SS サクラちゃんは勇者ですか?
とりあえずサクラちゃんを主人公にしたSSです。
「見知らぬ天井・・・じゃないよね。」
窓から差し込む日差しに目を覚ました私は、木の枝や葉っぱが浮き彫りになった天井を見ながらそうつぶやいた。
ベッドの上で大きく背伸びをしながら、また天井を見る。
複雑な模様は彫られたものではなく、木の枝が実際に寄り集まって、床から3mほどの高さでドーム状になっていることが解かる。
周りを見回すと、直径5mほどの円形の部屋の一方に私のベッドはある。
もう一方には直径2mほどの丸い穴。
少し高い位置に窓用の小さめの穴が4箇所。
どの穴にもドアや窓枠が付いてないが、此処ではこれが普通だ。
私はベッドから下りてすぐに着替えはじめた。
慣れたはずだったが、やはりこの開放的すぎる環境に戸惑ってしまう。
もっとも、貧弱な私の生着替えなど覗く人はいないだろうけど。
着替え終わった私は、日が差し込む入り口に向かった。
外を見ると、あちこちの家から煙が立ち上っている。
家といっても、私が寝ていた部屋と同様に、立っている樹の途中にキツツキのように穴を開けて家にしているのだ。
その樹も小さいもので直径3mくらいから、大きいものは100m以上に達するものもある。
それぞれ樹には、出入り口や小さめの窓穴がいくつも開いている。
その高さも地面のすぐ近くから、遥か樹の頂上付近まで様々。
そして、そのどれにも窓枠もドアもない。
どの樹も生きていて、枝が四方に伸び葉が青々と茂っている。
ここは、エルフの街タルト。
私は、中央広場に面した50mほどの高さから、街の様子を見下ろしている。
森の中にできた大きな空き地といった感じの中央広場だが、私の家の反対側にはこの街の役場を兼ねた、町長が住む一際大きな樹が立っている。
その樹にもたくさんの穴が開いてて、多くの部屋があることが解かる。
樹の枝に隠れた上のほうに町長や役場で働くエルフたちの家があり、下の方に役場の窓口などがあるのだ。
私は、広場に向かって飛び降りた。
浮揚魔法を使って落下速度を調整しながら広場の様子を見る。
私と同じように下りていく人が大勢見える。
逆に上に昇っていく人もいる。
広場で食事を作っている人達も多いみたいだ。
広場のあちこちに、食事を作っている人、テーブルを囲んだり岩や切り株に腰をかけて食事をしている人達が見える。
ちょっとしたピクニック気分だが、これが食事時のいつもの風景だ。
ちょっとした雨なら大きな枝の下で平気で食事をしたり、お茶を飲む人達も少なくない。
せっかく森の中にいるのに、小さな部屋の中でちまちま食事をするのは、馬鹿馬鹿しいと思うように私もなっている。
「美鈴、起きたのかい。」
地面に降り立つと、食事の支度をしていた赤い髪の女性が振り向いた。
「おはようございます。シャルアさん。」
シャルアさんは、少し長めの耳以外、私がエルフに持っていたイメージを見事に打ち砕いてくれた人だ。
格ゲーの女戦士といったほうが、まだ納得できる。
私には武術など解からないが、少なくても体長5mの猪をただ一太刀で倒したのだから、相当強いはずだと思う。
後で聞いたけど、世界大会の上位にいけるくらいの腕前らしい。
「よく眠れた?久しぶりだったから遅くまで話し込んじゃってごめんね。」
「いいえ、向こうじゃあれくらい夜更かしするの当たり前だし、おかげでぐっすり眠れました。」
私がこちらに戻ってきたのは、前回から一ヶ月ぶりだった。
しかし、シャルアさんにとっては約六ヶ月ぶりの再会なのだ。
日本とこちらの経過時間の差異は約6倍で、最初私がこちらで一年以上過ごした時は、日本に帰ったら二ヶ月程しか経っていなかった。
「もうすぐ、ご飯ができるから待っててね。」
シャルアさんが鍋の中をかきまぜると、美味しそうな匂いが漂ってきた。
「わあー。タルタのシチューですか、懐かしい。」
「美鈴の好物だったろ。
ちょうどいいタルタが手に入ってね。」
私のために、好物を用意してくれたみたいだ。
この季節だと森のタルタはそろそろ終わる時期だが。
きっと、私のために朝早くから知り合いの家を回って手に入れてくれたのだろう。
シャルアさんは、出来立てのシチューの鍋を私のいるテーブルの中央においた。
「うまそうな匂いじゃな。」
「なんだい。ロア、今頃起きてきたのかい。」
私の魔法の師であるロア先生が、テーブルのシチュー鍋を覗き込んでいる。
シャルアさんが見立てた高価なローブ姿だが、ナイスミドルと呼ぶにはちょっと野暮ったい。
先生は、五十台の中年おじさんといった風貌でありながら、実は世界的な魔法使いなのだ。
「昨日美鈴が持ってきた資料を、明け方まで読んでおったんじゃ。」
「いいから、二人ともご飯を食べるしたくをおし。」
シャルアさんの言葉に、顔を洗ってないことを思い出して、急いで水汲み場に向かう。
「おいおい。そんなに急がんでくれ。」
ロア先生がヨタヨタと追いかけてくる。
「ロア先生。やっぱり運動不足ですよ。」
「魔法使いはシャルアみたいに体を動かす機会が少ないんじゃよ。」
私が水汲み場で顔と手を洗ってる間、息を整えながら言い訳をしている。
朝食は黒パンとタルタのシチューと季節のサラダ。
簡素だが森の空気も手伝って、日本では味わえない美味しさだ。
シャルアさんがロア先生の方を見ながらつぶやいた。
「私ももっと運動しろって言ってるんだけどね。」
「しかし、魔法書を読みながら走ったり跳んだり出来んじゃろ。」
「だから、たまには本を置いて体を動かすんだよ。」
食後のお茶を飲みながら、二人の軽妙な会話を聞いていると、初めて会ったときのことを思い出す。
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「見知らない天井。・・・・ここはどこ?」
机に座って勉強していたはずなのに、いつの間にか仰向けに眠っている。
お兄さんがベッドに運んでくれたのかな。
夢でも見てるのか、まだ頭の中がぼんやりしている。
「○×%△・・・・・」
声のした方に振り向くと、長いローブみたいなのを着て杖を持った60歳位の老人が話しかけてくる。
「なに。まるで魔法使いのおじいさんみたい。」
思わず吹き出してしまった。
私の言葉を聞いた老人は、一瞬驚いた顔をしたが、わずかに眉をひそめた後、私の額に指をあてて何かつぶやいている。
「この娘が人並みの知恵があるなら、これで言葉が通じるはずなんじゃが。」
いきなり日本語が聞こえたので、思わず起き上がった。
「あなた誰?私いったいどうしたの?」
立て続けに質問を投げかける私に、困惑顔の老人は後ろを振り向いた。
「なあ、これがYUUSHAというのか?わしにはただの人族の娘にしか見えんが。」
「そうだね。ただの小娘にしか見えない。」
老人の後ろから、赤い髪を腰まで伸ばした女の人が私を見ている。
歳のころは20台後半くらいで、鍛えられた女戦士といった感じだ。
実際、腰に大きな剣をさして、革鎧というのだろうか防具を着ている。
印象的な赤い髪は、後ろで編まれて一本の太い紐のようになっている。
「YUUSHAはドラゴンを倒すほど強力で、大きな魔力を秘めてるはずなんじゃが。」
しげしげと私を見つめた後、老人はさも残念そうに首を振った。
「とてもそうは見えん。」
「大体、強力な武器のはずじゃなかったのか。」
「古代の神剣か、それに類したものだと思ったんじゃがのう。」
「あの、何を話してるんですか?
私、自分の部屋で受験勉強してて、つい、居眠りしちゃって。
でもなぜ、ここにいるんですか?」
私が、会話に割り込んだせいで、二人は顔を見合わせて黙り込んでしまった。
しばらく三人とも押し黙ったままだったが、老人がまた口を開いた。
「困ったの。YUUSHAを召喚するつもりが、人族の娘を召喚してしもうたらしい。」
「しかも、この娘が話してる言葉は、今まで聞いたことがないよ。」
「確かに、少なくともこのローデシア大陸の住民ではないじゃろ。」
「じゃあ、他所の大陸から召喚しちゃったの?誘拐だろそれ。」
「いや、わざとやった訳じゃない。
だいたい他の大陸からの召喚魔法ではなかったはずじゃ。」
「それじゃ何処からつれて来たの?この娘。」
「おかしいのぉ。古代の神剣を呼び出してやろうと思ったのに。」
「だから、古くてよく解からない魔法なんか使うなって言っただろ。」
ふと気がつくと、床より30cmほど高い台の上に、両足を投げ出して座っていたので、思わず立ち上がった。
足元に何か描いてある。
「冗談でしょ。なにこれ?」
どう見ても魔法陣としか思えないような模様の真ん中に私は立っていた。
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今、私は椅子に座って暖かいココアらしいのを飲んでいる。
あくまで、らしいだ。
このココアもどきの名はチァというらしい。
最も似ている味が甘めのココアだけど、微妙に違う。
私は未だに現実を認めることができないでいる。
いや、本当に現実なんだろうか。
テーブルの向こうに並んで座っている二人も、同じくチァを飲んでいる。
「あの、私。沢渡美鈴といいます。
えと、15歳で中学3年生です。」
老人はロアさんといって本当に魔法使いらしい。
女性はシャルアさんで、戦士という印象も間違ってはいなかった。
ただし、二人の説明によると二人ともエルフという種族で、なんと夫婦だというのだ。
「嘘。だってシャルアさん、ロアさんの孫っていってもいいくらいの歳じゃないですか。」
最初キョトンとした顔をしていた二人は、お互いに顔を見合わせ、そしていきなりシャルアさんが笑い出した。
「くっくっくっ・・・。まご、孫だって。くぁはははは。」
「そりゃ、わしが老けて見えるのはしょうがないが。それはひどかろう。」
「ヒック、ヒック。くくくく。ハハハハハハ。」
シャルアさんの笑いは止まらず、目に涙までにじませている。
そんなに可笑しなことを言っただろうか。
ロアさんは少し恨みがましい目で私を見てぶつぶつ言っている。
ようやく落ち着いたシャルアさんが口を開いた。
「ふふふっ。久しぶりに笑えたねぇ。
あのね、歳のことを言えば、あたしの方が年上なんだよ。」
「本当ですか?」
とても信じられない。まじまじと二人も見比べてしまった。
シャルアさんはにやにや笑いながらロアさんを見た。
「あたしは、ロアがオシメをしていたころから知ってるからね。」
「こら。それを言うな。」
「ロアを負ぶって子守りしてたとき、背中にオネショされたこともあるし。」
「わーっ。それは誰にも言わんと約束したじゃろぉー。」
ロアさんがあせってシャルアさんの口を塞ごうとしたが、あっさり手をつかまれた。
「エルフの歳は人族には見分けにくいんだよね。」
ようやく離してもらって、席に戻ったロアさんが続けた。
「確かに、千年以上生きるエルフもおるし、わしやシャルアみたいな例もあるしの。」
「あたしは、エルフの中でも魔法を使えないタイプなんだ。」
「魔法が使えないんですか?」
「全然使えないってわけじゃない。
でも、魔法が得意なエルフの中じゃ使えないのも同様さ。」
「じゃが、身体強化や自分自身に対する蘇生回復魔法は使えるんじゃ。」
「つまり、あたしの魔法はあたし自身に向けて使う類のもんなのさ。」
「たまに、精霊との結びつきが強いエルフにそういう変り種が生まれるんじゃよ。」
「そして、そういうエルフはたいてい普通のエルフよりも長生きなんだ。」
そう言うシャルアさんは余り嬉しくなさそうだ。
「自分の中に精霊か宿っておるからの。
外の精霊を感じ、その力を使って精霊魔法を使う普通のエルフとの違いじゃ。」
「ロアの見た目が年取ってるのは、ちょっと魔法で失敗して、老化が進んでしまったんだ。」
「元々、見た目は余り変わらんかったんじゃぞ。」
「あの。私、なぜここにいるんでしょう。
まさか、異世界召喚とかじゃないですよね。」
実物のエルフを前にして異世界召喚を否定したい私も、いい加減ずうずうしいのかも知れないけど。
ドッキリとか、何か日常で理由のつく解答が返ってきてほしいと、わずかな希望をこめて二人を見た。
難しい顔をしてたロアさんがようやく口を開いた。
「ローデシアという大陸を知っておるかね。この世界で最も大きな大陸なんじゃが。」
私は、首を横にふった。
「私は、地球という星の日本という国に住んでたんです。」
「知らんのう。地球という星とはなんじゃ?」
「世界は大きな丸いボールのような星の上にあるって・・・。
知りません?」
「変わった考え方じゃの。それじゃ人や動物も滑り落ちてしまうじゃろ。」
「いえ、万有引力というのがあって。あの・・。」
引力や地動説まで説明しなきゃ解かってもらえないんだろうか。
そんなに遅れた世界なんだろうか。
私は、どう説明したものかと考えあぐねながら周りに目をやった。
部屋は直径8mほどの円形で、天井は何か複雑な文様が描かれたドーム状になっている。
ドームの中央付近に不思議な灯かりがついている。
それは部屋全体を照らしながら、何故か殆ど影を作っていなかった。
壁には直径30cm程の窓らしい穴が5箇所と、直径2mほどの出入り口と思しき穴が開いている。
穴の外はもう夜になっている。無数の星と月が二つ見えた。
月が二つ。
「えーっ。うそっ。」
思わず出入り口に駆け寄った私は、勢い余ってそのまま足を踏み外して、外に飛び出してしまった。
「そういえば、窓枠もドアもなかったっけ。」
今まで私がいたのは、大きな木の穴だったらしい。
このまま死ぬとしたら間抜けもいいとこだ。こんな死に方だけはしたくない。
それとも、気がついたら自分の部屋に帰ってるんだろうか。これが夢なら覚めるんだろうか。
二つの月に照らされて、森の中をゆっくり落ちていく感覚が何故か幻想的だ。
「死ぬ瞬間は時間が長く感じるって本当だなぁ。」
まだ地面に衝突しない。涙が出てきて月が歪んで見える。
「大丈夫?」
シャルアさんの声が聞こえる。
「えっ?」
いつの間にか、私は草の上に横たわっていた。
シャルアさんの心配そうな顔が覗き込む。
「いきなり飛び出して、そのまま落っこちていくんだもの。驚いたよ。」
「美鈴さんとやら、お前さん魔法が使えんのか?」
ぽろぽろ涙が流れてきて、何も言えなかった。
シャルアさんの胸に顔を埋めてただ泣き続けた。
泣きじゃくる私の背中を、優しくさすってくれたシャルアさんの手の温もりは今でも覚えている。
翌日、泣き腫らした私の眼に冷やしたタオルを当てながら、二人が説明してくれた。
「実は、ローデシア大陸最大の闘技大会が迫っているの。」
「それで、シャルアのために強力な武器が欲しかったんじゃ。」
「ロアは、古代魔法の研究家でね。20年ほど前に資料の中からYUUSHAっていう強力な物を召喚する魔法陣を見つけたの。」
「古い魔法陣だったが、YUUSHAはドラゴンと戦えるほど強力な武器で、大きな魔力も込められていたらしいんじゃ。」
「それで、やっと魔法陣を解析してYUUSHA召喚をおこなったわけなんだけど。」
「出てきたのが私というわけですか。」
「そうじゃ。」
「もう一度、YUUSHAをゆっくり区切って言ってもらえませんか。」
ロアさんがかけた翻訳魔法のせいで、まとまった意味のある単語は自動的に翻訳されてしまう。
一語一語分けて発音しなければ元の音がわからないのだ。
「YU・U・SHAじゃ。どうしたんじゃ美鈴。」
私には最初から「YUUSHA」は「勇者」と聞こえていた。
聞き間違いかと思っていたのだが、やっぱり。
落ち込んだ私を心配そうに二人は見ている。
「私は勇者なんかじゃないのに。」
「そんなことは解かっておる。YUUSHAが何か解からんが、そのうちちゃんと解明してやる。」
妙な誤解をしているロアさんに勇者について説明してあげた。
私が、勇者の意味を話すと二人はまじまじと私を見つめた。
「「美鈴が勇者?」」
「そんな訳ないでしょ。」
疑わしそうな目で見る二人に、私は思わず叫んだ。
「しかし、わしは魔力節約のために手は加えたが、召喚対象はいっさい変えておらんぞ。」
「魔法陣の中身は全部解かってるの?」
心配そうに訊ねる私に、気まずそうにロアさんが答えた。
「いや、実は全て解かっておるわけではないんじゃ。」
「魔法陣は古代文字で書かれてあって、古代文字は全部解読されてる訳じゃないんだよ。」
「そうじゃ。それに全て解ってなくとも使えるしの。
例えば転移魔法なら転移する対象物と目的地を特定できれば、何とか使えるんじゃ。」
「必要な部分だけ変えて、他は昔どおりの魔法陣を使うのが普通よ。」
「一番の問題は、必要とする魔力じゃ。
対象が多かったり、目的地が遠かったりすると魔力も多く必要になるからの。」
「ロアは魔法陣の改造をして現代でも使えるようにするのが仕事なの。」
「昔の魔法使いは魔力が有り余っていたらしく、大きな魔力が必要な魔法陣を平気で使っていたんじゃ。」
「遺跡なんかから昔の魔法陣を見つけて、今の魔法使いに使えるように、特に魔力消費の面から改造するのよ。」
「今回の勇者召喚の魔法陣も、使用する魔力が大きくてな。」
「帰るための魔法なんか無いですよね?」
最初から諦めてはいるが、駄目モトで聞いてみた。
「あるぞ。ただし、何も手を加えておらんから、そのままじゃ使えんが。」
「ホント?あるの?」
泣き腫らして赤くなった目から、また涙が出てきた。
「美鈴。喜ぶのはいいけど、もう泣いちゃ駄目。
目が腫れて開けてられなくなるよ。」
シャルアさんが慌てて私の目にあてたタオルで涙を拭いた。
「まあ、美鈴を召喚してしまったのはわしの責任じゃから、出来るだけ早く魔法陣を使えるようにしよう。」
「それにしても、なんで美鈴が勇者なんだろ。」
「確かに、シャルアより力は弱そうだし、魔力もそれほど持ってるようには見えんのじゃが。」
「シャルアさんと比べられても困ります。
それに私、魔法なんか使えません。」
「いや、魔法は使えるじゃろ。」
「えっ。魔法が使えるんですか?」
「美鈴から魔力は感じるぞ。ただし、わしと同じかやや少ない程度じゃ。」
「地球じゃ魔法なんか無かったのに。」
「ほう。単に使わなかっただけじゃろ。なんならシャルアに習えばよい。」
「シャルアさんは、魔法が使えなかったんじゃないんですか。」
「詠唱魔法くらい使えるよ。使えないのは精霊魔法さ、エルフなのにね。」
「まずは簡単な詠唱魔法を覚えんとな。
家からの出入りもまともに出来んでは此処で暮らしていけん。」
「詠唱魔法を覚えたら、ロアから中級以上の魔法を教えてもらえばいい。」
早速、その日からシャルアさんの魔法教室が始まった。
しかし、直ぐに壁にぶつかるとは。
私は、翻訳魔法のおかげで言葉が解る代わりに、呪文の音が聞き取れないのにすぐ気が付いた。
呪文の意味は解るが、どう発音してるか聞き取れないのだ。
「弱ったね。バラバラに発音して真似ても綺麗な呪文詠唱にならないよ。」
「第一、すごく聞き取りにくいし、発音しずらいんです。」
日本人は、日本語の母音が少ない為に、母音の多い外国語が覚え難いと聞いたことがある。
実際、学校の英語の授業もアメリカ人の講師がついてたわりに聞き取りや発音はあまり上手く出来なかった。
「呪文を教える間だけ翻訳魔法を解除しようか。」
「そうするとシャルアさんの説明なんかも解らなくなります。」
「いちいち掛けたり外したりも面倒だしね。どうしよう。」
「浮かぶ時の呪文が、浮揚って意味だというのは解るんですよね。」
「慣れれば、いちいち発音しなくても、無言詠唱も出来るんだけどね。」
シャルアさんが「浮揚」と唱えながら軽く大地を蹴ると、体がゆっくりと上がっていく。
降りてきたシャルアさんにまた、呪文を発音してもらったが、私には「浮揚」としか聞こえない。
「あーあ。魔法が使えるって聞いて嬉しかったのに。日本語で魔法が使えないかな。」
私は、ふざけて日本語で呪文を唱えながらシャルアさんの真似をして、軽く大地を蹴った。
「浮揚」
そんな強い力で蹴った訳でもないのに、体が浮いていく。
「きゃーっ。助けてー。」
バランスを崩して慌てふためく私にシャルアさんが急いで飛びついた。
「美鈴。出来たじゃない。」
「あー、びっくりした。」
シャルアさんに抱きかかえられるように、地面に横たわったまま、さっきの様子を思い出す。
「そうだ。シャルアさん。詠唱魔法って現代語でやってるんですよね。」
「そうだよ。詠唱するときに魔力を込めると魔法が使えるんだ。」
「それじゃ、無言詠唱って心の中で呪文を思い浮かべて魔力を込めるだけですか。」
「そうなるね。なんでだ?」
「つまり、呪文の音はその時必要ないんでしょ。」
呪文の音が重要なのではなく、その意味、何をしたいか思い浮かべて魔力を込めることが必要なんだ。
私は「浮揚」と日本語で言ったときに、無意識に魔力を込めていたに違いない。
シャルアさんが飛ぶように、私も飛びたいと思っていたのだから。
手を引かれて起き上がった私は、もう一度挑戦してみることにした。
「浮揚」
だめだ、あの時どんな感じだったか。魔力を込める感覚が思い出せない。
「浮揚」
その後、何度か呪文を繰り返したが、なかなか体は浮かない。
呪文にこだわっちゃ駄目だ。あの時本当に飛びたいと思ったんだから。
あの時の感覚を思い出しながら、言葉に出さず体が浮くイメージを思い浮かべた。飛びたい。
「浮いたよ。美鈴」
シャルアさんの歓声が聞こえる。
私は、地面から2m位の高さからシャルアさんを見下ろしていた。
「あんまり高く上がっちゃ駄目だよ。ゆっくり降りてくるんだ。」
私は言われるままに慎重に地面に降りていった。
「出来たーっ。魔法が使えた。」
私たちは手を取り合って喜んだ。
「エルフは子供の頃から使えるから気にしてなかったけど。一日で魔法を覚えるなんてすごいじゃないか。」
「呪文にこだわらず、魔力を込めてイメージすることが大事だと気づいたんです。
呪文と言っても現代語なんだから、イメージしやすい言葉を言ってるだけなんですよね。」
それからは魔法の習得は早かった。
日本語でも問題はない。ただし、イメージしやすい単語の語彙の少なさが問題だった。
なにしろ、私はまだ中学生だ。小説家や詩人じゃあるまいし、そんなに沢山の言葉を知ってる訳じゃない。
しかし、それもシャルアさんが唱える呪文を、翻訳魔法で日本語に置き換えることで、なんとか克服できた。
思わぬ嬉しい誤算もあった。日本語つまり漢字という表意文字を使う関係で、言葉の意味を漢字で連想しやすいのだ。
シャルアさんが同じ系統の火魔法を使う時に、翻訳された単語が「発火」と「発炎」では、「炎」の方が強めの大きな火になることも解った。
私が使う際には「発火」のままでも、魔力を多めにすれば「発炎」と同様の魔法になることも判った。
ただし、魔力の消費効率はあまりよくないみたいだ。
こうやって、一週間程度で家の出入りは勿論、日常生活に必要な詠唱魔法は殆ど使えるようになっていた。
「ロアさんいますか。」
ロアさんが研究用に使っている大きめの部屋の入り口で、声をかけてみる。
こちらでは、入って来てほしくない時や、雨風を防ぐ場合は魔法で塞ぐので、部屋の中が見通せるということは入ってもいいということだ。
「おるにきまっておろう。美鈴は目が悪いのか。」
「いえ、一応礼儀として入る前にノックとか声かけするのが日本じゃ普通だったんです。」
「ノック?」
「えーと、ここにはドアがないけど、入り口を塞いでいるドアという板をたたいて外に来ていることを教えるんです。」
「最初から出入り口を塞いでいるのか。」
「ええ、魔法がないんで雨風なんかはドアで防ぎます。窓もガラスといって光は通す板状のもので塞ぎます。」
「なんか狭苦しくないか。」
「いえ、部屋はもっと広くしてあります。木の中に住むんじゃなく、木の外に家を建てるんです。それに、ドアも窓も開けて風を通すことも出来ますし。」
「木の中に住まないんじゃ、木の出すマナが余り得られないじゃろ。」
「マナ?」
「そうか、美鈴の国には魔法が無かったんじゃったな。」
「マナというのは、魔力の元になるもので、竜脈なんかと同じようなもんさ。」
後ろから付いてきたシャルアさんが説明してくれた。
「ああ、木はマナを大地から吸収して大気に出しておるんじゃ。」
「森の中はマナが豊富だけど、木の中は特に私たちが取り込み易いマナに満ちてるんだよ。」
「だから、わしらは木の中に住んでるんじゃ。」
「じゃあ、マナが無いと魔法は使えないんですか。」
「そうなるな。ただし、マナが薄い場所はあるが、無いところは世界中探しても数えるほどじゃ。」
「竜脈のそばは逆にマナが濃いしね。」
「魔力を使い切ってもマナの濃い所ならすぐに回復できるんじゃ。」
「精霊魔法なんかもマナが必要なんですか。」
「マナの無い所に精霊はおらん。」
「もともと、マナが凝り固まって人格を持ったのが精霊だと言われているくらいだから。」
「もっとも、精霊の人格とやらは人間のそれと違いすぎるんじゃが。」
「私が習った詠唱魔法と精霊魔法ってどこが違うんですか。」
「詠唱魔法は自分の中の魔力を使って、精霊魔法は体の外のマナを使うのよ。」
「魔法陣も外のマナを使うが精霊魔法とは違うな。」
「精霊魔法は精霊の力を借りてマナを使うって感じだけど、魔法陣はマナの力を直接使うのよ。」
「複雑なんですね。」
「詠唱魔法を初級、精霊魔法が中級、魔法陣を使ったものを上級といった分け方をすることもあるのよ。」
「もっとも、精霊魔法はエルフしか使えんし、魔法陣以外でも強力な魔法を使う方法があるんじゃが。」
「人族の中級魔法や、上級魔法はまた別ね。美鈴も人族だから精霊魔法以外の中級魔法を覚えなきゃ。」
「精霊魔法は精霊が見えないと使えんし、いつも言うことを聞いてくれるとは限らんから不安定なんじゃ。」
「魔法陣は、古代文字で書かれて中身が解らないから、もっと使うのが難しいという訳ですね。」
私なりの解釈にロアさんが憮然としながら答えた。
「確かに、全てが解読できておる訳ではないが、使えるものは多いんじゃ。」
「使えるようになった魔法陣は、魔力を補充すれば誰でも何度でも使えるのが多いんだよ。」
「使う魔力の倍はおろか、場合によっては10倍の力を持った魔法も使うことが出来るのが魔法陣なんじゃ。」
「だからロアみたいな仕事をする人がいるのさ。
ものによっては、一つの魔法陣を使えるようにすれば100年だって遊んで暮らせるようになるんだよ。」
「わぁ、じゃロアさん大金持ちなんですね。」
私の歓声にシャルアさんが首を振った。
「そんな簡単に、金になる魔法陣が見付かるわけないだろ。」
「勇者召喚の魔法陣は当たりだと思ったんじゃが。」
気まずそうに呟くロアさんに、私は謝った。
「ご免なさい。私が出てきちゃったから。なんで私が勇者なんだろ。」
「全くだ、それだけが解らないよ。本当に勇者というのは美鈴の説明のとおりなのかい。」
「ええ、ドラゴンを倒したり、魔王を討伐したりする勇敢で強い人のことを勇者って呼んでるんです。もちろん物語の中で、現実にはいないんですけど。」
「魔王はすごい魔法が使える悪人のことだよね。美鈴はやっと詠唱魔法が使えるようになったばかりだけど。」
「ドラゴンは北のほうに氷竜が住んでいると聞いたことがあるが、タルトの樹よりも大きくて強力な魔法も使えるそうだ。」
タルトの樹は、この街の名前の由来にもなった、直径約100m高さは800mを越えようかという巨木で、町役場になっている。
二人は私を見て魔王やドラゴンとのギャップに悩んでいるらしい。
「だから、私は勇者じゃありません。」
ある程度詠唱魔法が使えるようになったので、私はロアさんの所で帰還の魔法陣の改造を手伝いながら魔法を教わるために来たのだ。
いつまでも二人の家に居候というわけにもいかないし、第一私は高校受験を控えた受験生なんだから。
ロアさんは私に色々と魔法や魔法陣について教えてくれた。
シャルアさんはこの世界の様々な知識、特にエルフの町で暮らすうえでの常識などを教えることになっている。
「ではロア先生、お願いします。」
半分冗談のように言ったが、ロアさんは私を弟子として受け入れてくれたみたいだ。
後で聞いたら、特に魔方陣の研究者は大きな利益が関わるだけに閉鎖的で、他人を自分の研究室に入れたりしないという。
実際、ロア先生の研究室も開放的に見えて、何重ものトラップや障壁が設けてあるらしい。
シャルアさんや私がその例外として登録してあるから、作動しないのだと教えてもらった。
帰還の魔法陣に色々な魔力を加えながら、その反応を確認していく。
こういう方法が魔法陣の解析方法らしい。
慣れない人は、魔法陣を暴走させて最悪死ぬこともある、と言われたときには思わず尻込みしてしまった。
「弱った。この魔法陣は半端なく魔力を喰うぞ。」
「それじゃ、やっぱり使えないんですか?」
ロア先生の言葉に私は不安そうに訊ねた。
ロア先生は魔法陣を難しそうな顔で見つめながら、ぶつぶつ呟いている。
「うーん。召喚の十倍、いやいや二十倍かのう。」
しばらくして、色々試してみたロア先生は、煮詰まってしまったようだ。
「前に、似たような魔法陣を何処かで見たような気がする。」
そう言って、研究室のある木の根元に下りていった。
そして、地面に出来た木の祠に潜り込んでいく。そこに倉庫があるらしい。
「このへんに、父やその師匠達の資料がしまってあったんじゃが。」
ロア先生が、地下の倉庫から幾つかの箱を引っ張り出した。
「たしかこの箱に魔法陣を画いたのをまとめておったはずじゃ。」
箱の中には、羊皮紙と言うのだろうか、沢山の皮が入っていた。
形や大きさはまちまちだが、全てに魔法陣が画かれており、その脇に書き込みがしてあった。
「整理してないんですか。」
雑多に詰め込んだ箱の中から羊皮紙を取り出すと、ひと目見ただけで次々と放り出している。
私は、放り出された羊皮紙をあわてて集める。
そのうち、集めていた羊皮紙の中に、同じような魔法陣があるのに気がついた。
手元の魔法陣を見比べると一箇所だけ違うみたいだ。
他にも同じ箇所が違う魔法陣が何枚か見つかった。
「これが、目的地とか対象物の部分かな?」
どうせ集めるんなら、整理してあげようと類似した魔法陣をいくつかの束にまとめて置いていく。
複雑な魔法陣ではあるが、画像として見れば相違点を見つけるのはさほど難しくない。
分類した羊皮紙の山が10近くできたころ、ロア先生が私の方を見た。
「何をしておる?」
「整理してあげてるんですよ。資料はちゃんと整理しておかなきゃ駄目でしょう。だから、必要な時にすぐ見つけられないんです。」
「はあ?」
きょとんとして私を見るロア先生に、類似した魔法陣の束を並べて見せなた。
「ほら、これはこの部分だけが違うでしょう。」
私は、別の束を取り出して説明した。
「こっちは、この部分とこの部分の二箇所が違うから、後で七並べみたいに縦横並べてみないといけないです。」
渡された羊皮紙の束と私を交互に見ながら、ロア先生が口を開いた。
「お前さんは魔法陣が読めるのか。」
「いいえ。初めて見たのに解るわけ無いじゃないですか。」
「じゃが、同じ種類の魔法陣ばかり集めておる。」
「だから、この束の羊皮紙に画いてある魔法陣は、この部分だけが違うでしょう。」
私は、魔法陣の違う部分を指差しながらロア先生に訊いた。
「この部分は、何の意味があるんですか?」
「お前、いや美鈴は意味も解らないのに、同じ魔法ばかり集められるのか。」
「だから、簡単でしょ。同じ図の違う部分だけをまとめるだけですから。」
驚くロア先生にいろいろ確認したところ、エルフには分類整理という発想が無いことが解った。
「うっそでしょ。」
驚く私に、ロア先生が説明してくれた。
エルフに分類整理という発想がなかったのは、記憶力が半端ではないかららしい。
つまり、私たちでも10個程度の資料を分類整理しようとは思わないだろう。
彼等にとって数百枚の魔法陣でもその程度のもので、すぐに思い出すことが出来るらしい。
今回は、自分の資料ではなく、数人分の資料だったから余り詳しく覚えていなかったが、その気になれば全部覚えることも難しくないらしい。
ただし、類似したものを分類整理することで得られるもう一つのメリットには結局気づかないままだったのだ。
彼らが魔方陣を解析する方法は、一種の試行錯誤法なのだ。
魔法陣に僅かに魔力を流して、その反応を確認しながら改造していくというのもだ。
魔法陣は、大崩壊以前にすでに使われなくなっていた神話時代の古代文字で描かれており、主に大規模魔法に使われるものだ。
この世界は、約千年前の大崩壊で人口の90%が失われ、都市のほとんどが破壊喪失してしまった。
しかも、以前の記録が失われてしまったために、大崩壊の原因や詳細はいっさい解っていない。
この時に古代文字の記録も無くなってしまったのだ。
生き残った人々は、日々を過ごすのにやっとで、日常使う文字はいざ知らず、使うこともない古代文字の維持や解読などはされなくなった。
日常使う簡単な魔法は現代語を使った詠唱魔法によって可能だったし、エルフなら精霊魔法も使えた。
あえて、魔法陣を使う必要も無かったらしい。
もっとも、全く魔法陣が使えなくなった訳ではなく、大崩壊以前のもので今でも使える状態のものが多少残っていた。
残された魔法陣は数千キロを隔てた2箇所を転移魔法で結ぶものだったり、10万人を超える都市を維持できるだけの魔力を生み出すものだったり、大変な経済効果を生んでいた。
これら残った魔法陣を参考に、崩壊した都市や更に昔の遺跡から魔法陣を見つけて、現代でも使えるようにするロア先生のような人々が現れた。
最初は、失敗の連続だったらしいし、時には事故で死ぬ人もいたという。
しかし、魔法使いの少ない人族や、殆どいない獣人たちにとって、魔力が少なくても容易に大規模魔法が使える魔法陣は魅力的だった。
いや、一般の魔力の少ない人や獣人達にとっては、詠唱魔法のような簡単な魔法を使うために魔法陣が必要とされたのだ。
詠唱魔法を簡単に使えるようなる魔法陣が出来た時は飛ぶように売れたそうだ。
今は、使い捨ての魔法陣もあり、魔法陣と魔力供給のための魔結晶を組み込んだ魔法具を持っていれば、誰でも魔法を使えるそうだ。
ただし、これらの開発は個々人が秘密に行った関係で、学問的取り組みがなされなかったらしい。
なまじ、経済的利益が大きかったために、個人や家族、または師弟の枠の中で試行錯誤しながら開発が進んだのだ。
成功すれば一攫千金を狙えるが、大抵はそれほど大きい効果のものを作るのは稀で、最悪は死ぬ危険もあるのが魔法陣開発という仕事である。
ロア先生もある魔法陣の改良に失敗して、急激な老化という肉体変化が起こったという。
もともと、シャルアさんの寿命が長いとはいっても、ここまで見た目が違うようになったのはそのせいだ。
私は、ロア先生の助けを借りながら、魔法陣が画かれた羊皮紙を並べていった。
魔力が多く必要な順。転移魔法の移動距離が長い順。等々。
「ロア先生、もしかしてこれ数字じゃないですか。」
「何じゃ。ここでは魔力の大きさを指定しておるんじゃ。」
「だから魔力を数字で示しているんじゃないんですか。」
「古代魔法の数字は余り解っておらん。せいぜい40位までで、しかも抜けが結構あるんじゃ。」
「じゃあ、移動距離なんかはどうやって書き込むんですか。」
「似た距離で使われておる他の魔法陣の文字をそのまま持ってくるんじゃ。それに、試しに魔力を流してみれば、経験的にどの文字が遠くて、どれが近いか解る場合が多いでな。」
「それじゃ正確に距離が出せませんね。」
「ああ。シャルロという商業都市がいい例じゃ。
双子都市とも言われておるが、ここが、転移魔法陣を作ったとき1km.ほど距離が合わなかったんじゃ。」
「それで、どう調整したんですか。」
「都市の外側の魔法陣の側にもう一つの街ができて、最後は大きく膨らんだ二つの街が一つになったんじゃ。」
「こっちの魔法陣の此処。さっき場所を示すって言ってましたよね。でも、使われている文字がそっくりです。」
「そういえばそうじゃな。この部分とか。」
「きっと、距離を数字で示しているんじゃないですか。」
「なるほど、確かにそうかも知れん。うーん。」
私は、ロア先生と一緒に様々な類似点や相違点を検証して、わずか10日で古代文字の数字を解析していった。
算用数字、漢数字、ローマ数字などの知識が大いに役立った。
「やったー。これで数字が分った。」
「すごいね、美鈴。魔法陣も古代文字も素人同然なのに。」
「ロア先生が魔法陣のどの位置に魔力や対象物を書き込むのか、周囲の文字や位置関係でなんとなく解るって言ってたでしょ。」
「ああ。長く魔法陣を扱っておると解るようになるんじゃ。」
「私も、たくさんの魔法陣を並べていると、なんとなく類似性や規則性が解るんです。」
「美鈴はそういったスキルを持っておるのかも知れんな。」
「そういえば、最初ロアがバラ撒いた羊皮紙を簡単にまとめて整理していたね。普通一目見ただけで、同じような魔法陣だなんて区別つかないよ。」
「確かに、書き溜めたわしにもあれほど簡単に同じものを集めることはできん。」
「えへへ。そうかな。でもこれで次の古代文字の解明に進めますね。」
「古代文字の解明か。大崩壊以来誰も出来なかった偉業になるかも知れん。」
古代文字が解れば、魔法陣の研究はもっと進むはずだ。
私が帰還するための魔法陣も早く完成させることが出来るだろう。
そこで私はあることに気づいた。
「あーっ。そう言えば、私、現代語の文字も知らないんだ。」
「そうね。言葉は翻訳魔法で何とかなったから安心してたけど。文字は教えてなかった。」
「こっちの文字って表音文字なんですか。それとも表意文字ですか。」
「なんじゃその表意文字というのは?」
「表意文字というのは文字の一つ一つに意味がある文字なんです。」
私は、メモ用紙代わりにしていた板に「川」という字を書いて見せた。
「これは川という字で一文字で水が流れる川を示します。」
「美鈴の国ではこういう表意文字を使っておるのか。」
ロア先生は、私が川や山と書いた板を見ながら訊ねた。
「私の国は日本といって、実は数千の表意文字と2種類100あまりの表音文字をいっしょに使ってるんです。」
「面倒なことをしておるな。」
「歴史的なことがあるらしいんですけど。」
ついでにアルファベットや絵文字も混在させてるなんて言わないでおこう。
「じゃあ、美鈴ならこっちの文字も簡単に覚えられるよ。美鈴の言う表音文字が82文字しかないから。」
「は、はちじゅうに・・。」
結局、古代の数字を解析するより、この世界のアルファベットを覚えるほうがよっぽと難しかった。
表音文字の場合、音と文字が一致するのでどうしても翻訳魔法が邪魔をするのだ。
結局、ロア先生の協力で盗聴用の魔法陣を改造して聞き取りの魔法陣を作った。
翻訳魔法にも手を加えて、意味は頭の中に直接、音は耳に聞こえるようにしてこの国の言葉と文字を覚えることができた。
しかし、全く未知の言語と文字を短期間で覚えたのだから、たしかにチートなスキルを持っているらしい。
それからは毎日、ロア先生と魔法陣の解析に明け暮れた。
ロア先生だけでなく、お父さんやその師匠の資料まであって、数が多かったのが逆に整理解析の成果につながったようだ。
私たちは、ジグソーパズルの隙間を埋めるように新しい魔法陣を加えていった。
また、規則的に並べた魔法陣の隙間には、元素周期表でメンデレーエフが予言したように、特定の性質の魔法陣になるはずだと言ってロア先生を驚かせた。
ロア先生がなんとなく判るといった、記号や位置についても次々解明が進んだ。
一つが分ると次も分ってくる。まるで文字列のパズルの空白を埋めていくような気分だ。
もちろん、時々シャルアさんが森に狩りや果実を摘みに誘ってくれて、運動不足にならないように気をつけてくれた。
私がロア先生に召喚されてから半年後、一部を除いて魔法陣に使われる古代文字の解読が終了した。
残った文字は特定の意味を持つ記号らしいのだが、資料が不足していて意味が断定できないでいる。
それまでに、ロア先生は幾つかの有用な魔法陣を開発して、夢に見た億万長者になっていた。
私としても、ただ飯食いにならなくて済んだと喜んでいる。
いくら、自分の意思じゃないとはいえ、召喚されてからずっと二人の居候になっていたのだから。
でもロア先生はこの功績は私ので、自分のじゃないとなかなか受け取ろうとはしなかった。
最後には納得してくれたけど、収入の一部を私のために貯金してくれるそうだ。いつこちらに戻ってきてもいいように。
大金持ちになったからといって、二人の生活が大きく変わったわけじゃない。
住んでるとこも、家具などもほとんど変化はなかった。
ロア先生の資料や書物が結構増えて書庫を増築したことと、シャルアさんの使う剣が鋼からオリハルコンになったくらいだ。
私の分だといって渡されたお金も、美味しいものを取り寄せるために多少使ったが、二人には変な顔をされた。
こちらでは、旬の食べ物をアイテムボックスに入れて、何時でも何処でも食べるというやり方はしない。
ミシュランで料理の味だけでなく、盛り付け、接客や店の雰囲気まで評価対象にするように、シチュエーションまで料理の一部と考えるのだ。
秋刀魚なら、秋の高い空の下、色づいた山の景色を眺めながら、少し肌寒い風を感じつつ食べて、初めて美味しい秋刀魚を食べたと言えるわけだ。
こだわる人なら、漁港で水揚げしたばかりの秋刀魚を、炭火で焼いたのが一番と言うかもしれない。
だから、美味しいものは地元で旬の時期に食べるのが本当の美味しい食べ方と言われている。
古代文字について公表するかどうか、今のところ保留中となっている。
魔法陣の改造が容易になる反面、改造を行う人々が欲に駆られて危険なものを作る可能性もあるからだ。
ロア先生はいい人だったから良かったが、魔法陣改造を行う人の多くは、閉鎖的で利己的な場合が多いように思えるのだ。
「一攫千金を夢見る人が、聖人君子とはとても思えないからね。」
シャルアさんの一言が決め手になった。
ロア先生の老化現象だが、早急な改善は出来ないことが解った。
ゆっくり戻さなければ、体への負荷が大きくなって寿命を縮める結果になってしまうのだ。
ただでさえシャルアさんが長生きして、年下のロア先生のほうが先に寿命を迎えそうなのに。
二人はそのことを何も言わなかったが、今のままでも仲の良い夫婦なんだから少しぐらいロア先生が年上に見えてもいいだろう。
現在、私たちは日本に帰還するための魔法陣の改造に取り組んでいる。
今では、私も一人前の魔法使いだ。
私はエルフじゃないので精霊魔法を使えないが、人族の使える魔法はほぼマスターしているし、魔法陣を結構自由に使えるので、ロア先生と二人してわりと有名になってきた。
氷竜がいる北のゾレアという国に呼ばれたこともあるし、獣人国から旱魃をどうにかして欲しいという依頼もあった。
帰還魔法陣の改造も大事だが、ここまできたらいっそ異世界を楽しもうと、シャルアさんも一緒に世界各地の観光がてら依頼を受けている。
依頼を受けて各地に行くとき、グルメ旅になるのは当然だろう。
「この時期、あなたの国に何か美味しいものがありますか?」
私は、いつも依頼を受けるときに訊ねることにしている。
そういえば、勇者召喚の元になったシャルアさんの闘技大会出場だが、結局取りやめになった。
もともとベスト20に入る実力があるシャルアさんだが、精霊魔法が使えないために優勝できなかったのだ。
闘技大会は、事実上世界一を競う場になっており、上位にくる人達は皆武芸も魔法もトップレベルにある。
ロア先生はなんとか優勝させてあげたいと思ったらしいが、シャルアさんは仕官する気もないし、今のままでいいという。
各地に旅するとき、シャルアさんは護衛役としても、ロア先生の手綱を取るお目付け役としても心強い存在だ。
私がなぜ勇者として召喚されたのかは未だに解らない。
私のスキルは戦いに使えるものじゃない。問題の解析や資料の分類整理などに有効な能力らしい。
物事の重要点や問題点、さらに改善点を見つけることが容易なのだ。
こちらで旱魃の大地に雨を降らせたり、街を凍らせた氷竜を追い払って街を開放したりしたが、全て魔法陣を使ったもので、ロア先生にも出来るものだった。
魔王はこちらにはいないし、街を凍らせた氷竜とは戦う必要もなかった。
頭の上に大きな火の玉を浮かべて見せたら、とても友好的になって帰ってくれたのだ。
酒好きの氷竜が、一度竜の姿のままでお腹いっぱい酒が飲みたいと言ったので、大きな氷のプールに強い蒸留酒を作ってあげたら、飛び込んで文字通り浴びるように飲んでいた。
大虎になった竜をみんな引きつった顔で見ていたが、氷竜から大きな魔結晶をお礼に貰えたのは嬉しかった。
帰還の際に不足している魔力の補充に使えるだろう。
南の大きな火山に住んでいるという炎竜も、同じような魔結晶を持っているそうなので、なんとか貰えないかと考えている。
あの勇者召喚の魔法陣だけは不良品だったのだろう。
きっとそうだ。
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「美鈴、お代わりいる?」
シャルアさんの声で我に返った。
「どうしたの、ぼうっとして。」
冷えたチァを新しく入れ直しながら、シャルアさんが心配そうに見ている。
「最初にこちらに来た時のことを思い出していたんです。」
「懐かしいな、ずいぶん以前のように思えるが、美鈴の世界ではそれほど時間が経っておらんのじゃろ。」
「ええ。こちらの6年が向こうの1年位になりますから。」
「ある意味都合がいいね。あたしらエルフは長生きだから。
たまにしか会えないのが寂しいけど。」
「ご免なさい。私はわりと頻繁に会ってるんだけど。」
「しょうがないよ。美鈴のお墓に話しかけるよりも、こうして直接顔を見ながら話せる方がいい。」
「今度は何日くらいおるんじゃ。」
「向こうが連休なんで、10日くらいお願いしようかなって。」
「好きなだけおればいい。」
「美鈴の部屋は何時でも使えるようにしてるからね。」
最初日本に帰った時、タクさんから「二人を誘拐で訴えるか」と訊かれたがとんでもない。
二人は友人というより、家族と言っていい大切な存在なのだ。
それにここは、既に私の第二の故郷になっている。
童顔で小柄な私は、こちらで少々時間を使っても、日本では成長したとか老けたとか言われたことが無い。
それを喜ぶべきか、今私のささやかな悩みになっている。
ここでは「サクラちゃん」というあだ名の理由は出てきません。
それはまた次の機会にしたいと思います。




