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第七夜
ここの家の親父は芸達者だ。
いつも被っている赤茶けたニット帽を脱げば次から次へと数字やら言語やらが溢れて来る。
その膨大な量たるもの数分で家が埋めつくされていくようだった。その度に窓を開けて、その記号達を空の彼方へと逃がしてやるのだ。
それは見たこともない色で輝きながら空を彷徨い、どこかしこに墜落しては喜劇や悲劇に変わっていく。それはもう上質なもんさ。
人々は道路の真ん中で、側溝の中で、塀の上で、笑い転げたり、泣いたりするんだ。
コンクリート塀はいつも愉快で、空き地のブナの木は気づけば涙で腐敗しそうになるんだ。
親父は言う。
『そんなもん、俺の知ったことじゃないさ』
無責任な気もするけれどもそんなことはないんだ。それで誰かが死んだとか云うわけじゃあないんだからさ。
ここの家の親父は芸達者だ。