08 同期兼ライバルとの遭遇
「なんで3割も取られなきゃいけないの!」
はらわたが煮えくり返る思いで、カウンターを後にする。そもそも2000円分しか売り上げがなかったのに、ダンジョン税で10%、ダンジョン維持費で20%も引かれてしまい、残ったのは1400円。あまりにも……あまりにも少ない。いちおう、所得税とかは掛からないらしいからいいけど、とはいえ3割は取りすぎだと思う。
『しょうがないですよ……でもSランクまでいけば、負担率はたったの10%しかないので、ランクを一緒にあげていきましょう!』
「Sランクなんて日本に一人しかいないのよ。なれるわけないでしょ」
汗を拭いながら人混みを抜け帰路に着く。夕方も近くなり気温も下がりつつあるけれど、まだまだ蒸し暑い。
「はぁーイライラする。夜ご飯も考えなきゃいけないし……どうしよっかな」
マスクを着け顔を隠しながら、飲食店を探す。焼肉、居酒屋、イタリアン、繁華街なだけあって食に困ることはないけれど、選択肢が多すぎて逆に選べない。そうして考えるのが面倒くさくなって、コンビニでハンバーグ弁当と、缶チューハイを購入した。
画面越しとはいえ、これまでは人に見られるのが仕事だった。だからこそ、食生活にも気を配り、運動も毎日欠かさず取り組んでいたけど、もう気にしなくていい。
これからは好きなものを食べて、呑んで、夜更かししても誰にも怒られない。配信もないから、気儘に、時間に拘束されることもなく生きていられる。
「とにかく、お酒でも呑んで忘れよ」
オートロックを開けようと、鍵を刺した瞬間
「ふーん、楽しそうじゃない」
と背後から声を掛けられた。聴き馴染みのある声だ。それも何年も前から。
「瑠莉」
「へぇー私の名前、ちゃんと覚えてたんだ。ずっと無視されてたから忘れられてるんじゃないかって思ってた」
黒のロングに、意思の強い目つき、真っ赤な唇はどこか挑発的に歪んでいる。夏だから薄手のアウターの下にはシャツを着ていて、キャリアウーマンと言われても違和感のない格好をしている。けれど、彼女は紛れもなく同業者で、それも同じにゅースター所属の第一期生、ゼウリア・サンダークラウドの名前で活動している配信者だった。
「どうでもいいけど、さっさと部屋に入れてくれない?どっかの誰かさんが中々帰ってこないから、何時間もこの糞みたいなエントランスで待たされたんだけど?私の時給わかってんの?ねぇ?」
「あっ……うん」
「わかったら、さっさと鍵開けろや」
これは、確実にキレてる。しかも、見たことのないレベルで。
オートロックを抜け、エレベーターホールに着いた。間の悪いことに、複数あるエレベーターがいずれも別のフロアに止まっている。背中が焼けるように熱い。振り返る勇気はないけど、たぶん、鬼の形相で睨まれているに違いない。
「そういえば……デビューしたてのとき、一緒に住もうって約束してたよね」
「あぁー……ごほっ、そうだったね」
どうでもいいときはすぐに来るくせに、本当に必要なときはなかなか来ないのはなぜなのか?これだからタワマンは嫌いなんだ。
「なんか、いろいろ思い返してみると、ずっと裏切られていたような気がするんだけど、私の気のせいなのかな?」
「すぅー、いやー、そんなこともないんじゃないかな!ほら、コラボとかも結構頑張ったし……もちろんお互いにね。ほらっ瑠莉のライブにも応援いったじゃん」
普段は優しくて面倒みのいいお姉さんキャラなのに、ある一定のラインを越えると急に面倒くさくなる。それが可愛いときもあるけど、いまは恐怖の方が勝っている。というより、住所は誰にも知らせていなかったはずなのに、なぜバレているのかがわからない。マネージャーにさえ教えていないのに。
「なんで、ここにいることがわかったか気になる?」
やっと到着したエレベーターに乗り込み、60を押した。なにか違う話題を見つけなきゃと思った矢先、そっと後ろから腕を回され抱きすくめられる。
「ちょっ、汗かいてるから離れてよ」
「確かに……いつもより濃いかも」
「マジでやめてっ」
「大丈夫。私は嫌いじゃないから……この匂い。それに私の機嫌は取っておいた方がいいんじゃない?事務所に教えてもいいんだよぅ……ここにいるってこと。わかってるでしょ?ただじゃ済まされないことぐらい。事務所の顔に泥を塗ったんだからさ」
「なにが目的?なにが欲しいの?まさかお金じゃないよね?」
首筋を生暖かい、ざらざらした何かが這った。背筋をぞわぞわした感触が走って、腰が抜けそうになる。
「お金……ね。そんなもの本当に欲しいと思う?事務所でいちばんの稼いでるのは私だよ?」
「じゃあ、なにが欲しいの?」
「ふふ、教えてあげない」
鋭い痛みに襲われて、首筋を噛まれたことに気づいた。それと同時に60階に到着して身体を解放される。
「ほらっ、早く歩きなよ」
「うっうん」
ハッキング対策で高級マンションのカギはすべて物理キーになっている。テクノロジーが発達していくにつれ、安全を守るには逆に退化していかなければならないのは、なんて皮肉なことだろう。玄関に足を踏み入れれば自動的に照明が点灯して一気に明るくなる。
『令那様……大丈夫なんですか?身の危険を感じているようですが』
「……多分ね」
「いまなにか言った?」
「別に、なんでもないよ」
瑠莉をリビングに招じ入れ、ひとまずソファに座らせる。他人の、それも初めて入った家にしては、リラックスしすぎじゃないかと思うくらい、深く腰掛け足を組んでいる。そのままの勢いで足をテーブルに乗せてしまいそうだ。
「なにか飲む?」
「お酒ならなんでもいい」




