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サクラソウ  作者: 納豆樹
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1.青いバラ


 ピピピピピピ・・・。スマートフォンの目覚まし時計が鳴る。僕は薄い目を開けながら、音を止めた。二度寝したい・・・でも仕事が・・・。

 無理やり体を起こし、立ち上がろうとする。ボーっとしながら昨日の事を思い出した。

「ああ、そっか。昨日"クビ"になったんだっけ・・・。」

僕はまたベッドに倒れこんだ。

 正確に言うとクビでは無く、強制的な自主退職。課長から、「君の幾度とないミスで周りや取引先にも迷惑がかかっている、これ以上会社に迷惑をかける事は君にとっても辛い事だと思うが、君はどう思っているのか?それでもここにいたいと思うか?たくさんの人の恨みを買いながら、それでもここで働きたいと思うのか?どうすればいいか、それぐらい君にもわかっているんだろう?」と、次々と捲し立てられ、僕はついに退職の言葉を口にした。「賢明な判断だ。」と課長は、僕が入社したばかりの頃以来の笑顔を僕に見せた。

 

 僕は今日から自由になった。今日から、失敗するんじゃないかとビクビクしながら会社へ行く事にも解放された。今日から、怒ってばっかりの課長の顔も見なくて済む。今日から、嫌な感じの同僚達とも会わなくても済むのだ。なのに何故・・・何故、こんなにも悔しいんだ。

 枕をぎゅっと抱えながら、僕はボロボロと涙を流した。仕方がない。前からわかっていたんだ。僕が悪いんだ。いや、本当に僕が悪いのか?違う、あの会社は合わなかっただけだ。他にもっと自分が輝ける場所があるはずだ。あるはずなんだ。じゃなきゃ、一生僕は救われないじゃないか。

「仕事探さないと・・・。」

 スマートフォンを手に取り、インターネットで求人サイトの検索をする。今日はゆっくりと休もうと思っていたのだが、いても経ってもいられなくなった。

 会社の就業規定で、退職届を提出してから一ヶ月間は辞める事が出来ない為、今から一ヶ月間は有給消化中と休職という扱いに僕はなっている。それまでに仕事を探さないといけないのだ。

 自分に合った仕事を一ヶ月間で見つける事が出来るのだろうか。また同じような事になるのではないか。自分が出来る仕事なんて・・・。

「・・・・・・・・・・。」

僕は自信を無くしていた。頭の中で課長や同僚達に言われた言葉がぐるぐる回る。

「頭がおかしい、駄目人間、・・・発達障害・・・。」

 ふと、インターネットの検索ワードに「発達障害」と入力し検索してみた。一番上に出てきた、ADHD(注意欠陥・多動性障害)簡易診断テストと書かれたサイトをクリックする。

「"はい"か"いいえ"か"どちらでもない"で答えられる質問が20問あります。当てはまる方を選んでいって、最後に診断するをクリックして下さい、か。」

 説明文を読み、質問スタートを押した。質問の内容は、自分の性格や人間性を探るようなものだった。簡単だったので、最後まですぐにいく事が出来た。少しどきどきしながら診断するをクリックした。

 結果は、ADHDである確率80%だった。すぐに心療内科などの病院で検査して下さいとコメントが書かれていた。

「え?僕、発達障害なの!?」

驚きで、ベッドに寝そべっていた体を起こした。そもそもADHDって?発達障害の事?

 僕はインターネットの検索ワードでADHDを調べた。

「ADHDは発達障害のひとつ。子供の頃から症状があり大人になっても改善されず、生きにくさを常に感じている。多動性・衝動性・不注意の症状があり、多動性は落ち着く事が出来ずいつも動き回ったりする、衝動性は我慢が出来ず順番を待てなかったりする、不注意は忘れ物が多くよくミスしたり約束を守れなかったりする。」

調べていくうちに、僕に当てはまる事が多く見つかった。だんだんと自分が、ADHDなのではないかと思うようになっていった。

 

 3日間ずっと発達障害について調べていた。食事中でも、トイレの中でもスマートフォンを眺めていた。 

 発達障害には種類があり、ADHDの他にもアスペルガー症候群、トゥレット症候群、学習障害、自閉症があった。自閉症は聞いた事があったが、発達障害の事だとは知らなかった。自分もその可能性がある事に恐怖を感じた。


 4日目の朝、ついに病院で診察の予約を入れた。インターネットで検索していて見つけた、評判が良い近所の心療内科だった。

 心療内科は心の病のみの扱いなのかと思っていたが、そこでは発達障害の検査も実施している。同じ発達障害の疑いのある方が多いのか結構混み合っているみたいで、診察までに一ヶ月かかると言われてしまった。それでも僕は、「お願いします。」と予約を入れてもらった。

 診察には、母親の同伴か小学生の時の成績表または自分の生育歴・経過表が必要だった。母親の同伴は無理そうだと思った。今は両親と共に実家に住んでいて、仲は悪くはない。が、精神病や障害に関しては理解の無い親達だったので、何を言われるかわからない。

 仕事を退職させられた事については、まだ何も言ってはこないがきっと早く職を見つけて欲しいと今も思っているだろう。


 僕は小学生の時の成績表を探した。心の中では、絶対無いと確信していた。押入れの中に体を押し込め探す。やはり無い。

 残るは生育表か経過表かと、半年は放置していたパソコンの前に僕は座った。電源を入れる。台に埃が溜まっているのが見えた。インターネットで生育表と経過表の事を調べ、前職で慣れ親しんだ表計算ソフトで表を作り、自分の子供時代に感じていた他の子と違う事を入力していく。そうしていると、何故あの時あんな事してしまったんだろうと今になって思い出す事がたくさんあった。思い出したく無いような事も思い出し、恥ずかしくなったりした。一ヶ月もあれば、無理無く仕上げる事が出来そうだった。

 その後、小学生以前の事は覚えていないので、両親にさりげなく幼少期について探ったりもした。


 もちろん、その間仕事も探した。だが、正社員となると気が引けてしまい、アルバイトを探す様になった。

 アルバイトはすぐに見つかった。スーパー内での惣菜製造の仕事だった。惣菜製造と聞くと年配の女性の仕事というイメージがある。だが、そこで募集していたのは夜間の主に清掃の仕事だった為、体力のある男性希望と募集内容に書かれていた。

 夜間なら時給も高い上、接する人も少ない、仕事内容も主に清掃だし、アルバイトだから僕にも出来そうだと興味をひかれた。場所も徒歩でも行ける距離で、凄く魅力的だった。けれどもやはり応募する時は、色々と考え躊躇してしまい、電話をかけるのに何日も悩んだ。なんとか電話をかけると、次の日に面接になり、面接の後、店長から「採用!離職したらすぐ来てくれる?」ととんとん拍子に事が運んだ。アルバイトだが働き口は見つかったと、一先ず安心した。

 

 そして、やっと発達障害の診察の日が来た。予約の電話をしてから、あっという間に日がたった。アルバイトももう始めている。仕事内容は簡単だったが、覚える事もたくさんあってミスしない様に毎日必死だった。今日も午後から仕事だ。

 僕は自転車を病院の駐輪場に止めて、診察の受付に向かった。


 診察と言っても、今日は僕が作成した経過表(生育表)を見ながら医者の先生と話をしただけだった。先生は話し方が淡々としていて、少々冷たい印象を受けた。

 経過表を見ながら今までの事を話しているといつの間にか涙が眼に溢れていた。先生から「今まで大変でしたね。」と優しく言われ、ついに号泣してしまった。最初の先生に対する不安は簡単に消えた。

 診察の結果、僕は発達障害の疑いがあると言われた。再来週に知能テストの様な検査をし、それで発達障害を判断するとの事だった。

 まだ、本当に発達障害と決まった訳ではないが、診断されれば自分が救われる気がした。今までの事はしょうがなかったのだと、自分には障害があるのだと、全てに諦めがつく様な気がした。

 もちろん不安もあった。発達障害は生まれ持ったもの、治ることは無い。努力次第で多少改善はするだろうが、健常者にはなれない。これからどのような仕事に就けばいいのかもわからない。ずっとアルバイトという訳にもいかない。なによりそれは、両親が許さないだろう。もし仕事が見付かっても、前職みたいに毎日ミスして怒られるのだったら診断されたって意味が無い事だ。


 再来週になり、検査をする為また病院を訪れた。検査をしてくれた先生は、前回診察してくれた先生とは違う人だった。机を挟みながら先生と向き合って座り、検査が始まった。

 検査は2時間くらいかかった。ずっと脳を使っていたので、終わった時には心身共に疲れてしまった。今日はアルバイトを休みにして本当に良かったと、ほっとした。また一ヶ月後、結果を聞きに来院して下さいと受付の方に日付の入ったメモを渡された。

 診断が下るまでこんなに時間がかかるんだと、がっくりしながら家路についた。


 数日後の事だった。

「海原さんって、フリーターなんすか?」

 アルバイト先の休憩室で、15分間の小休憩を取っている時に誰かに声をかけられた。声をかけてきたのは、レジ部門にいる男子大学生だった。髪が少し茶色がかっていて、眉も細く、両耳にはいくつものピアスの穴。いかにも、ちゃらそうな奴だった。

「えと、先週入ってきた・・・星野・・・くんだっけ?」

 僕は少し動揺しながら言った。 

「そうっす!」

 星野は元気良く返事すると、僕の隣の席に座った。

 いきなりなんなんだこいつ・・・。と思いながら、僕は星野の問に答えた。

「今、正社員で求職中なんだけどなかなか仕事見つからなくてさ・・・。見つかるまでって事でここでバイトしてるんだけど、フリーターになるのかな・・・あはは・・・」

 フリーター・・・。人一倍駄目なのに人一倍プライドが高い僕は、その単語に嫌悪感を抱いた。今の僕は周りからそう思われているのか、と情けない気持ちになった。

「ふーん。・・・実は俺の先輩でバンドしながらフリーターしてる人がいて、海原さんも何か夢追いかけてんのかな~って。」

と星野は上着のポケットからスマートフォンを取り出し、弄りながら言った。

 そして続けて、

「今俺、大学休学してるんっすよ~。」

とへらへら笑いながら陽気に言った。

「え?そうなんだ?」

「いや~親の言うままに大学入ったんっすけど、合わねぇーつーか、今自分がやるべき事は他にあるんじゃね?って思う様になっちゃって・・・。」

「へ、へぇ~」

 贅沢な奴め!と高卒の僕は、若くてリアル充実してそうな星野に嫉妬した。星野は僕のそんな気持ちに気付くはずもなく、話を続ける。

「やるべき事って言っても、何も思い浮かんでこなくて・・・。何がしたいとかも無いんすよね~。このままでマジ、大丈夫なんかなって思ってね・・・。」

 星野は見た目に似合わない、深刻な表情をした。こいつも色々考えてるんだなぁ、と僕は星野に親近感が湧いてきた。悩んでいるその気持ちも理解出来た。

すると、星野はいきなり立ち上がり、

「あ、やべ、時間だ!」

と急いで休憩室隣の更衣室の方へ駆けて行った。

「海原さん!ありがとうっす!」

更衣室に入る前に星野は振り向いて、満面の笑みで僕に言った。

 さて、僕もそろそろ現場に戻らないと。僕も立ち上がり、休憩室を出た。

 星野か悪い奴じゃ無さそうだ、僕の顔から自然と笑みが零れた。


 検査から一ヶ月たった。いよいよ結果を知る日だ。今回は初来院した時に診察してくれた先生が担当だった。初診時、号泣してしまったので会うのが恥ずかしかったが、先生は変わらない態度で僕に接してくれた。

 結果はというと、"広汎性発達障害"だった。でも軽度で、工夫や努力次第でなんとかなるらしい。

 軽度だと、普通安心するのかもしれないが僕は拍子抜けというか、微妙な気持ちになった。頭の中で、僕は発達障害なんだと情けない自分を納得させてしまっていたから。なのに結果は、健常者とほぼ変わらないレベルの発達障害。一般枠で仕事しても、あまり問題は無い。それでも、軽い精神障害者手帳は取得出来るとは言われた。

 先生は薬を服用してみるか聞いてきたが、考えさせて下さいと言った。軽度なのに薬を使用するのはちょっとという気持ちと、最後の手段としてとっといて置こうという考えがあったからだ。

 

 これからどうすればいいか結局自分で考えなくてはならず、わかったのは努力するしかないという事でモヤモヤした気持ちのまま、僕は診察室から出た。


長椅子がいくつか置かれている待合室で、会計の呼び出しを座りながら待っていると、一人のお爺さんが病院に入ってきた。受付を済ませたお爺さんは、ゆっくりと歩き出し、空いていた僕の隣に腰を掛けた。ひらっと一枚の紙が足下に落ちる。

「あっ、落ちましたよ?」

僕はその紙を拾い、お爺さんに差し出した。

「ああ、どうもすみません。・・・貴方、もしよろしかったら参加してみませんか?」

お爺さんは微笑みながら、紙を指差し言った。

 僕はその紙を見る。一面モノクロのA4サイズの用紙に”あの頃に戻ってみませんか?○○法人心理療法研究施設(仮)”と、一番上に手書きででかでかと書かれていた。その下に細かい、説明文らしきものが書かれている。

 「海原さん、お待たせいたしました。」

詳細を読もうとした時に、受付から名前を呼ばれてしまった。お爺さんを見ると、

「その紙差し上げますので、一度ご覧になって下さい。」

と優しく微笑みながら言った。

「はい、ありがとうございます・・・。」

 僕はその紙を鞄にしまい、受付に向かった。


 家に帰ると、僕はアルバイトに行く準備をし始めた。

「今日、星野いるんだっけ?」

 あれから星野とは、顔を合わすと会話する仲になっていた。あんなに誰かと親しく話すのは久しぶりだった。

 ほとんどが大学に進学する中、僕は高校を卒業して就職した為、学生時代の友達とは疎遠になっていた。卒業してしばらくは会ったりしていたが、僕自身忙しくなってきたのと話が合わないのとで、この数年友人とは連絡を取り合っていない。

 あ、2年前の成人式の何日か前、小学校の同級生が家に飲み会の誘い来たが、億劫になって断ってしまったんだっけ・・・だけど、今思えば参加しなくて良かったと思っている。今でも繋がりがあって、”最近どう?”なんて聞かれてしまったら、答えられる訳がない。今の自分の情けない現状を知られたくなかった。

 星野はそんな状態になってから出会った人間だし、僕と同じ様な悩みを抱えている。星野と出会う事が出来て、本当に良かったと思う。彼のおかげで、アルバイトに行くのが楽しみで堪らなかった。


 深夜、アルバイトから帰宅し、着の身着のまま自室のベットに倒れこむ。

「疲れたー。ふぅ。」

 今日も星野と色々話せたな・・・。あいつの話、可笑しくって。自然と顔がにやけた。

 そういえば、と僕は鞄の中を漁る。病院でお爺さんから貰った紙を取り出した。寝転がりながら、紙を両手で持ち上げ、全文に目を通す。

「あの頃に戻ってみませんか?○○法人心理療法研究施設(仮)・・・ただいま、参加者を募集しています!生き辛さを感じている方や心の病を抱え苦しんでいる方、お気軽にご連絡下さい。貴方の力に少しでもなりたいと思っています!

学校のような施設で、幼少期の遊びや生活を体験していただき、他の参加者の皆様とふれあい、人と関わる事生きる事の楽しさを感じてもらえたらと思っています。

一部(指定された服代や材料代等)を除き、料金を取る事は一切ございません。ほぼ無料です。

施設は午後3:00より開いており、毎週火曜日と土・日祝日は休みの為、それ以外であれば好きな時に好きなだけ参加出来ます。

体験入校も行っております。(予約必須)

詳しくは携帯電話○○○-○○○○-○○○○までご連絡下さい!受付時間15:00~20:00迄

担当:荒井・新山 

メールでも受け付けております。~~~~~~~~@~~~~~

住所 ○○県○○市○○町○丁目○ー○

我々はボランティアで活動しています。○○法人心理療法研究施設(仮) 代表:越江 」

 なんか怪しい宗教団体みたいだな・・・。と、僕は腕を下ろし、体の上に紙を置いた。

 ふと、懐かしい香りが紙から匂ってくる事に気が付いた。この匂いどこかで・・・。しかし、思い出せず。僕はそのまま眠ってしまった。

 


 ー夢の中。僕は細い道路の脇に立っていた。

 上には澄み渡る青空、周りには田植えされたばかりの田んぼが広がっている。子供達の明るい笑い声が段々聞こえてきた。子供達は僕を後ろから追い抜き、駆けて行く。僕も置いて行かれない様、走り出す。

 懐かしい記憶ー。はっと目が覚め、ゆっくり体を起こす。今の夢・・・。

 僕はお爺さんから貰った紙をもう一度手に取った。


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