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序 初菜のこと

 単調な道が続く。



 初菜はなは小さく判らないように欠伸をした。

 車内のデジタル時計は深夜0時を過ぎている。車はすでに1時間は走っていた。

 仕事帰りだったところをそのまま合流したせいか、疲れがピークにきているようだ。

 田んぼの中の一本道。ライトの灯りに浮かぶ道路だけが視界に入り、辺りの景色は闇に埋もれまるで見えない。

 押し寄せる眠気との戦いで精一杯の頃合だった。




「そりゃ眠いよなぁ。昨日もだっけ?」

 助手席にいる片岡が笑顔で、後部座席に座る初菜に声をかけた。

 思わず初菜は出掛かっていた欠伸を飲み込んでしまった。

「あ…いいえ。おとといです…。すみません。これからなのに…」

「そんなことないさぁ。寝ててもよかったぐらいなんだ。

 まぁ、あと10分もすれば着くからな。終わったら、帰りはゆっくり寝るといいさ。

 ここんとこ仕事忙しいんだろ?」

「そうでもないです。けっこう暇ですから…」

 運転している田中に、初菜は苦笑いしながら話した。



 初菜と田中、片岡は親子ほどの年齢さがある。

 しかし3人は親子でも親戚などでもない。40代後半の男性2名と20代前半の女性1名の組み合わせ。



 こんな奇妙な取り合わせだが、田中、片岡は疲れを見せている初菜をまるで娘のようにずいぶんと気遣ってくれた。

 田中たちも仕事帰りで疲れているはずなのに、自分だけが気を使ってもらい、初菜は恐縮して姿勢を正していた。

「何度も言うけどさ…初菜ちゃん。ほんと気を使うなよ。そんなとこは会ったころから変わらないよなぁ」

「…すみません」

 えへへと初菜は片岡に恥ずかしそうに笑って見せた。

 


 初菜はふと自分が今の活動を始めた頃のことを思い出した。

 もう3年になるだろうか。初菜が高校の2年生になったばかりの頃だった。

 田中や片岡にもその頃に出会った。

 すでに大先輩だった田中たちの足手まといにならないようにするだけで、精一杯だったことを覚えている。

 あれから3年。田中たちにも頼れるメンバーと認めてもらえるようになったのだろうか?今だに実感が持てないでいる。

 現にこうして気を使わせてしまっているのだ。



「はぁ」と初菜の口からため息が漏れた。

「本当に初菜ちゃんは見ていて飽きないよなぁ…」

 バックミラー越しに見ていた片岡に笑われ、「ひどいですっ!!」と初菜は恥ずかしさから抗議をした。 

「ごめん、ごめん」と言いながらも笑い苦しそうに片岡は答え、田中はハンドルを握りながら大笑いをした。

「もぉぉっ!!」

 とうとう初菜はそっぽを向き、一切前を向こうとしなくなってしまった。

 そんな初菜の様子を親しみを込めてバックミラーから覗いた田中の瞳が、一瞬憂いの色を称えたことを初菜は知る由もなかった。

「そういえばさ…初菜ちゃんは五式市に新しく出来た「リリアシティ」には行ったのかい?たしか友達が勤めてるって言ってたよね?」

 急な話の展開に、初菜は顔を前に…田中の後頭部に視線を移した。

「いいえ…まだです。なんかまだすごい混んでいるらしくて……。

 勤めている友達がすごく大変って言ってました。本当は行かないといけないんですけど。そう聞くとなかなか…」

「らしいなぁ…。オープンしてもう3ヶ月は経ってるのになぁ。

 あそこには「リリア」の他にでっかい施設がいくつも出来ているから…ものめずらしさもあるんだろうな。俺ら田舎者には…」

 初菜の話を片岡が笑いながら続けた。



 初菜たちが住んでいる栗里町から車で40分程度の距離に、巨大なショッピングモールが オープンしたのはつい3ヶ月前の話になる。

 朝や昼のワイド番組でもいくつも取り上げていた。

 埼玉県東部に出来た日本しいてはアジア最大級の規模を誇る施設の他に、米国ブランドの会員制巨大ショッピングセンターや、北欧ブランドの家具の大型専門店まで併設、話題の観光スポットと化し、3ヶ月経った今でも客足は遠のくどころかお祭り騒ぎが続いているという。

「じゃ…その話題の観光スポットに〔カタルシス〕の総本部が移ったっていう話は聞いてるかい?」

 再び田中が話題を変えてきた。

「……えっ?!リリアの中にですかっ??!えっ…えっ??〔カタルシス〕って秘密組織ですよねっ!!?」

 大慌てで初菜が捲くし立てた。

 これには田中、片岡は爆笑するしかなく、その光景を初菜は呆然とみつめるしかなかった。

「あは…あはは。…やっぱ、初菜ちん…いいよぉ。いいなぁ。〔カタルシス〕がどんな店出してるか俺も見てみたいよ…」

「片岡さん、また私を馬鹿にしてっ!!」

 初菜が激怒する姿に片岡は両手で腹を抱えて涙まで流して大笑いしていた。

「だけどなまじ片岡の話も嘘じゃないだろう。あそこは〔カタルシス〕の店で固められているだろうし……」

「えっ…まさか〔カタルシス〕って…」

 冷静な田中が笑いの余韻を残しながら語った話に、初菜の顔に「まさか」という言葉が書いてあった。

「初菜ちゃんが想像していることとは残念ながら違うけどな。

〔カタルシスジャパン〕の表の顔が〔トモエグループ〕だから。

〔トモエ地所〕とその関連の会社が〔リリアシティ〕っていうショッピングモールを作ったしな。テナントで入ってる店も〔トモエ〕の系列は多いはずだ。

とかいう俺も〔トモエグループ〕の一社員だからね」

 田中の話に初菜は言葉も出なかった。

 3年間も属しているが、初菜は〔組織〕の全容を今だに理解出来ないでいる。

 初菜を含め、田中や片岡もその〔組織〕…〔カタルシス〕に属していた。

 その〔組織〕の活動の為、こうして3人は車に乗り、真夜中にとある場所へと向かっていたのだ。



「もうそろそろだな…」

 しばしの沈黙の後、田中がカーナビの「目的地周辺です」という案内を合図に2人に告げた。

「いやぁ、初菜ちゃんのおかげで眠気をふっとばすことが出来たな」

 どうも片岡は初菜をからかって遊ぶことが楽しいらしい。この時も余計な一言を発し、初菜を怒らせていた。

 田中も笑いが止まらないまま車は目的地に到着した。

「さぁて。ここからが本番だな…」

 田中の言葉に、片岡と初菜の表情に緊張が走った。

 エンジンが停止し、3人はまだ12月の凍てつく寒さの中、車外へと降りた。

 


 月も星もない空と大地の境目すら判別出来ないほどの暗闇。

 それだけで感じる恐怖感を、冷気がより煽り立てる。

 体の芯から凍えるような寒さに、初菜の頬は「痛み」すら感じていた。

 その中に…。

 冷気ではないほんの僅かだが、ある「気配」が悪寒を伴って初菜たちの感覚を刺激した。

「…いるねぇ。それもここ全体を覆っているみたいだ…」

 片岡が自分たちが立っている場所すら把握出来ない程の暗闇の中を見回した。が、それ以上視野からはなんの情報も得られない。〔感覚〕だけが頼りの状況だった。

 おもむろに田中が懐中電灯を取り出し、辺りを灯りによって浮かびあがらせた。

 すぐに灯りは石で出来た物体を照らし出した。

 それは田中の腰辺りまである大きさで、〔墨吉神社〕と彫られた石柱の文字がなんとか読み取れた。

「田中さん……」

 初菜が石柱の文字に注意を向けていた田中の肩をたたいた。

「どうした初菜ちゃん…」

 田中が真近くの初菜へと視線を向けると、初菜は無言で田中の右側を指さした。

「なんかこの先から〔気配〕が強くしてきます…」

「……ん?」

 初菜の言うとおり指差した先に田中は違和感を覚え、神社前の砂利道を音を立てながら慎重に歩いた。

「…うわっ!!」

 3、4歩進み、体重を踏み出した足に乗せようとした瞬間、田中の体が重力を失ったかのように前のめりに動いた。



 間一髪で初菜と片岡が田中の体を支えた。

 だが田中の持っていた懐中電灯はその手を離れ、落下した。

「…大丈夫か?!」

 興奮した片岡が無言の田中に声をかけた。

「あぁ…しかしこれは……」

 思わず息を飲み込んだ田中の足下には、相当の深さがあるであろう崩れ落ちた大穴が広がっていた。それも穴に落ちたはずの懐中電灯の灯りすら確認出来ない程の、底までの深さと広さがあった。

「…ここからですね……」

 この大穴から〔気配〕の元を感じ、田中を支える初菜の手は微かに震えていた。

「…〔奈落〕まで直行出来そうな感じだな…」

 片岡の感想はその場にいる3人の共通した思いでもあった。

「……てっちゃん。〔囲める〕か?」

 珍しく田中は馴染みである片岡の名前である「哲也」からの愛称で呼んだ。

「やだなぁ……こうやん。俺を信じてよ」

 片岡も負けじと田中の名前である「浩二」のあだ名で返した。

 こんな2人の他愛ないやりとりが初菜の〔恐怖感〕取り除き、多少の落ち着きを取り戻した初菜の口元に微かな笑みが浮かんだ。

 片岡は田中から手を離し、右手を前に差し出した。

 


 ほんの一瞬片岡の右手のひらから純白の小さな光が輝いたかと思うと、辺りからは一切の音が消え、静寂が世界を〔被った〕。

 漆黒の闇に覆われた景色はそのままだが、周囲の音は完全に消えている。

「なんかさぁ…〔上位ランカー〕ってのになると完全に〔空間〕で被っちまうらしいなぁ。

 それが本当の〔磐境いわさかい〕ってやつなんだろうねぇ」

「いつごろからそんな〔ランク〕なんてもんが出来たのかね…。俺たちは〔Cランク〕ってことらしいが……。何でも五式市の総本部で活躍するには〔B+《ビープラス》ランク〕以上なんだってね」

〔気配〕は確実にその濃度を増している。無駄口をたたいている場合ではないだろう。

 せっかく恐怖感を拭い、大人の2人に尊敬の眼差しを向けていた初菜の視線は、とても冷たいものへと変化していた。

「あっ、初菜ちゃんが怖いな」

 片岡がじっと冷たい視線を送る初菜に気がついた。

「田中さんと片岡さん…とっても〔痛い〕人になってます…」

「…そりゃないよ初菜ちん」

「今する話題ではないと思います」

「てっちゃんは〔痛い〕人。俺は〔すごい〕人」

 片岡と初菜の会話を聞いていた田中が、なにやら自信たっぷりに言い切った。

「ならすごいとこ見せてくれよ」

「任せろ」

 田中が目を閉じ、集中を始めた。

 次の瞬間、田中の周りでかすかな渦を巻く。

 そよ風のような…それでも冷気を帯びた風は、初菜の凍える体をより一層冷やすほど冷たいものだった。

 刹那、田中の閉じていた瞳が一気に見開かれ、集まりかけた風が勢いをつけて逆流する。

 初菜がその勢いでよろめく。

 片岡が初菜の体を支えた。



 初菜はざくっという砂利を踏みしめた音が聞こえ、その感触を得た。

 そして風の音やその風に木々がざわめく音など……遮断されていた音が急に戻った。


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