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柳は緑、花は紅  作者: カブトムシ
第二章 迅雷耳を掩《おお》うに暇あらず
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3 言霊

「何しに来たんだよ。お前みたいなひよっこがさ」

「知り合い?」

 斯鬼は横目で美和を見て口端に笑みを登らせた。

「こいつこのあたりの土地神についてる下っ端だよ」

「このあたりって、クスノキの下っ端ってこと?」

 斯鬼は肩をすくめて首を振った。

「土地神は一人とは限らねぇんだよ。縄張りみたいなもんであっちこっちを支配してるのを土地神って呼ぶわけ。こいつは隣の土地神の下っ端って言ったほうが分かりやすいか」

「八百万っていうもんね」

 なるほどと頷いて見せると斯鬼は呑み込みが早いなと、子供のように頭をポンとたたいた。

「巫女?」

 携帯を持ったままのサグジが、斯鬼とやり取りをし合う美和を物珍しげに上から下まで見てから問いかけた。

「巫女じゃないわ」

「巫女だけど巫女らしいこと何にもしねぇよ。その分美味しそうだろ」

 斯鬼は自慢げに美和の肩に手を回すと、自分の体に引き寄せた。もちろん美和はそんなことを許しはせず、すぐさま腕を振り払って斯鬼の足を踏みつけた。

「確かに巫女に間違いない。霊力が素晴らしい」

 サグジは痛がる斯鬼を横目に、冷たい目つきを注ぐ。

「巫女だろうが何だろうがもうどうでもいいことでしょう。それより、お前が持ってる携帯、それ返して」

「どうぞ」

 意外にもすんなりとサグジは美和に携帯を返して来た。

「ふぅん。斯鬼と違って素直なんだ」

「そういうわけじゃありません。もうその携帯に用はなくなったというだけのことですから」

「用って何?」

 サグジは美和を見て斯鬼へ視線を移してから、もう一度美和を見た。わずかに見えている大きな尾がゆらっと揺れた。

「わかって一緒にいるんですか?」

「何のこと?」

「そこにいる鬼は、あなたを食うつもりですよ」

「わかってる。でも力は私のほうがずっと強い。何をされようが返り討ちにするし」

 美和を見る瞳は冷たいものだった。人間を信用していないことがありありと現れている。だがそれは美和にとっても同じことだ。警告をしてくれたのかもしれないが、同時に目の前にいるサグジという男が、美和にとって信用できる男とも思えなかった。

「それより、遥のことを知ってる口ぶりだけど?」

 遥の携帯の匂いを嗅ぐなど、普通ではない。

「人間には関係ないことです」

「あるよ。遥は私の友達なの。どうしてお前が遥の携帯に興味を持ったのか、ぜひ教えてもらいたいわ」

 一歩前へ近づく。サグジは思いがけない行動だったのだろう、目を見開いて驚いて見せた。

「奢った物言い。巫女であることも、鬼の存在も、あなたは何もわかっていない」

「おい。それ俺のだからな」

 殺気を感じた斯鬼が、低い声ではっきりと告げる。サグジは冷ややかに斯鬼を見た。

「だめです。斯鬼、あなたもクスノキに侵食された存在です。その上巫女を手に入れようとしている。我が主のためにも、クスノキの眷属は根絶やしにします」

「いや俺は眷属じゃねぇよ」

 ぎょっとして斯鬼は声を上げて否定した。だがすでに遅かった。サグジの手のひらに青白い炎が浮かびあがっていた。斯鬼が美和を背に庇うように前へ出るとほぼ同時、炎は斯鬼に向かって襲い掛かった。

 美和はどうすればいいのかわからなかった。だが即座に斯鬼が黒いもやもやとしたものを手に、青白い炎を弾き飛ばした。

「美和ほどではないが、こっちも乙女の霊力はすでにいただいてんだよ」

「私にも霊力の供給はありますよ」

 サグジは手を握り込み、次に開くと指は太く固く変化して巨大な爪を備えた、獣のような手になっていた。

「いきなり攻撃的だな」

 黒いもやもやとしていたものが、徐々に形を安定させて黒い棍棒に変化した。

「もっと簡単に済むはずだったのに、あなたが出て来るからややこしくなったんです」

 サグジの体つきがどんどん獣化してゆく。体は人間の時よりも一回り大きくなり、水干はいつの間にか消えて柔らかそうな毛が体を覆っている。太い尾は三本、鋭く吊り上がった琥珀の瞳は紅の隈取が施され、口は大きく裂けて太い牙がのぞく。

「狐だ」

 必要以上に攻撃性がアップしている容姿からは、到底狐とは言えないかもしれないが、顔つきや体つきに狐っぽさが残っている。

「化けもんみたいな姿でよくわかったな、こいつは狐であってるよ」

 背後からの美和のつぶやきに、斯鬼が答える。だが今までとは違い、真剣なまなざしでサグジを見つめている。

「もう一度眠りにつきなさい」

 サグジが後ろ脚を強く蹴って飛びかかる。鋭く大きな爪が斯鬼の顔に向かって振り下ろされる。だが棍棒を器用に扱い爪が受け止められる。サグジは飛びのいたが、すぐに襲い掛かる。

 斯鬼はその場で棍棒を地面に突き刺した。周囲から白いホコリのような精霊たちが集まったかと思うと、その場から土が膨れ上がって棘に変化した。

 サグジは棘から逃れようとバランスを崩したが、四足の強みだ。すぐに態勢は整い反転して斯鬼の肩に爪を振り下ろしていた。

「ぐっ」

 棍棒で爪を抑え込んだが、上から勢いよく振り下ろされたため、わずかに肩に爪が食い込んだ。

「消えてしまえ」

 サグジの言葉と共に、食い込んでいる爪が青白い炎を生み出した。

「調子のってんじゃねぇぞ」

 棍棒で押さえている先から力を抜くと、サグジの前足と首元の間に棍棒を跳ね上げた。横っ面を殴り飛ばされ、サグジはその場から吹き飛ばされる。同時に斯鬼も反動で後ろへよろめいた。

 サグジは倒れることなく態勢を立て直すと、グルルと喉を鳴らして威嚇してくる。

「言っておくが、俺はクスノキとの関係は切れたんだ」

「匂いをプンプンさせておいて、何を言う」

 サグジが唸ると、体の周りに青白い炎が二つ、三つと現れた。斯鬼は棍棒を振り回し、サグジに来いよと挑発した。

 二人の爪と棍棒がぶつかり合うと、黄色い火花が散る。彼らが足を地面につくと、協力関係にでもあるのか、精霊たちが力を注ぐように周囲から集まるのが見えた。

「ちょっと、やめなよ」

 精霊たちは斯鬼とサグジがぶつかる度に、か細い聞こえるか聞こえないか程度の悲鳴を上げて消え失せていく。物言わぬ精霊たちがどんどん消費されてゆく光景に、美和は困惑の声を上げた。

「やめたほうが良いって!」

 声を上げるが斯鬼は楽しげに棍棒を振り回し戦い、サグジはしなやかな動作で跳ね回り、炎を吹き出す。

 二人の攻防の中から火花が落ちる。青虫ならぬ黄虫が地面に散らばっているように、美和には見えていた。消費だけではなく精霊が生み出されてもいる。

「何よこれ」

 今までに一度も見たことのない光景だ。

 いったい自分は何に巻き込まれているのだろう。いや、自分だけではない、クラスメイトも皆巻き込まれている。

 棍棒を地面に叩きつけると、土が波のように盛り上がる。サグジは俊敏な動作でそれを避けると、宙へ飛び上がって狐火を体にまとった。オレンジ色の光がまばゆい。

「あれ? ちょっと待てよ」

 巨大な爪が飛び出しているのが見える。あんなものに切り裂かれればひとたまりもないに違いない。斯鬼は前へ出るのをやめて、後ろへとステップするように後退った。

「お前がこの場所に入ってこれたってことは、もしかして、あいつここに居ないのか?」

「今から死ぬお前が気にすることじゃない」

 口早に問いかけると、サグジは低くうなった。

「いや、わずかな気配はある。だが何の反応もないということは――」

 逆立った毛から炎が小さな玉のように吹きだした。斯鬼は棍棒を前に立てて、火の玉から身を守る。だが数が多く、手足、顔、髪がかするように切り裂かれ燃え上がる。

 炎が付きた瞬間、ほんのわずかに攻撃の手が止む。その瞬間を狙い、斯鬼は地面を蹴ってサグジに向かっていた。

 とっさにサグジが炎を壁にして身を守る。だがそれを斯鬼は殴りつけていた。炎は斯鬼を焼くかと思われたが、青白い炎が棍棒に抑え込まれていた。

「せっかく蘇ったのに、死んでたまるか」

 斯鬼はすばやく棍棒を振り回し、襲い掛かってきた爪を弾き飛ばしながら、後ろへ飛びのくと、地面に棍棒を突き刺した。土が盛り上がってサグジを襲い掛かる。サグジは飛びのき、斯鬼は突き刺した反動を利用して上へ飛び上がっていた。

 サグジの炎が襲い掛かる。斯鬼は棍棒で炎を振り払い、そのまま鼻っ柱にたたき込んだ。

ギャウン!

 ひかれた犬のような悲痛な叫び声をあげる。

サグジはひるまなかった。そのまま地についた足を蹴って、前足を振り上げた。斯鬼の体にサグジの爪が、肩に深く食い込んだ。

 肉体がないため血は飛び散ることはないが、代わりに体が切れ切れに吹き飛ぶ。

「や、やめて」

 退くことができずにそのまま斯鬼は地面に棍棒を突き刺した。土の棘がサグジの腹部に襲いかかる。体をひねってサグジはよけたが、それでも脇腹がちぎれ飛んでゆく。

「やめて!」

 見たことのない恐ろしい光景に美和は叫んでいた。血がでなくとも体を作る部分が粉々に引きちぎれていく光景は、見ていて気持ちの良いものではない。いや、体がちぎれていくからこそ、二人のどちらかが死ぬだろう予感に、美和は震えた。

『やめて!』

 美和は声を張り上げて叫んでいた。

 斯鬼もサグジもその声にたじろぎ、その場に立ち止った。それほど美和の声は大きく、二人の頭に直接響き渡った。

「人間が、声を出せるのか」

 斯鬼が感心したように呟いた。それもそのはず、美和の声は人の声ではなく、本来霊や物の怪、精霊たちが使う霊的な声だった。相手の心に直接語りかける声。

「これ言霊だろ、すげぇな」

「知恵を持たぬ巫女は災いにしかならない。死ね」

 感心している斯鬼とは違い、サグジは傷ついた体を美和に向けた。そしてそのまま炎をまとい、鋭い爪で襲い掛かっていた。

 美和に照準を定め、襲い掛かる。そのわずかな瞬間、サグジは美和と目が合っていた。切れ長の瞳が細められ、サグジを縫い止めるほど鋭くなる。体が一瞬強張らせたかと思うとサグジは咆哮を上げて、美和に襲い掛かった。

『来るな!』

 だが、爪は炎は、美和に届かなかった。

 美和の放った言霊の強い力にサグジは押し戻され、そのまま坂をごろごろと転げ落ち、そのまま閉まった門に突撃した。ガジャンと激しい音が辺りに響き渡る。

「美和っ」

 斯鬼が美和の腕をつかみ、体に傷はないかと前を向かせる。

 美和は肩で息をしながら、サグジを涙目でにらみつけている。

 倒れているサグジはと言えば、顔を上げると悔しげに呻いたかと思うと、すっとその場に解けるように消えてしまった。

「怪我はしてねぇだろうな!」

 体が重くて返事することもおっくうだ。斯鬼は美和の頭、顔、首、肩口をぐいとめくって怪我がないことを確認すると、ホッと息をついた。

「あいつは火の物の怪だ。人間が食らえばあっという間に、体の中が焼け焦げちまうんだ!」

「ハァ、ハァッ……」

 手を膝に置いてさらに深く息をするが、なかなか整わない。背中をさする斯鬼の手が、温かく感じられたが、それは自分の体が驚くほど冷えていたからだ。

 その場にしゃがみ込み、美和は自分の肩を抱きしめて引きつった笑いをもらした。

「こわ、かった」


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