきた。心臓の鼓動も、いつもより早く感じた。

 ま、まさか・・・一目惚れ!?いやいや・・・。でもあんな可愛い子がいたら、こんな気持ちになるのも仕方ないだろう。

 女優だって言われても、素直に頷けるレベル。今迄、生きていた中で会った事も無い最高の美人。そんな人を真直に見て、普段通りでいられるはずが無い。我慢していても、嬉しくなってしまうのが男の・・・人間の性ではないのか。

 別に彼女と、どうこうなろうなんて考えてはいない。どうせ僕とは関わる事も無いし、何も起きやしないだろう。

 保育園組を選ばなくて良かった・・・。僕はそう思い、安堵した。同じクラスだと彼女の事を意識してしまい、きっと悲惨な目に合っていたに違いないからだ。小学校組で心底良かったと、僕はまた深いため息を吐いた。

 

 しばらくしてトイレから出ると、教室からざわざわとした声が聞こえてくる事に気が付いた。

 しまった!次の授業がもう始まっていた!

 僕は急いで、教室に向かおうとした。その時、女性トイレの方から誰か飛び出してきて、僕はその人にぶつかってしまった。

「す、すみません!」

 慌てながら僕は言い、相手の顔を見た。

「!!!」

 さっきの可愛い女の子だった。女の子はビックリした顔をして、すぐに俯いてしまった。

「ご、ごめん・・・。大丈夫?」

ドキドキしながらやっとの思いで口から言葉を絞り出すと、女の子は静かにゆっくりと頷いた。

「じゃ、じゃあ・・・。」

と僕が教室に戻ろうとしたら、女の子が消え入りそうな声で言った。

「・・・・・こ、こっち・・・こそ、ご、ごめん・・・なさい。・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・さっき・・・は、あ、あり・・・がとう。」

 女の子は俯きながら両手をギュッと握り、震えていた。

 もしかして、怖がられている!?と僕は思い、

「・・・いや、こっちこそだよ。いつの間にか授業始まってて、焦っちゃって・・・あはは。あ、えと、僕は小学校組の海原という者です・・・よろしくね。」

と優しく言った。

「・・・・・・あ、わた・・・・私は・・・・相原・・・・。保育園組・・・・。です・・・・。」

 相原さんは小さな声でそう言うと、ぺこっと会釈して教室へと素早く戻って行ってしまった。

 教室の扉から、カズくんが顔を出して僕を睨んでいる事に気が付いた。相原さんがカズくんがいる扉から教室に入ると、カズくんは扉を勢いよくバンッと閉めた。

「あいつ本当に何なんだ・・・?」

と思いながら、僕も慌てて自分の教室へと戻った。


 その後の授業でも、僕は相原さんの事を考えていた。少し会話しただけなのに、嬉しくてずっとにやけていた。

 思えば、学生時代もあまり女子と話をしなかった。就職してからも、上司か男の先輩と話すだけで女性とは挨拶を交わすのみだった。

 やはり異性と話すのは、物凄く緊張した。

 しかも、相原さん相手だとなおさらだ。あんなに綺麗な人と会話出来た事は、僕にとっては光栄だったし、誰かと話すより何百倍も楽しく感じた。もっと仲良くなりたいと思ってしまった。

 やっぱり僕、相原さんに惚れている・・・そう思いながら、授業そっちのけでありもしない妄想に耽っていた。

 

 だけど、いつも僕を睨んでくるカズくんは一体何なのだろう?とふと思った。

 もしかして、男を相原さんに近付けない様にしているのか?って事は、二人は付き合っているんじゃないか??

 僕は、早い失恋にがっくり肩を落とした。

 そりゃそうだ。あんなに可愛い子に、パートナーがいないはずがない。そんな事誰だって、すぐ気付く。

 カズくんは女からモテそうな感じがするし、相原さんともお似合いだ。

 ・・・それに、僕が相手にされるわけない。何を浮かれていたんだ。僕は自分が恥ずかしくなり、顔を赤くし俯いた。

 たったあの程度会話しただけで、喜ぶなんて単純過ぎだ、とさらに落ち込んだ。


 授業が終わり更衣室に向かっていると、体育館の端でまたカズくんがヤンキー座りをしていた。

 相原さんを待っているのだろう。私服姿のカズくんは僕を見付けると、また睨み付けてきた。

 目を合わせない様に足早に更衣室に向かい、急いで中に入ろうとしたらカズくんが僕の腕を掴んだ。

「!?」

 僕が驚いているのを気にもせず、カズくんは腕を掴んだまま無言で歩き出した。僕もそのままカズくんの後に付いて行く。そして、誰もいない保育園組の教室まで僕は連れて行かれた。


 教室に入り扉を閉めると、カズくんはやっと僕の腕を離した。そして、いつものしかめっ面で口を開いた。

「これ以上、あいつと関わろうとするなよ。」

僕は意味が解らず聞き返す。

「・・・え?どういう事?」

「あいつは・・・っ、お前には関係無い!とにかく、もう関わるんじゃねぇ!」

段々、カズくんの口調が荒々しくなってきた。イライラしているみたいだ。

 きっと相原さんの事を言っているんだろう。少し会話しただけなのに、嫉妬したのだろうか?

「・・・えっと・・・つまり君と相原さんは、付き合っているから関わるなって事・・・?」

恐る恐る聞いてみると、カズくんの顔が一瞬で真っ赤っかになった。

「んあ!?何、馬鹿な事言ってんだ!?そんなんじゃねぇよっ!!!とにかく!!!あいつの為を思うんだったら、仲良くなりたいなんて思わない事だ!!!」

そう言うと、カズくんは顔を赤くしたまま教室から飛び出して行った。

「どういう事なんだ・・・?」

訳がわからないまま、僕も体育館へと戻った。

 しかし、カズくんの姿は無かった。


 着替えを終え、玄関に行くとまた相原さんに会った。

 相原さんも私服に着替えていて、七分袖の白いワンピースと灰色のつばの長い帽子を深めに被って静かに立っていた。 

 壁の方を向いて俯いてたので顔は見えなかったのだが、腰まである長い綺麗なさらさらな髪で相原さんだとわかった。

 話しかけようか僕は迷ったが、周りにカズくんの姿が見えないのを確認すると思い切って声をかけた。

「あ、相原さん?どうしたの?」

 肩をびくっとさせてから、相原さんはゆっくりこちらに振り向いた。

「あ・・・、海原さん・・・・。」

 帽子の陰になっていて僕の顔を見たのかわからなかったが、小さい返事が聞こえた。

 名前、覚えてくれたんだと僕は嬉しくなった。

「カズくんはどこ行ったの?」

いつも一緒にいるのに、と僕はわざとらしくキョロキョロしながら言った。

「え・・・と・・・事務室に・・・呼ばれてしまって・・・。」

相原さんは、声を震わせながら教えてくれた。相原さんも僕と同じく、緊張しているみたいだった。

「あはは・・・そうなんだ。」

 カズくんが近くにいない事を知り、僕は安堵した。ちょっとくらい会話しても構わないだろう。しかし、何を話そうか・・・。

「・・・・・・・・・・・。」

 しばらく、沈黙が続いてしまった。考えど、考えど、話題が出てこない。僕はもっと、相原さんと話たいのに・・・。

 相原さんの方をチラッと見ると、相変わらず俯いたままだった。

 もしかして・・・嫌がっているんじゃないか。僕はそう思い始めていた。

 二人からしたら僕は、見ず知らずの只のおっさんだ。そんなおっさんに今日一日で急に何回も絡まれたら、怖いと思うだろう。現に、相原さんの体は震えている。さっきも・・・。

 カズくんが言っていたのは、こういう事だったのか。相原さんは綺麗な人だから、異性の事で嫌な思いをした事が幾度とあったんだと思う。僕は、カズくんの言っていた事に納得した。

 そうなると、申し訳ないのと恥ずかしいのとで、会話を続ける事を断念した。

 僕が相原さんの目の前から去ろうとすると、

「・・・・カズくんは、・・・森本かずと・・・っていうんです・・・。」

と相原さんが今迄より少し大きめの声で言った。

 僕がビックリして相原さんを見ながら黙っていると、

「あ・・・ごめんなさい。いきなり変な事を・・・っ。」

とオドオドしながら顔を背けてしまった。

 もしかして・・・会話しようとしてくれているのか?・・・それならば嬉しいが、勘違いかもしれない。

僕は不安な気持ちを隠しながら、

「そ、そうなんだ!知らなかった。カズくんって呼ばれていたから、僕もつい。あはは。」

と明るく笑った。

 すると、相原さんはまた僕の方を向き、もじもじしながら俯いた。一瞬見えた口元が、微笑んでいるように感じた。

 このまま会話を続けてもいいのだろうか?そう不安に思いながら、僕はまた話しかけてみた。

「・・・えっと、二人とも保育園組なんだよね?」

緊張で僕も体が震えそうだった。

「あっ、はい・・・。・・・えっと・・・えっと・・・。」

相原さんは、また小さな声で返事をしてくれた。会話を続けようと、次の言葉を必死に考えている様に思えた。

 別に嫌われているわけじゃなかったんだよな?と、一先ずほっとした。

 年齢、住んでいる所など何分か会話してから僕は先に帰った。もっと話をしたかったのだが、カズくん、森本が戻ってくると煩そうだったので、我慢した。


 相原さんと森本は、僕より6歳下だった。高校を卒業後、相原さんは女子大に通いながらこの活動に参加していた。授業の関係で、たまにしか来れていないみたいだった。

 森本は実家の工場を手伝いながらの参加で、相原さんの方から活動に誘ったと言っていた。二人は幼馴染で、家も近所だ。施設から、3つ離れた駅から来ている。

 この活動の事は仲の良い相原さんの叔母が紹介してくれたらしく、活動が始まった時から参加していたみたいだ。森本は相原さんを心配して止めた方が良いと、ずっと言っていたと話してくれた。


 話からして、森本と相原さんは付き合っていないのではないかと思えた。だけど、凄く信頼し合っている。家族の様な感じだろうか。それが会話していて、伝わってきた。

 だからといって、僕に付き合うチャンスがある訳では無い。これ以上仲良くなったとしても、森本の様にはなれないし、”恋人”にもなれないだろう。ただ、あの活動で話すだけの関係。

 僕はそれだけでも良かったし、嬉しかった。

 相原さんは今まで出会った事の無い、とても素敵な人だと感じる。僕にとって、話せるだけでも幸運な事だ。しかも、出会った初日で何回も会話出来たなんて、ラッキーだ!

 明日も活動参加の日。僕は楽しみで仕方がなかった。


 次の日、施設に向かっていると、森本と相原さんが前を歩いているのに気が付いた。

 森本は派手なズボンのポケットに両手を突っ込んだまま、偉そうに歩いていた。

 相原さんは、昨日授業中に使っていた日傘を差していて彼女だとわかった。

 数メートル離れていたので、挨拶しに行った方がいいだろうかと考えたが、昨日の森本の言葉を思い出し止めた。

 ”あいつの為を思うんだったら、仲良くなりたいなんて思わない事だ!!!”

「・・・・・・・・・。」

 いつの間にか、僕はじっと二人を見つめていた。視線を感じたのか、相原さんが後ろを振り返った。

 昨日と同じく帽子を深く被っていたので、見えているかわからなかったが僕は軽く会釈しておいた。

 相原さんはそれに気付いたのか、ニコッと笑い返してくれた。昨日より、表情が柔らかくなった様な気がした。

 その後すぐ前に向き直り、僕に気付いていない森本と施設に向かって行った。僕もその後に続いた。


 更衣室に入ると、すでに中にいた森本と目が合った。

「こんにちは。」

僕は挨拶をしたが、返事は無かった。森本は目を逸らすと、さっさと着替え始めた。

 感じ悪いなと思いながら、僕も着替え始める。森本のロッカーは僕とは反対側にあり、顔を見なくて済んだが、二人っきりで気まずかった。森本は着替え終えると、すぐに更衣室から出て行った。

 僕は安心して、

「はぁ。」

とため息を吐いた。最近、ため息ばかり吐いている気がする。

 しかし、相原さんは良い子なのになんであんな奴と仲が良いんだろうか?僕はふと疑問に思った。昔は良い子だったのかな・・・。

「こんにちは。海原君。」

いきなり後ろから声がして、僕はわっと叫び声を上げた。いつの間にか二階堂が立っていた。

「び、びっくりさせるなよ・・・。」

「そんなにびっくりした?普通に入ってきて、挨拶しただけなんだけど・・・。」

驚いて固まってしまった僕に、二階堂が淡々と言った。

「・・・それより、二階堂さん。保育園組にあんな可愛い子がいるって事、なんで教えてくれなかったの?」

僕は相原さんの事を冗談ぽく聞いてみた。

 だが二階堂はピンときていないらしく、

「え?可愛い子?」

とキョトンとした顔になった。

「ほら、以前僕がカズくんって子に睨まれていた時、一緒にいる女の子がどうたら~って、言ってなかったけ?」

 僕は、初めて活動に参加した日の事を思い出し言った。

 確かに二階堂は僕が森本に睨まれている時、一緒にいる子がカズくんと呼んでいた、とそう言っていた。 

 二人と接したのは昨日が初めてだが、森本をカズくんと呼んでいるのは相原さんしかいないと思う。それに、二人はいつも一緒にいる気がする。森本が、他の人と一緒にいるイメージが湧かない。

 きっと”一緒にいる子”とは、相原さんの事だろう。

 少なくとも、二階堂は相原さんの事を知っていた、見ていたはずだ。相原さんは誰が見ても、可愛いと思う顔をしている。二階堂もそう思ったはず。なのにこいつは・・・。

「ああ。あの子か~。可愛いって言えばそうかもね。」

 二階堂は微妙な返事をした。相原さんはいつも俯いているから顔を見ていないのかとも思ったが、そうでも無いらしい。

「はっきり言っちゃうと、僕あんまり他人に興味が無いんだ。」

二階堂は何の躊躇いも無くいきなり言った。

 突然の思いもしない言葉に、僕は何と返せばいいのかわからず困惑してしまった。

 それを察した二階堂が笑いながら、

「はっきり言い過ぎたね、ごめん。だからと言って君が嫌いって事じゃないよ。自分以外、家族でも、他人に対して興味が湧かないんだ。可愛いとか不細工とか、好きとか嫌いとか、悲しいとか嬉しいとか・・・無いんだよね、僕には。」

と淡々と話した。いつもの二階堂の話し方なのだが、なんだか冷たく感じた。

 他人に興味無いからこそ、誰にでも気兼ねなく話しかける事が出来たのではないか。と僕はそう思った。

「子供時代は特に大変だったよ。皆から嫌われていたと思う、あははは。でも、おかげでだいぶマシになった。まだ、人には興味は湧かないけどね。」

二階堂が続けて言った。なんとなくとてつもない努力と苦労をして、二階堂が生きてきた事を感じとる事が出来た。二階堂がこの活動に参加している理由は、きっとこの事なのだろう。

「全然、気付かなかったよ。」

二階堂に僕は言った。やっと出て来た言葉がそれだった。

 更衣室の外から、何人かの声が聞こえた。

「誰か来たみたいだね、教室へ行こうか。」

 二階堂はいつの間にか着替えていて、鞄を持ったままずっと直立していた僕に言った。

「うん。・・・・・。」

 返事はしたものの、二階堂に何を話せばいいかわからず、僕は黙ってしまった。

 他人に興味無いって、どういう感じなのだろうか?相原さんに気が行っている僕には、理解する事は難しかった。

 それでも時間は過ぎて往き、二階堂と上手く話せないまま今日の活動は終わってしまった。


今日の活動が終わり帰ろうと駅に向かっていると、ロッカーの中に忘れ物をした事に気が付いた。慌てて、来た道を戻った。

 施設に戻ると教室と廊下の電気はもう消されていて、玄関と事務室の明かりが付いているだけだった。

 玄関で急いで靴を履きかえていると、

「あ・・・。」

と廊下から聞き覚えのある声がした。

 声の方を向くと薄暗い中、相原さんが立っていた。先程とは違い、帽子を被らず両手で持っているので、顔をはっきり見る事が出来た。

 やっぱり可愛いな・・・と思いながら、

「こんばんわ・・・。どうしたの?」

と僕は相原さんに話しかけた。たぶん、今の僕は気持ち悪いくらいにやけているだろう。

 相原さんは頬を赤く染め、視線を逸らしながら恥ずかしそうに言った。

「えと・・・、カズくんが、罰で事務員さんの・・・お手伝いをする事になって・・・。」

ゴクリと唾を飲んでから続けて、

「・・・待っているんです・・・。」

と言った。なんとなく相原さんの雰囲気が、昨日よりも穏やかに感じる。

 罰?罰ってなんだ?と僕は一瞬思ってから、

「何をやらかしたんだ?まったく、しょうがない奴だなぁ・・・あはは。」

と冗談っぽく言った。相原さんも、僕の顔を見て優しく微笑んでくれた。

 初めて相原さんの笑顔をはっきりと見た気がした。天使の様だった。僕は照れてしまい、目を背けた。

 こんな可愛い子に待ってて貰える森本が、仲の良い森本が羨ましくなった。少し憎らしくも感じた。

「あの・・・っ・・・。」

 相原さんが思い切った様に口を開いた。

「カズくんが・・・来る迄・・・お話し・・・しませんか?」

 予想外の言葉に僕はビックリした。相原さんの顔が、徐々に真っ赤になっていった。

 僕は嬉しくて堪らなくなり、結構大きめの声で「はいっ!」と返事をした。

 相原さんは一生懸命、積極的に話をしてくれた。仲良くなろうとしてくれているんだと、僕は喜んだ。昨日、森本から言われた事はすっかり忘れてしまっていた。


 少し話をしてから、僕は忘れ物を取りに来た事を思い出した。

 もうすぐ施設が閉まってしまう時間だろう。体育館の方を見ると、廊下も教室も真っ暗で何とも言えない恐怖を感じた。窓から差し込む月明りで、辛うじて先が見える程度だった。

「僕、忘れ物しちゃったんだ。ちょっと取りに行ってくるよ。」

怖いと思っている事を感じ取られない様に僕は言い、体育館に向かおうとした。

 相原さんも心配してか付いてこようとしてくれたが、森本の事を思い出し、見られると何を言われるかわからないので断った。


 体育館に入るまで、相原さんの視線を背中に感じながら強がって歩いた。

 中に入ると、夏なのにヒンヤリとした空気が僕を包んだ。

 何か出そうだな・・・。と恐怖を感じ、周りを見ないように更衣室に駆け込んだ。急いでロッカーの中の忘れ物を取り出し、更衣室から出た。

 足早に入口に向かっていると、遠くに人影が見えた。思わず、うわっと声を上げる。

 その声で、相手もびっくりしたみたいだった。

 その人影に恐る恐る近付くと、森本だった。森本は片手にストップウォッチがたくさん入った籠を持っていて、それを片付けに体育館に来たみたいだった。服はまだ着替えていなかった。

「なんだ・・・びっくりした・・・。森本君か・・・。」

僕が安心しながら言うと、森本ははぁ?と怪訝な顔をして言った。

「なんで、お前が俺の名前知っているんだよ!?」

僕は相原さんに教えて貰ったとは言えず、

「あ、えと、たまたま知ったんだよ。」

と誤魔化した。だが、嘘はばれ、凄い迫力で胸ぐらをつかまれた。

「!!?」

僕が狼狽えていると森本は興奮しながら、

「昨日、忠告したよな!?あいつの為を思うんだったら、仲良くするなって!!!」

と鼻息荒くして言った。そんなに怒る事なのか?と僕はパニックになり、

「どういう事!?いきなりそんな事言われても・・・。」

と答えた。そんな僕を睨みながら森本はふぅと息を吐き、落ち着いたのか手を放した。そして、

「あいつはお前と仲良くしようとしているみたいだけど、あいつもお前も不幸になるから、この際言っておく。

あいつはな、男性恐怖症なんだ!」

と言った。

 森本は驚いたままの僕を無視して話を続けた。

「子供の時からあいつは可愛くて、鼻の下伸ばした変な男共がよく近寄ってきた。そのせいで、たくさん嫌な思いしてきたんだ。女共も、あいつの可愛さに嫉妬し、嫌がらせする様になって・・・ストレスであいつは太陽の光もまともに当れない体になってしまった!!!」

 僕は、初めて彼女を見た時の事を思い出した。そういえば、暑いのに長袖を着ていた。日傘も差していた。日焼け防止なのかと思っていたが・・・。

 森本の顔を見ると、本当に辛そうな顔をしていた。

「だけどあいつは・・・強い奴だから、これに参加してそれらを克服しようとしている。俺はそんなあいつを守る為に、トラウマを思い出させない様に一緒に参加したんだ。だから・・・。」

森本はキッと僕を睨み、

「下心丸出しで近付いてくるお前は、見過ごせねぇ!」

と言い放った。そして、「もう、俺達の事はほっといてくれ。」と呟き、倉庫がある方へと歩いて行ってしまった。

 僕は何も言えず、黙って森本の方を見ている事しか出来なかった。


 呆然としたまま玄関に向かうと、相原さんの姿は無かった。事務室から声がするので、事務員さんと話しをているんだろう。

 僕はホッとした。今、どんな顔で会えばいいのかわからなかった。

 気付かれない様に、僕は急いで建物から出た。


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