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序 初菜のこと 2

 ここで初菜たちの周りに、不可思議な現象が起こっていた。



 あれほど闇に同化し判別が出来なかった景色が、月明かりに照らされて小さい神社のシルエットを浮かび上がらせていた。視界が一気に広がった感覚である。

 それだけではない。把握することも出来なかった大穴がぽっかりと3人の前に広がっていた。ざっと見積もっても直径10メートルはありそうな大きさである。しかし深さまでは夜の暗がりのせいで知ることは難しかった。

 なにより…。空にはそれまで雲に覆われていた満月が美しく輝いていた。



「こうやんは雲まで吹き飛ばすんだねぇ。さすが〔すごい〕人だ」

 褒めているのか、けなしているのか。片岡の口調では後者に思えるが、田中は「ふふん」と腰に手を当て、その言葉にノッて見せた。



 2人のやりとりに苦笑いを浮かべながらも、初菜は月明かりが降り注ぎ始めた辺りを見回した。

この場所に到着した時、〔それ〕はこの辺り一帯を漆黒の闇に蔽うほどの広がりを見せていた。

 田中の〔風〕は〔それ〕を一気に吹き飛ばした。

 否。正確に言えば〔吹き飛ばした〕ではなく〔浄化した〕ということになる。



「しかし…〔不浄のフォボス〕がこんなに集まっていたなんてな…」

 田中がようやく本題に戻った。

「元々この場所は〔不浄地〕だったところだろう?この神社はそれを封印するために祭られたらしいからな…。だけどこの大穴は今朝まで降った大雨の影響かねぇ。たしかここらは地盤もゆるかったはずだ……」

「まぁ…それだけじゃないだろうよ。本部に報告をして、ここをもう一度〔封じて〕もらう必要があるだろうな」

 片岡も田中の言葉に「そうだな」と同意をした。



-オォ…-



 2人の会話を聞いていた初菜が、慌てて大穴を見た。そしてじっと見つめる。

「どうした、初菜ちゃん…」

「……〔声〕が…」

 田中が不審な動きを見せた初菜を心配そうに見た。

 初菜は視線を大穴に向けたまま答えた。その表情はひどく強張っている。

「いや…。〔不浄のフォボス〕は声なんか出さないだろう?」

(〔不浄の者〕は声なんか出さない……本当に?)

〔それ〕…〔不浄のフォボス〕と初菜たちは呼んでいる。

 初菜も〔不浄の者〕は声など出すことはなく、ただ霧のように〔現世うつしよ〕を漂うだけだと聞いているし、この6年間〔浄化〕し続けてきて、たしかにそうだった。

が、ここ数ヶ月。初菜の中でたしかに変化は起きていた。


「…てっちゃん。たしかに〔不浄の者〕は〔声〕なんて出せないぐらい弱いエネルギーの塊みたいなもんだ…。だが、俺たちに聞こえる…〔自分から存在を知らせる〕なんて芸当を出来る〔パターン〕がひとつだけ考えられるはずだ……」

「こうやん…それ〔デイモス〕ってことだろ?俺、考えたくないよ。

〔鬼〕を〔浄化出来る〕能力を持っているのは、それこそさっき話してた〔B+ランク〕以上の〔浄化者ピュリファイア〕ってことになるじゃないの…」

 田中と片岡の掛け合い漫才…いや、状況説明漫才に初菜の恐怖感は散らされた。

 この人たちは私に真剣に仕事をさせてくれる気があるのか?

 今度はこの緊迫の場面に、自分の落ちたテンションを上げなければいけない作業が追加されてくる。 



-……ゥゥオオォォ-

「…来た……」

 間違いはない。〔声〕が聞こえた。初菜の集中力が一気に頂点に達した。

「本当だ…。聞こえたね」

 田中の声が心なしか、少し上ずっているようにも聞こえる。

 「〔囲う〕から…」

 片岡が言いかける。が。



―オォォォォっ!!-

 大穴の口全体を覆っていた漆黒の皮膜が、穴の底から競り上がった何かに押し上げられるように一気に数メートルの高さに伸び上がった。

 実際、大穴に幕など掛かっているはずはないのだが、そんな表現が合っているような状況が眼前で展開された。

 ジェット風船の先のような……風船の質感を思わせる異様な柔らかさと伸び具合。その異形な姿に田中と片岡は声も出せずにいた。

 ただ1人。初菜だけが冷静にその〔異形の者〕を見上げていた。

 そしてゆっくりと右手を上げ…と同時に、〔異形の者〕のすぐ真上の空間に白い小さな輝きが出現した。

 空気がブンっと音を奏でる程、素早く初菜が右手を振り下ろす。

―っァアアアアア-

 なにか、無数の白い線状のものが初菜の右手の動きに合わせて田中たちの前を通過した。

 〔異形の者〕の上にあった白い小さな光はすでになく、あれほど漆黒の伸びる物体だった異形は、純白の美しい物体へと一瞬で変化した。

 よく見ると、それは夥しい数の〔光る針〕が突き刺さっていた。

 〔針の筵〕と化した〔異形の者〕はおぞましい悲鳴を上げ、巨体を前後左右に苦しそうにのたうち回らせながら、最後は空に上るかのごとく体躯を上へと伸ばせるだけ伸ばし、小刻みに痙攣しながら針と共に消滅した。



「……ふぅぅ……」

 初菜は大きく息を吐き出した。

「…確認完了…ってところだな」

 田中がポンと初菜の頭を軽く叩いた。

「…田中さん…?」

〔異形の者〕への対処が判らず、怯えている…そんな感じにとれた田中の表情は、初菜のよく知っているいつもの少し強持ての凛々しい顔立ちに笑みを称えていた。

「…まさか本当に俺の〔結界〕を必要としないとはね……」

 片岡も戸惑ってはいるが、おどけたいつもの雰囲気に戻っていた。

「初菜ちゃん…。俺たち、〔Cランク〕…まぁ一般の〔浄化者〕は〔結界〕内でしか能力は使えない。だったな?」

「……はい」

「よろしい。では〔結界〕外で能力を使うとなると…さっきの〔鬼〕がいい例だ。

〔現世〕にその能力を介入させるだけの、〔存在〕としての力を手に入れた〔不浄の者〕の塊が〔鬼〕となる。「フォボス」のランクUPバージョンが「デイモス」ってことだ。

 この〔鬼〕を倒せる〔浄化者〕は、〔B+ランク〕以上だけだ…と俺は聞いている。

同じ〔Bランク〕でも「プラス」が付くだけで意味がまるで違ってくる。

 ただの〔B〕ならば〔結界〕内でしか能力は使えない。が、〔プラス〕がつけば〔結界〕外で能力が使える〔浄化者〕を意味する。

 隆たちからな。

 初菜が〔結界〕の外で力を使ったと報告を受けたんだ…どういう意味かわかるか?」

「…はい」

「田中さんよ。それじゃ、ただ初菜ちゃんを怒っているしか見えないぜ」

 片岡がやんわりと田中の態度を戒めた。初菜がすまなそうに可哀想な程体を小さくさせていたこともある。

「……悪い。初菜ちゃんは出来のいい俺の娘のようでね……。

 相談ぐらいほしかったな…って思ってたんだ」

「……すみません」

 再び田中の手が初菜の頭に添えられた。


 

◆◆◆




 帰りの車内ではずっと初菜は黙ったままだった。

 時折、田中や片岡から話しかけられるとぽつぽつと答える程度だった。

 初菜が能力に異変に感じたのは3ヶ月前程。

 同じ栗里支部に属する同年代のメンバーと〔不浄の者〕の浄化に行った際、今の能力が開花したということだった。

 しかし先ほど田中が初菜に話した事実を知っていたこともあり、栗里支部から離れたくない思いが強く、今まで隠していたと初菜は語った。

 「なぁ…初菜ちゃん。どうして〔B+〕となったランカーの〔浄化者〕が総本部に集められるか知ってるか?」

「いいえ……。総本部が守る〔浄化地〕が大事だから…?」

「あんまり知られてないけどな…〔不浄の者〕が〔浄化地〕よりも本能的に欲しがるエネルギーの塊があるんだよ。

 それが〔B+〕以上の〔浄化者〕なんだ…」

「えっ…それって」

 初菜の視線が運転席の田中の後頭部に釘付けになる。

「たしか…こうやんの頭の後ろ、10円ぱげあったよね?」

 まじめな話に耐え切れなくなった片岡が呟いた。

「片岡さんっ!」

 初菜が頬を高潮させて片岡に抗議する。

「……もう治っただろうが。何時ごろの話をほじくり返すんだ、お前は…」

 田中が呆れた様子で片岡に言った。

「そうかぁ…奥さんと別れてから、もう10年になるかねぇ。

 その頃だったよね。10円ぱげを頭にいっぱい作ってた…」

「うれしそうに話すんじゃねぇよ…。お前のところはどうなんだ」

「俺のところは20年経ってもラブラブよ。地方公務員だからお仕事も安定だし。言うことなしよ」

「この税金泥棒がっ。まじめに仕事やってんのかっ」

 と、田中がバックミラーに目をやると、初菜が声を殺して笑っていた。

 


 片岡には心の中で感謝をしつつ、娘以上の想いを向ける初菜の笑顔を、田中はうれしそうに見つめた。


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