01 炎上
ねぇ、どうしたらよかったわけ?
誰か教えてよ。
私が悪いっていうの?
流れていくコメント欄を横目に、配信中だということも忘れて、私はモニターの向こう側にいる視聴者に問いかけた。
:白兎がこんな人だと思わなかった
:まじでガッカリ……ファンやめます
:大手配信者だからって何しても許されると思ってんの?
:ってか過去の話いまさら掘り返してどうすんの?
:別れてるならいいじゃん……私生活だし
:デビュー前の話でしょ、みんな夢みすぎ
:擁護してる人頭おかしいんじゃないですか?これまで百合営業してたのは騙してたってことですよ私たちを
:アンチが湧いておりますな
:クソビッチ
:顔見るだけでムカつく
今日はコラボ配信の予定だった。質問コーナーを設け、知られざる一面を暴露する。そういう趣旨の企画だったけど、こんなに状況だと相手に迷惑を掛けてしまうだけ。だから、私から断った。
電話したときは残念そうにしてたけど本音のところはわからない。こういう業界だからライバルは少ないに越したことはないし、心配したフリをして事情を聞き出して、しれっと暴露するなんて常套手段。だから誰にも相談できず……サンドバッグのように打たれ続けてる。
でも、もう限界だった。
:なんか、変わっちゃったね
:お前らが配信に関係ないコメントばっかり残すからだよ
:同接も順調に減ってきたね
:オワコンか?笑
:はやく引退しろ
:コメントの治安悪すぎ
もういいわ。辞めよう……こんな仕事。
配信終了を選択して、マイクをコードごと引き抜き、ゴミ箱に叩きつける。結構高かったから、買い取りに出しても良かったけど、今は一瞬たりとも視界に入れたくなかった。
「どいつもこいつも気持ち悪いんだよ!死ね!クソども!」
今回の炎上に対する事務所の対策は至ってシンプルだった。それは黙殺。時間が経ってみんなの記憶から忘れられるまで耐えること。
だから、予定していた配信スケジュールを淡々と、何も起きていないみたいな顔してこなしているけど、もうとっくに限界だった。
毎日、毎日、来る日も来る日もモニターの前に座って、感情を擦り減らしながら、無遠慮なコメントに腹を立て、誹謗中傷に傷つき、そして癒えることのない身体に鞭を打って、ふらふらになりながら、また配信し続ける日々。
「おえっ……はぁー、お腹空いてきたかな」
配信部屋を出てリビングに向かう。そのまま同じ配信部屋で食事を摂る人もいるみたいだけど、私は好きじゃない。臭いも残るし、なんだか不衛生に感じる。
キッチンにはレジ袋に入れたまま、冷蔵庫にも入れず放置していた弁当がある。
消費期限は昨日だから、まだ大丈夫。
冷えて硬くなったご飯を口に放り込みながら、いつも通りSNSのアカウントを開こうとして、ダイレクトメッセージが来ていることに気づいた。普段なら数が膨大すぎて通知を確認することなんてしない。ただ、送信元が、今回の炎上の発端になった暴露系配信者だったから興味が湧いた。
『お世話になっております。ドクダ実と申します。此度の、私の配信による炎上について、大変心苦しく感じており、弁解される場所も機会もないのはあまりにフェアではないと思い至り、こうしてメッセージをお送りした次第です。単刀直入に申し上げます。私どもと一度コラボしていただけませんでしょうか?例の男性の方もぜひ一度お話しされたいと希望されておりますので、ぜひご検討のほどよろしくお願いいたします』
「……そんなこと思ってもないくせに」
心苦しく……なんて、そう思うなら暴露配信なんかするなよ。人の気持ちなんて一ミリも考えたことないくせに、つらつら如何にも常識のある社会人です、みたいに丁寧な文章をよこしてきて、返信するわけないでしょ。とも思いつつ……でもこのままやられっ放しではいたくなかった。
「勝手に返信なんてしたら滅茶苦茶怒られるだろうなぁ……」
何人ものメンバーを一人で抱え、業務に忙殺され、やつれた表情をしているマネージャーの顔が浮かぶ。申し訳ないとも思いつつ、幸い私は他のメンバーほど積極的に活動してこなかったから、迷惑を掛けるにしても事務所くらい。企業案件もほとんど断ってる。もし違約金の話が出たとしてもこれまでの貯蓄で充分に払える……はず。
無理なら飛んじゃえばいい。逃げ場ならいくらでもある。
私は返信用の文章をAIに考えさせながら、どこかワクワクしている自分に気づいて笑った。
「あははは……でも、これはこれで面白いよね」
デビューして今年の8月で五年になる。これから五周年記念の企画とかもいろいろ考えなければいけないタイミングなのに、クソみたいな暴露系に捕まって炎上させられた。他のメンバーならきっと泣き寝入りしていたと思う。事務所から干されてしまったら、いい仕事も回してもらえなくなってしまうし、それこそ契約解除されたら配信活動なんてできない。
でも、私は違う。
配信者としての活動ができなくなっても、後悔なんて一切ない。だから、きっちり、けじめをつけてやる。