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05 クリニック

 「令那様、お待ちしておりました。準備は整っております。診察室07番までお進みください」


 予約時間の少し前に到着して、受付にある端末に手を翳せば、自動音声がスピーカーから流れてくる。受付には誰もおらず時間が調整されているから他の人と顔を合わせることもない。診察室も個室となっていてBGMも好きな曲を選択できるようになっている。


 診察室には革張りの上質な椅子が部屋の中央に設置されていて、壁一面は豊かな森林の風景が映像として映し出されている。天井からは無骨なロボットの腕が二本垂れていて、私に向かって手を振り椅子に座るように促される。


 「ご無沙汰しております。前回のご来院は西暦2525年7月1日14時35分32秒でした。本日は探索者用バイオインプラントをお求めとのことでしたが……転職なされるとは驚きですね」


 「プライベートのことは触れないのが貴方たちの流儀じゃなかった?」


 悠々とモニターが天井から降りてくる。決して急いだりはしない。豊かさや余裕を演出するにはあえて時間を掛ける必要があるらしい。私には理解できないけど。

 

 「これは失礼いたしました、令那様。大事なお得意様のことは何でも知っておくべきだと……そうプログラムされておりまして」


 真っ黒な画面には、灰色の顔が浮かんでいる。男性でも女性でもない中性的な声に顔。それが申し訳ないという感情を表現するために、かすかに唇を歪め、眉根を下げている。


 「まぁ、別に貴方たちを信用していないわけじゃないからいいんだけどね。それで本題に入るけど、お金はいくら掛かってもいいから強くしてほしいの」


 「かしこまりました……それにしても令那様、本当に運がよかったです。実は、仕入れたばかりのものがございまして、一級品しか取り扱わないのがモットーの私どもでも中々滅多に見かけることのない、超、超一級品でございます。これがあれば、ダンジョンなんて、モンスターなんて恐るるに足らずとはまさにこのこと。もちろん、安全性はきっちり確認が取れておりますので、ご安心いただければと」


 「強くなれればなんでもいい。いくらするの?」


 「五千万になります」


 「高!買うわけないでしょ。そんなの」

 

 「はい、みなさまそう仰るのですが、世界に一つしかないインプラントになので、この金額は致し方ないのです。それに、これは元々とある方が付けられていたもので、それを人伝に、AIの私が言うのもおかしな話ですが、噂を聞いたので、即座に言い値で仕入れたものになります。この効果については、購入された方以外にはお伝えすることができないので、信じてもらうしか方がないのですが……興味が湧きませんか?これは元世界一と称された探索者が付けていたものなのです」


 興味がないと言えば噓になる。それに買えない金額でもない。このクリニックは業界でも評判がいいし、人間が運営しているわけじゃないから悪意もないと思う……勘でしかないけど。


 「……わかった。そこまで言うなら買うわ。だけど、一つ条件があるの」


 「ありがとうございます。条件とはなんでしょうか?」


 「もし私にそのインプラントが使えなかったら返金して。全額じゃなくてもいいから」


 「かしこまりました。それは私どもにとっても願ってもないことでございます。あとは、いくつかお勧めのバイオインプラントをお付けしておきましょう。どれも一級品ですから、きっと気に入っていただけること間違いございません……ふふふ」


 私は深く息を吸って目を閉じる。プシュッと壁のあちこちから麻酔用の空気が放出され一分も経たないうちに意識を失う。次に目を覚ました時は痛みもなくすべてが終わっている。


 沈んでいく感覚、小刻みに作業しているロボットアーム、視界が真っ暗になって、そして……。

 

 「あがぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ」


 次々に投げ込まれる液体、火は青、緑、黄、桃色など色とりどりに輝いて、勢いを増していく。


 火の回り方があまりに早いから、もう何が燃えているのかもわからないけど、かすかに声が聴こえてくる。


 「最初からこうしていればよかった」「もう何人殺されたかわからん」「ようやく仇を取れた。これでもう地獄から解放される」「あなたにも見えるように、もっともっと燃やさなきゃ」


 激しく燃え盛る炎を取り囲んでいるのは、ズタズタになった、もう布といってもいいくらいの服を着た何十人もいる男女。バケツを手に、必死に得体の知れない液体を掛けている。そうする度により火は高く、天まで届かんばかりに伸びている。


 そうして、ずっと火に見とれていると、内側から黒い影が揺れているのに気が付いた。それは小刻みに行ったり来たりして、安定しない。大きくなったと思えば、次の瞬間には消えていて、今度は離れたところにいる。


 私は誰かに聞きたくて、指を差した。声が、声が出ない。その間にも影はまるで瞬間移動しているように、場所を移しては消えることを繰り返している。


 「なぜだ!なぜ生きている?」「ヒィ化け物」「死にたく……ない」「あはははははははははははは」


 周りを見渡して、もう私以外に誰も立っていないことに気づいた。


 黒い影が近づいてくる。火。今さら、ここがこんなにも熱く、私の喉が声帯が焼き切られていることを知った。誰にも……届くことはない。


 ザザッと砂を滑る音がして


 「ひゅー」


 という呼吸音が耳朶を震わせて、慌てて振り向けば、真っ黒に炭化した肌、透けて見える骨、圧力に耐えられず爆発した眼球が頬に白く焼き付いていて涙に見えて気持ち悪いよりも可哀そうに思えて誰にも助けて貰えなかったんだと理解したころには、私の麻酔は切れていた。


 「令那様、お疲れさまでした。無事、取り付けは完了いたしました。お支払いをお願いします」


 「さっきのはなんなの?麻酔で眠っているあいだに、なんか変な映像を見た気がしたんだけど」


 「……なるほど。稀にインプラントを装着した際に前の所有者の視覚データが残っていることもあるらしいですね。もしご不安であれば診断することも可能ですが?」


 「いらない。特に不具合があるわけじゃないんでしょう?」


 「もちろんです」


 「なら、いいわ。はい、送金したわよ」


 「ありがとうございます。それではこちらが戦闘用データチップになります。具体的な使用方法が載っておりますので、そちらを確認いただければと」

 

 「わかったわ」


 私は少しふらつく身体で椅子から降りた。まださっきの映像がちらついて仕方ない。こんな思いをして、もし役に立たなかったら訴えてやりたい気分だった。


 「またのご利用お待ちしております」


 

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