新たなる旅立ち
煬帝が崩れ落ちると同時に、羅刹殿の壁がひとつ、またひとつと音もなく崩れていった。
闇が晴れ、光が差し込む。
太子は静かにその中央に立っていた。拳を下ろし、目を閉じた。
煬帝が最後に見せた黒い霧は、憎しみと執念が具現化したものだった。
そのすべてが、今や跡形もなく消えていく。
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「……終わった、か」
独りごちる太子の背に、ふと風が吹きつける。
どこか懐かしい匂いがした。
あの飛鳥の空の、早朝の香りだ。
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と、そこに声がする。
「太子、終わったわけではないぞ」
振り返ると、そこには傷つきながらも立ち上がる影。
秦河勝だ。
その後ろには、柿本人麻呂も、ボロボロになった衣をまとっていた。
そして、小野妹子が帽子を取ってニッと笑った。
「やれやれ、まったく…あんた、一人で全部やっちゃってさ」
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「おまえたち……無事だったのか!」
「霜花の幻にやられはしたが、生きている。ただし、何もかも見えたぜ。煬帝の幻術も、太子の拳も」
「おまえの拳が、真実を穿ったのだ」と柿本人麻呂は低く言った。
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馬子の姿は、そこにはなかった。
太子はうなずいた。
「あれは、俺の心が作り出したものだ。煬帝が見せた幻ではなく、俺自身の未練だったのかもしれぬ」
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風が吹き、羅刹殿の奥から一本の石段が現れた。
その先には、まだ誰も踏み入れたことのない空間。
太子は前を見据え、拳を握る。
「煬帝を倒しても、まだ俺の戦いは終わっていない。
人を導く者として、俺は、さらに強くならねばならぬ」
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拳随士たちはうなずき、太子の背に従って歩みを始める。
その先に何が待つのか、誰にもわからない。
だが彼らは知っている。
太子の拳が、道を切り拓くのだと。