花の様な可憐な君を夢で見た
人は誰しも、一度はタイムトラベル(未来や過去に行き来する事)を夢見た事があると思う。未来へ行って大人の自分を見てみたいとか、過去へ行って、後悔している事をやり直しさせたいとか、あるいは結果の分かっているギャンブルで大儲けしたいとか・・・。
タイムトラベルで未来や過去に行き、したい事は人それぞれ色々あると思う。僕も今、強く思っている。あの頃・・・子供時代に戻りたいと。
「聞いているのか!?海原!?」
僕ははっとして、うつむいていた顔を上げた。目の前には、赤い顔をしてこちらを睨んでいる中年のおじさんがいた。おでこから頭頂部にかけてかなり・・・というかだいぶ髪が薄くなっている頭皮の汗を、ハンカチで拭いながらおじさんは言った。
「何回同じミスをすれば、気が済むんだ君は!?」
バンバン、机を片手で叩きながら、おじさん・・・課長は言う。
「君は、一体、何の為に、この会社で、働いているんだ!?」
何の為にって・・・金の為だよ!と、そんな事は課長には言えずに僕はただ、「申し訳ございません。」と頭を下げ続けるしかなかった。
「もう、いい。席へ戻れ!」
はぁ~と深いため息をつきながら、課長はくるりと椅子を回転させ、青空が広がる窓の景色を眺め始めた。どうやらこれが、課長のリラックス方法らしい。
席へ戻り、スリープ状態で真っ黒になってしまったパソコンの画面を見る。同僚達がこちらをチラチラと見ながら、陰口を言っているのが聞こえた。
「また怒られてるよ」「今日は何回怒られるのかしら」「本当に頭おかしい」「脳に欠陥あるんじゃないの」「辞めればいいのに」「邪魔」
ヒソヒソ、クスクス・・・。聞こえてくるのはいつもと同じフレーズ。
聞こえない、聞こえない、気にしない、気にしない、自分に暗示をかけながら、キーボードに指を置く。
自分でもわかっていた。他人より劣っている事を。自覚したのは、中学生の時。鈍くさくて、空気も読めず、だんだんクラスに馴染めなくなっていった。他人と考え方や感じ方が余りにもズレ過ぎて、自分は何か違う、おかしい、変、自分は人間ではないのかもとさえ思った。
その結果、何も言わず、何もせず、何もかも他人任せにするようになっていた。自己という存在をひたすら隠し、流されるまま流され、”普通の思考を持った人間”を必死に演じた。
学生時代はそれで上手くいっていた。
だが、社会に出たら全くもって通用しなかった。自分一人で考え、行動し、他人とのコミュニケーションも必須で、自分の意見もちゃんと持っていないといけなかった。それに付け加え、同じ失敗を何度も繰り返す、容量も悪い、理解力も集中力も無し、二つ同時に作業をする事が出来ない不器用さ・・・。自分が、何故こんなにも出来損ないなのか、何故こんなにも駄目な人間なのか、何故他人は上手にできるのか、何故他人がいともたやすく出来る事が自分には出来ないのか、わからなかった。悩んで、努力して、それでも駄目で。生き辛かった。苦痛だった。
「海原!!!おいっ!聞いているのか!?」
怒っている課長の声が聞こえた。
僕はビックリして、思わず立ち上がった。課長を見ると、さっきと同じ様に顔を赤くしている。
またか・・・。
「は、はい・・・。」
と弱気な返事をして、僕は課長の席へ向かった。