07 最初のモンスターは?
さっそく視界の右端にマップが表示されている。かなりわかりやすく作られていて現在地の表示から縮尺も可能になっている。方向音痴だから、もしこれがなかったらモンスターとの戦闘どころではなかったかもしれない。
「ギャッギャギャ?」
ダンジョン内を道なりに歩いていると第1村人ならぬ、第1モンスターを発見した。どうやら同じタイミングで相手も気づいたらしい。突き当り、三叉路になっている右方面から、ひょっこりと飛び出してきたのは、緑色の肌に、ボロボロの布を巻いただけの粗末な服、小人のような背丈に皴だらけの顔。それはVRの戦闘訓練で幾度も相手をしたゴブリンだった。しかも所詮VRでしかないらしく、本物のモンスターはより、リアルで……かなり気持ち悪い。
こちらの出方を窺っているのか、木の棍棒のようなものを構え少しずつこちらに近づいてくる。
『ゴブリンですね!鈴の力を試してもらうにはちょうどいい相手かと。では、さっそく銃を構えてください』
ベルトに通してあるホルスターから銃を引き抜いた。恐る恐る照準をゴブリンの顔に合わせる。
「ギャ!」
「うわーキモすぎてマジ無理」
殺意でも感じ取ったのか、それとも悪口を言われていることを察したのか、皴だらけの顔をさらにしわくちゃにして必死に駆けてくる。口から涎も垂れていて見てられない。
『いまです!引き金を引いてください』
人差し指に力を入れる。動揺して目を瞑ってしまったから、ちゃんと狙えていたのかがさっぱりわからない。撃った時の反動や相手の動きを計算に入れて狙いを定めないといけないのに、言われるがまま咄嗟に指を動かしてしまった。
もう一度、撃つしかない。今度はちゃんと狙って
『あはははははははははははは!これが柴崎の誇る最新型自動追尾銃、シークピストルの威力です!』
完全に外したと思ったのに……パンッと炸裂音が鳴ったと思えば、ゴブリンが仰向けに倒れている。額のど真ん中に穴が開いていて、そこからドロドロした緑色の液体が溢れ地面を濡らしている。
「うわー……そういえば外したと思ったのに、どうして当たっているの?」
『お忘れですか?この銃には自動追尾機能が付与されているので、令那様の視覚情報を元に対象を追いかけることが可能なのです。なので、今回の場合は、少し上方に照準がずれてしまっていましたが修正してちゃんとゴブリンを倒すことができた……ということです!』
「なっなるほどね……うん。まぁ、倒せたから良しとしようかな」
『はい!この調子でどんどんやっちゃいましょう……あっN鉱石の確保は忘れずに』
「うえーそうだった」
モンスター図鑑にアクセスする。『視覚情報を共有しますか』とポップアップが視界の中央に表示され、同意ボタンを押せば、『モンスター名:ゴブリン。モンスターランク:F。N鉱石サイズ:小』と視界の右隅に表示される。あわせて、N鉱石のある場所が赤くマークされていて、どうやらその部分を切れば取り出せるらしい。
「ゴブリンの場合は左胸、人間で言うところの心臓部分あるのね。うーん、ちょっとこれは触りたくないなぁ」
銃をホルスターに戻し、P-Bladeを鞘から抜いた。バチバチと青色の電流が刀身を走る。どこか不満そう。まるでこんな雑用に使うなって主張しているようにさえ思える……想像でしかないけど。
ゴブリンの胸元にブレードを突き立てれば、まさしくバターのように肉が切れていく。生々しい内臓のテラテラした色味。適当にほじくりながら臓器を抉っていくと、透明な石を見つけた。
「これがN鉱石ね。買取価格は……500円か。しょぼいなぁー、なんなら弾の方が高いかも。これに使うのは勿体ないから、これからはP-Bladeで戦ってみようかな」
『ガーン!そんなぁー』
「自分でガーンっていう人、初めて見た。ゴブリンを倒すときは使わないってだけだから、いちいち拗ねないでよ」
『ふぇーん』
やけにテンションの高い鈴を無視して、ダンジョンの奥へ奥へと向かった。難波ダンジョンは、上層、中層、下層、深層の四層に分かれている。お決まりのように下に進めば進むほど難易度は上がり、最下層である深層の最奥にはダンジョン主がいるらしい。それを倒せば莫大な報酬が得られるらしいけど……注目を集めたくない私にとってはどうでもいい。それに、元々今日はダンジョン初挑戦だから中層には行くつもりもなかった。
「ギ!」「ギャ」「ギャギャ」
「あー今度は三匹もいるのね」
私は少し悩みつつP-Bladeを両手で握りしめた。今度は機嫌がよくなったのか、電流も軽やかにパチパチとメロディーを奏でてる。
『うー悲しいです』
鈴の泣き言を無視して、バイオインプラントの一つ、『セレリタス・メンティス』を起動する。30秒という短い時間ではあるものの、脳や心肺機能を極限まで高めることで人の限界を越えた動きをすることができるという優れもの。このインプラントを購入するだけで軽く4桁万円は飛んでいった。ほぼチートみたいな能力だから納得するしかないけど、手痛い出費だった。
「……おもしろい。全てがゆっくりになるのね」
正面にいるゴブリンの前に立つ。瞬間移動でもされたと思ったのか、馬鹿みたいに開いていく口にまっすぐ刀身を差し入れる。そのまま引き抜き、電流にビクビク震える死体を蹴り飛ばし、距離を取りつつ両隣にいるゴブリンの首を、一刀で切りつけた。その一連の行動のすべてが、スローモーションのように流れ、効果時間が切れた瞬間に勢いよくゴブリンの身体が崩れ落ちる。
「ゴボッ……ギュゥゥ……ガフッ、ガフゥ……」
思いのほか浅かったらしく、一体のゴブリンが両膝をつき苦しんでいる。気道に血が流れ込んでしまったのか、喉元を掻きむしり、必死の形相であちこちに視線を飛ばしている。
『……見てられないです。止めを刺してあげてください』
私は悠々と近づいてP-Bladeを真っすぐ振り下ろした。スパンと綺麗に真っ二つになる死骸。左半身からN鉱石を取りポケットにいれる。これで四つ目。一個500円だとすると計2000円の儲けになる。もっと効率よく、強い相手を狙えば、十分稼げるのかもしれないけど、この程度ではバイトと変わらない。いや、むしろバイトの方が稼げる。
:ゴブリン相手にイキって楽しいですか?笑
:これ合成でしょ?一瞬動き追えなかったけど
このドローンは映像を一般公開しているらしく、複数コメントがついていた。ただ、さすがに無名探索者の初回配信だから視聴者数も一桁台だしコメントもこの二つだけ。
「なんで誰でも見れるようになってんのよ……はぁ。まぁ顔さえバレなきゃいいか」
探索者なんて世界中に星の数ほどいる。その中で何もこだわっていない初心者の配信なんて誰も見に来ないだろう。顔出しもせず、コミュニケーションを取ろうともしない。そうやって売れるためにすることの逆をいけば、いずれ誰にも見向きされなくなるに違いない。
『令那様、もう帰ってしまうのですか?』
「そうよ。今日はお試しで来ただけだから。それに、なんとなくダンジョンの雰囲気とかモンスターの感じも知れたし……明日はもっと奥まで行ってみようとは思うけど」
ダンジョンから出て受付に行き、探索者証を受け取るついでにドローンを返却する。
「そういえば、このN鉱石はどこに持っていけばいいの?」
「買取カウンターはあちらになります。もちろん、把握されているとは思いますが、窓口以外での取引は法律で禁止されておりますので、お気をつけください」




