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白い世界に淡い恋が始まります。

作者: 緋色
掲載日:2015/12/17

 ひらひらと雪が舞う。白くて冷たい小さなもの。普段見慣れている景色が白く染まっていく様に、別の世界に来てしまったのではないかという錯覚を起こさせる。


「はあ……」


 息を吐けば白くなり、寒さから両の手をすり合わせた。

 もう一時間近くここにいる。時刻は夕暮れ、場所は寂れた公園にあるブランコの横。

 元々色白の美幸は寒さからその頬と鼻先を赤く染め上げていた。

 染めることを知らない漆黒の長い髪に雪が積もり白くなる。学校帰りにそのまま赴いた為、寒空の中いるには辛いセーラー服だ。


「なんでわたしがこんなところで待たなきゃいけないのよ……」


 寒い中一時間も待ちぼうけを食らわされれば愚痴の一つも言いたくなる。

 まだ一時間前なら雪は降っていなかった。だが降り始めた頃から急速に暖かい家に帰りたいと思うようになった。

 しかし約束してしまったのだ。この場所で待っていると。約束は二年前にされたもので、つい最近まで当の本人も忘れていた。そのまま忘れ去ってしまうところだったのだが、昨日夢に見てしまった。これは何かお告げめいたものがあるのかと考え、とりあえず約束の日時にこの場所へやってきたのだ。

 最初は小さな期待をして待っていた。しかしなかなか目的の人物は現れない。雪が降り始めたことにより、不安と苛立ちが少しずつ沸き起こる。それでも美幸は律儀にもその約束を守ろうとしているのだが、寒さで体が限界に近付いているので、もう少ししたら帰ろうと己に言い聞かせる。

 そして言い聞かせることさらに一時間。寒さで体が震えて、心なしか頭痛がする。手足の感覚が麻痺をしており、もう無理だと本気で思った。


「もういいや。帰ろう、帰ろう……じゃなきゃ……」


 いろいろ限界なのでそう呟きながらふらつく足取りで数歩進み、なぜか視界がぼやけて、麻痺した足がもつれた。鈍い頭では何も考えられず、そのまま冷たい地面に倒れて、意識を失った。




◇◆◇




 暖かい空気に触れて、ふいに目を覚ました。

 分厚い布団に包まれている美幸はしばらくぼんやりとし、ゆっくりと周囲を見る。知らない部屋に知らない天井、己の置かれている状況が分からず布団の中で小さく首を傾げた。


「えっ……どこ、ここ……」


 少しずつ覚醒してくる思考に、慌てて起き上がった。呑気に布団に包まれている場合ではない。気を失っている間に知らない部屋に連れてこられたのだから。

 美幸は状況を確認しようと記憶を辿り、整理する。公園で雪の中二時間近く立つくしており、体に異変を感じた為帰ろうとしたのだ。しかしそこで記憶がなくなっている。

 こんなことなら律儀に約束を守るんじゃなかったと己の行動を悔やむが、今更どうしようもない。

 とりあえず部屋から脱出することを試みる。寝かされていた部屋は和室で、入り口は引戸であった。

 慎重に引戸を開ける。すると、目の前に知らない男の人が立っていた。


「きゃっ……!!」


 驚きに小さな悲鳴を上げ、飛びのく。勢いのまま尻餅をついてしまった。


「え、大丈夫……?」


 部屋の前に立ち尽くしていた男の人は尻餅をつく美幸を見て、声をかける。美幸よりも少し年上だろう。身長は高く、優し気な面立ちだ。その手には小さな土鍋が乗ったトレイを持っていた。


「あ、あの……えっと、誰……?」


 美幸の表情に不安と怯えを見て取れたので、男の人は優しく微笑みかけて説明をする。


「ああ、ごめんね。僕は優希。君が公園で倒れていたから、とりあえず連れてきたんだよ。熱があってね……えっと、美幸ちゃんで合っているかな?」

「なんでわたしの名前を……?」


 名乗ってないし、美幸自身この優希という男性を知らない。ただその顔立ちが誰かに似ている気がするのだが、それが誰かはわからない。

 疑念の眼差しを向けられ、優希は苦笑するしかない。当然の態度だと思うから。


「頼まれたんだよ、公園に美幸ちゃんがいると思うから会いに行ってくれーって」

「誰にですか?」

「たぶん、君が待っていた並木麻里子……って言ったらわかる?」


 美幸はその名を呟き一瞬眉を寄せる。記憶を手繰り寄せて、心当たりに辿り着き顔を上げた。


「まりちゃん……」

「うん、たぶんそう」


 あの公園で約束をした。まりちゃんこと、並木麻里子。すぐに思い当たらなかったのは本名を知らなかったからだ。美幸は彼女のことを『まりちゃん』としか呼んだことがなかった。

 そんな名前だったのか、と妙な納得をすると、続いて優希を見る。


「じゃあ、優希、さんは、まりちゃんの知り合いかなにか……?」

「麻里子とは従妹になるのかな。あいつ、二年前この家に住んでいたんだ」

「ああ、どうりで」


 言われてみれば優希の顔立ちは麻里子に似ているのだ。特に力が抜けるような笑い方はよくよく見ればそっくりだった。


「頼まれたっていうのは?」

「いやー麻里子のやつ今ニューヨークにいるんだよ。で、間に合わないから代わりに行ってくれって。きっと待っているからって言われて、半信半疑で行けば君が公園で倒れてたってわけ」

「それは……ご迷惑をおかけしました」


 優希からすればとんだ厄日だろう。美幸は申し訳なく思い頭を下げる。しかし同時に麻里子も約束を覚えていたことに少し安堵した。本人は現れなかったが。


「凄いよね、二年前の約束を覚えて待っているなんて。麻里子のやつ、急に言ってくるから電話に気づくのが遅くなっちゃて……寒い中待たせて悪かったね」


 何度もかけられた電話に優希は気づかなかった。と、いうのも大学生の優希は本日昼からずっとバイトだ。バイトが終わって携帯を見れば国際電話の着歴が何件もある。要件を聞いて急いで公園に向かえばセーラー服の少女が倒れているので心底驚いた。

 救急車を呼ぶか悩んだが、自宅が近くなので先に連れて帰り寝かせた。昔看護師をしていた祖母が自宅にいたというのも理由の一つだ。祖母の診立てで、熱が出ているだけだと聞き、また知り合いの医者にも診てもらい、念のため薬ももらった。

 美幸の目が覚めたとき、薬を服用するのなら何か食べたほうがいいと考え祖母におかゆを作ってもらった。出来上がったおかゆを持って部屋に入ろうとしたところで美幸と出くわし現在に至る。


「こちらこそ、いろいろとありがとうございます」


 丁寧に頭を下げて、何気なくおかゆに目を向ける。意識したわけではないが、少し気が抜けたせいか美幸のお腹が小さくなり、恥ずかしさに頬を赤らめた。


「はは。よかったら食べてくれるかな。祖母が作ったから味は保証するよ」

「……いただきます」


 小さな土鍋の蓋を開けると白い湯気がたち、微かに梅の香りがする。玉子と梅干しのシンプルなおかゆだがとても美味しそうだった。


「美味しい……」

「だろ? 僕も風邪をひいたときはよく作ってもらうんだ。そういえば麻里子も好きだったな」


 懐かしそうに話す優希に美幸は目を細めた。そして麻里子のことを思い出す。

 麻里子とは二年前にあの公園で出会った。その時高校受験の勉強で気が滅入っていた美幸はよく公園のブランコに座り息抜きをしていたのだ。

 あの時もそうだった。模試の結果が芳しくなく、気分を変えたくて寒い中ぼんやりとブランコを漕いでいた。暫くそうしていると気が付けば隣のブランコに麻里子がいた。


 ――まりね、今プチ家出中なの


 突然屈託のない笑顔でそんな風に麻里子に話しかけられ、美幸は困惑したのを覚えている。最初の出会いの日は麻里子が一方的に話しているだけで一時間ほど過ごした。その次の日も何気なく公園に行けば案の定彼女がいて、今度は少しだけ会話をした。

 その次の日ももちろん彼女はいて、さらに長く会話をするようになった。麻里子の話は突拍子もないことが多かったが、とても面白かった。なにより彼女と会話をしていると美幸の鬱憤が晴れる気がしたのだ。

 そうやって気が付けば二週間毎日彼女と会い、公園で過ごしていた。その頃には互いに随分と打ち解けていた。だが雪が降った日、突然別れを告げてきた。もう公園には来ることができないと寂しそうに言ったのだ。詳しくは話してくれなかったが、違う場所に住むから来ることができなくなるのだと。


 ――ごめんね。でも、また会えるから。あ、そうだ! 二年後の今日、また会おう!


 なぜ二年後なのだろうとか思ったのだが、一人盛り上がっている麻里子を止めるのを憚られ美幸は頷いた。美幸が頷くのを見て、さらに彼女は嬉しそうに笑うのでそれ以上言及するのをやめた。


 ――じゃあ、約束ね! ばいばい!


 それっきりだ。それっきり会うこともなく、連絡をとることもなかった。そして日々の忙しさと、時間の経過によりその約束も薄れていた。

 二日前、寒くなった公園で初雪を見て薄っすらと記憶が呼び起こされ、その日の夜夢を見たことで完全に約束を思い出した。

 一度気になってしまうと放置することもできず、当日待ってみることにするのだが連日の寒さから体調を知らずの内に崩していたようだ。

 結果的に麻里子も覚えてはいたが会うことは出来ず、初対面の男性に迷惑をかけてしまったことに負い目を感じてしまう。

 そんな美幸の感情が表情に出ていたのだろう。優希は苦笑しながら首を振った。


「僕としてはラッキーだと思っているよ」

「……どういうことですか?」

「だって、また美幸ちゃんに会うことが出来たからね」


 美幸としては優希と会うのは初めてのはずなのだが、彼の口ぶりからするとそうではないらしい。


「二年前にね、一度だけ会ったことがあるんだよ。麻里子を迎えに行ったときにね。その時に君の話は聞いていてさ……また会いたいなって思っていたんだ」

「えっと……」

「二年前の口約束を律儀に守ろうとしている姿を見て、思っていた通りの子だなって」


 一体どういう風に思われていたのだろうか。よくわからず、美幸は視線を逸らす。

 しかし優希に優しい眼差しで真っすぐに見られくすぐったい気持ちとなる。そして同時にいくら思い出そうとしても思い出せないことに申し訳なく感じた。


「だから麻里子には感謝しなくちゃいけないかな」


 茶目っ気に言う優希に思わず笑顔がこぼれてしまう。

 そしてさらにこう付け足すのだ。


「だから、今度は僕と話してくれませんか?」


 二年前は麻里子という少女と出会い会話を楽しんだ。なら今度はその従妹の優希と打ち解けるのもいいだろう。同じ雰囲気を纏う彼ならばきっと楽しい会話になるはずだ。

 それに彼の笑顔に惹かれている自分がいることに美幸は気づいていた。


「わたしも、優希さんともっと話してみたいです」

「それはもちろん喜んで」


 暖かい部屋の外は白い世界が広がっている。

 その中で確かに始まるものがあった。

 淡く暖かい、気持ちが溢れてくる。

 それが形を成すのにそれほど長い時間はかからないだろう。

 人知れず雪のように積もっていく、それはきっと――




 それから数日後、麻里子は日本に帰国した。

 二年ぶりに会う美幸が従妹の優希と親し気に話している姿を見て驚愕することになるのだが、それはまた別のお話。




ドキドキの恋愛話を書こうと思って断念。

余りにも恋愛にならなかったので文学にしました。

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