冥府拳門の先
そのときだった。
まばゆい光の余韻の中に、重たい足音が響いた。
――ギイ、ギイ、と、片足を引きずるような歩み。
振り返った太子たちの目に映ったのは、
裂けた衣、血に濡れた襟、しかしなおも燃える眼差し――
蘇我馬子。
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小野妹子が息をのむ。
「お、おまえ…死んだんじゃなかったのか!?」
馬子はにやりと笑い、指を一本立てる。
「死にかけたが、死んじゃいねえ。俺はな、“帰る場所”がある。だから立ち上がった。それだけさ」
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柿本人麻呂が静かに尋ねる。
「なぜ、戻ってきた?」
馬子は太子の方を見ずに、語り出す。
「……皇帝になる? 王位を継ぐ?
そんなの、俺たちにはもう必要ない。なあ、太子」
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太子は馬子をじっと見つめた。
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「お前も分かってるだろ?
煬帝の野望ってのは、拳の力で人を制すって思想だった。
それに対抗するために、俺たちは拳で“叩いて”きた。
でも――倒した今、もう帝位も、儀式も、輪っかも、ぜーんぶ、いらねぇ」
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馬子は振り返り、冥府拳門の奥を指差す。
「お前ら、忘れんなよ。あっちにあるのは“玉座”なんかじゃねぇ。
煬帝が最後に隠した、“本物の地獄”だ。
この先に進むってのは、“国を作る”ってより、“業を背負う”ってことだぜ」
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太子は小さく頷く。
「煬帝を倒したら、それでクリア。それで、俺たちの拳の役目は終わる。
だが、その“先”に何を見るかは――俺たち自身が決めることだ」
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馬子が笑う。
「よし。じゃあ、行くか。冥府だろうが地獄だろうが、面白ぇじゃねぇか。
拳随士ってのはな、最初から“死地”に行くのが役目だったんだよ」
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そして、六人の拳が集まる。
太子。
蘇我馬子。
秦河勝。
小野妹子。
柿本人麻呂。
そして――霜花に敗れ、なおも後を追う者たちの魂が背を押す。
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六人は、冥府拳門の中へと進む。
光が閉ざされ、再び静寂が彼らを包む。